第20話 オカヤマ エクスカリバー・正宗
パルデロとの戦いで刀を折ってしまった俺は、急遽、決闘用の刀を調達することにした。
「それなら、武器庫にある物を自由に使ってください。本当はあなたのために特別な刀を用意するべきなのですが、今は時間がありません。中には業物がいくつか納められていますので、あなたの腕に合った物を選ぶといいでしょう」
ユーサーの許可を得て、俺はガウェインとランスロット、ケイを連れて武器庫へと向かうことにした。
豪奢な外観を持つキャメロットビルだが、武器庫の中は質素な作りをしていた。
将校用の刀や槍を納めた大棚がいくつかあるものの、他には一般兵用に用意された簡素な刀立てなどが並べられているだけで、調度品の類は一切ない。内壁も無骨な石造りで、盗難対策としてなのだろうか、部屋には窓がひとつもなかった。とはいえ、千を超える武器が何列にも分けてずらりと並んでいる様というものは、否応にもなく男心をくすぐる光景であり、俺をちょっとした宝探しの気分にさせてくれた。
「お~お~、いっぱいあるじゃねえか!」
ケイは子供のように声を弾ませ、手頃な刀を取り、試しにと刃を抜いてみる。
「アーサー、あんたって槍とかも使えるの? 刀と一緒に持って行く作戦とかいいアイディアじゃない? 戦いはリーチで圧倒よ、リーチで!」
ガウェインは陳列された武器を見て回り、適当に選んだ槍をぶんぶんと振り回す。
「危ないから振り回すのは止めとけよ。それに、決闘は相手の武器に合わせるのが礼儀だろ。馬上試合ってわけでもないんだからさ、オーソドックスに刀だけにしておくよ」
「む~、いいアイディアだと思ったんだけどな~」
ガウェインは惜しそうに槍を壁に立てかけた。
「じゃあ代わりにいい刀を見つけないとね! 何かあんたの心にビビッとくる奴はあるの?」
彼女ははしゃぎながら、刀立てを探っていた俺の手元を覗き込んできた。俺は「まだ探し始めたばかりだって」とおざなりに答え、次は別の棚を探してみる。
「え~、もうさっさっと決めなさいよ。こういうのは直感で、『こいつが俺を呼んだんだ!』とかそれっぽいこと言って決めればいいのよ」
「そういうわけにもいかないさ。決闘なんだから、俺もちゃんとした物を選ばないと」
「ふ~ん……。でもあんたも大概ね、この世界に来て早々に三回も決闘するなんて。アーサーは相当な決闘マニアね!」
その内の二回はお前のせいだけどな。
「でもケイも結構無茶したわよね。アーサーの態度が気に入らないからって、いきなり頭突きなんてかますかしら? 一歩間違えたら気が短いだけのただのDQNじゃない」
「あ? まあ、アーサーの態度が気に入らなかったつーのは事実だが、オレがそうしたのはそれだけが理由じゃねーよ」
ガウェインの白い視線に、ケイは面倒そうに顔をしかめた。
「あん時の状況から考えて、もしアーサーが同じことをそのまま思いついて言ったとしても、ユーサーさんたちは大人しく引き下がらなかったはずだぜ。二人とも頭に血が上っていたからな。だから一旦、二人を驚かせるようなことをして、場の空気を変える必要があったんだよ」
「……それで頭突きをしたっていうの?」
「まあな……。怒ってたり慌てたりしてる奴の横で、別の理由でもっと感情を爆発させている奴が現れたらよ、人間っていうのは途端に冷静になっちまう生き物なんだ。アーサーには少し悪いが、そうした方が良かったと思ったからオレはやったんだ」
「へ~……そんな理由だったのね~……。あんたにしては結構考えてたんだ」
ガウェインは若干の尊敬を含ませた相槌を打つ。ケイにしては珍しく、彼は視線を部屋の隅に逃がして恥ずかしがった。彼はそれ以上の追求を断ち切るように、刀探しに戻っていく。
「そういう事情だったのか……」とひとつ頷いた。かなり失礼な話だが、俺はケイのことを後先考えない短絡的な人間だとばかり思っていた。だが、それは大間違いだった。彼は俺の思いもよらぬほどの聡明な人物なのかもしれない。
