第18話 オカヤマ 迷いを、一喝
「一旦頭を冷やせ」とのマーリンからのお達しにより、会議は一時中止となった。
「まったく、あなたがあまりにもゴネるから、私までマーリンに怒られてしまったではありませんか!?」
「何を言いますか、元はといえば陛下の独断専行が原因でしょう!? それを人のせいにしますか!?」
会議室を出た後も、ユーサーと、彼女と争っていた反対派の議員は、互いに責任を押し付け合い、酷く罵りあった。
「おいおい、まだやってんのかよ。これじゃあいつまで経っても収拾がつかねえぞ?」
「ホント、マーリン先生にあれだけ怒られたのに、こりないわよねー」
「そうですね……」
何処かで騒ぎを聞きつけたのか、外で暇を潰していたはずのケイが呆れ顔でやってきた。護衛役として俺に付いていたガウェインとランスロットも、同じような顔でいる。
「アーサー、早く二人を止めてきなさいよ」
「え……お、俺があれを止めるのか……?」
ガウェインの唐突な無茶振りに、俺はどもって自らを指した。ユーサーと議員の出す剣呑な雰囲気は、正直、頼まれても近寄りたいものではない。
「当然でしょ!? 当事者のあんたが何とかしなくてどうするの!? ほら、早く行く!」
半ば蹴り出されるような形で、俺は言い争いをしている二人の前に押し出された。
「当事者って言ってもなぁ、俺は流されてここに立っているだけの場違い君なんだけど……」
俺は頭を一度かき、それでも、「あの、お二人とも、ちょっといいですか?」と、二人の間に入った。
「なんですかアーサー、今は取り込み中ですよ!? 話なら後にしてください!」
「そうですぞ! この分からず屋に一度、ガツンと言ってやらねばならんのです!」
案の定、ユーサーと議員は、割って入った俺に激烈な反発心を見せた。
「いや、そういうわけにもいかないよ。マーリンに頭を冷やせって言われたんだろ? それなのにまたケンカなんてしていたら、今度こそマーリンが本気で怒ると思うよ?」
「そ、それは……」
「う、ううむ……」
少し卑怯な気もするが、マーリンの名前を出して仲裁を試みた。ユーサーと議員はしばらく納得できないような表情を見せたが、渋々ため息をつき、熱の溜まる頭を冷やした。
「とにかくです。私はアーサー王子の即位には反対します。それだけは言っておきましょう」
「――ッッ!? あなたはまだそんなことを言うのですか!?」
「ま、待った!? 母さん