「おい見ろよアーサー! こいつ、スイッチを押すと七色に光るぜ!? 超カッケーからこいつにしようぜ!」
訂正、やっぱりアホだった。俺は肩を落として盛大に失望した。
「ア、アーサー君! 私、大変な物を見つけました! すぐに来てください!」
突然、ランスロットが大声で俺を呼んだ。見れば彼女は、ここからでは死角となった部屋の奥から上半身だけを出して、興奮を隠しきれない様子で俺たちを手招いている。
「どうしたの泉さん、そんなに慌てて?」
三人で彼女のいる部屋の奥に集まると、そこには樫の木材で作られた大きな扉があった。
扉は既に開け放たれ、中からひんやりとした、それでいて密度の濃い、重い空気が漏れていた。
「おい、まさかこいつは……!」
「げげ!? なんでこんな所に《こんな物》があるのよ!?」
扉の奥へ踏み込むなり、ケイとガウェインは色めき立った。その後に続いた俺も、部屋の中に流れる厳かな雰囲気に気圧され、思わず言葉を失ってしまった。
清廉潔白の白を基調とした室内は、武器庫よりも広々とした空間だった。中はがらんとしており、部屋の中央から一段と高くなった床に敷かれた厚手の赤絨毯と、その上に置かれている大理石のモニュメントがひとつあるだけの、実にシンプルな部屋だ。
大理石を主体としたモニュメントは、床に寝かせた石版の形をしている。その中央部分には大男でも一人で担ぐには無茶な大きさの岩が埋め込まれており、その大岩には一振りの刀が抜き身のままでまっすぐに突き刺さっていた。
「《エ、エクスカリバー・正宗》……!」
その刀の銘を呼び、信じられないものを見たとケイが息を呑んだ。
《エクスカリバー》――全世界でも指折りの知名度を誇るこの剣は、次代の王に相応しい者のみが手にすることができる、《選定》の意味を持つ伝説の聖剣である。かのアーサー王伝説において最も名の知られた剣であり、まだ王ではなかった頃のアーサー王が、誰にも抜けないと言われていたエクスカリバーを大岩から引き抜き、王と認められたエピソードは、誰しもが耳にしたことくらいはあるだろう。
「嘘だろ、マジでエクスカリバーなのか? ニセモノとかじゃなくて?」
日本刀の形を取っているせいだ。俺はそれをまずは否定して、だがすぐに思い直した。
その黒染めの刀身には、日ノ本の山脈を表す日緋色の装飾が一筋の線として波打ち、雲海を思わせる白の刃は、部屋に差し込む日の光を赤々と映し込み、雲から覗く太陽と魅せている。
――触れることすらためらうようなその刃。それが、贋作の類であるはずがない。誰に説明されるわけでもなく、俺は直感で全てを理解した。
「『誰にも引き抜けない伝説の聖剣がオカヤマにはある』――っつう話はオレも聞いたことがあるが、まさか、こんな所にポンと置いてあるなんてな……」
「あわわ……なにこれ、こんなのもっと厳重に保管しておきなさいよ!? 盗まれたらどうするのよ!?」
「そうですね、伝説が本当でしたら、窃盗の心配はないのでしょうけれど……それにしても無用心がすぎます」
まるで待ち合わせ場所にでも使えそうなレベルで放置してある伝説の剣の姿に、俺たちはどうしたものかとしばらく顔を見合わせた。――と思いきや、早速ケイがとんでもないことを言い出した。
「よし、アーサー! 決闘にあいつを持っていこうぜ!」
「は!? いきなり何言ってるのこの人!?」
突拍子もないケイの言葉に、俺は「お気は確かですか!?」と叫んだ。
「ザ・正気、俺はいつでも大真面目だぜアーサー君! いいか、もしあいつらが、お前が誰にも引き抜けないといわれた伝説の剣を持って現れたら、どう思う!?」
「そりゃあ間違いなく驚くだろうね」
「だろ!? 説明終了!」
「ええ!?」
――んな無茶苦茶な。議論の余地もないとケイは俺の背中を強く叩き、「よし、全員でチャレンジすんぞ! 俺たちは一騎当千、つまり四千人がチャレンジするのと同じだ! 一人くらいは成功するはずだぜ!」と謎理論を振りかざす。そして彼はおっかなびっくりな様子の俺たちを、無理矢理エクスカリバーの元へと連れて行こうとした。
だが、俺たちが部屋の中央にある段差を踏み越えた瞬間だ。
「うお!?」「きゃっ!?」「熱っっ、え、ちょ!? 燃えてる!?」
突如、空間に目で見えるほどの魔力が踊った。ケイは風にあおられ、ランスロットは水の壁に阻まれ、ガウェインは炎に炙られたあげくに服に炎が燃え移った。
「これは……聖剣を守る結界!? それも、私たちの魔術聖典に反応する強力なものです!」
「ちょっと、なんで私だけ扱い酷いのよ!? ぎゃ~~~~!? 熱いぃぃぃぃぃ!?」
それはなガウェイン、多分、お前はギャグ枠なんだ。俺は心の底から同情した。
「……なるほど、道理で無造作に置いてあるはずです。備えは万全というわけですね」
ランスロットは即座に結界の力を分析し、その出来栄えに感心した。
「は~、なんかマーリンや母さんらしくないなと思っていたけど、そういったところはやっぱり抜け目がないんだな、あの二人は」
「そうですね……この結界が、もしマーリン先生が設計したものだと仮定すると、私たち程度に破れるものではないでしょう。恐らく、その段差を越えられる者は日ノ本には誰も――」
ランスロットが、途中で不自然に口をつぐんだ。
「…………どうしたの、泉さん?」
「ア、アーサー君が……け、結界を……!」
「俺が……結界を……?」
天地がひっくり返ったような顔をしているランスロットを怪訝に思い、俺たちは彼女の視線をたどり――そして、仰天した。
「「「け、結界を、踏み越えてる!?」」」
なんと、俺だけが結界の張られた段差を踏み越えていた。試しに俺は恐る恐る絨毯を二度三度と踏んづけてみるが、やはり結界は作動しない。
「な、なんで!? なんでアーサーだけ平気なの!?」
「わ、わかりません! ですがこの結界は、特定の個人だけを除外できるようなものでないことは確かです!」
詰め寄るガウェインに、ランスロットは涙目になって答えた。
「なんだかわからねえがチャンスだアーサー! 今の内に聖剣とやらを引き抜いちまえ!」
「わ、わかった!」
何がチャンスなのか俺にもよくわからない。だが俺は場の勢いに流されて、駆け足でエクスカリバーの前に立った。
「これが、伝説の聖剣、《エクスカリバー・正宗》か……」
間近で見るほど、エクスカリバーの放つ空気は異彩であり、圧倒的だった。
――間違いない、こいつは本物だ。俺は震えそうになる体を抑え、柄へと手を伸ばした。
緊張と興奮に震える指先がエクスカリバーに触れた瞬間、部屋の中の空気が弾けたように波打った。俺を除く三人はその波動に押されてたたらを踏むが、俺には何も害がない。
「俺を、呼んでいるのか……?」
指先から伝わる淡い熱の感触に惹かれ、俺はエクスカリバーを手に取った。
――熱い。エクスカリバーから溢れ出る魔力に呼応し、俺の体中から生命力が漲り、それは燐光となって大気に放出されていく。まるで剣自身が、俺に引き抜かれることを望んでいるかのようだ。
(大丈夫だ、いける……!)
俺は両の手を伝う微かな感触に確信を持ち、音が鳴るほど柄をきつく握り締めた。聖剣から溢れ出た七色の魔力の奔流に身を委ね、求められるがまま、全霊の力で応じた。
「うおおおおおおおおおおおお!!!!」
体の芯から吼え猛る。そして、己が手にすべき剣の名を呼んだ。
「エクスカリバアアアアアアアアアア!!!!」
俺の叫びに応え、大岩に突き刺さったままビクともしなかった刀身が僅かにかたつき――、
――ボキィィィィィィィィッッ!!!!
「「「折れた!?!?!?」」」
伝説の聖剣は、あっさりと折れた。
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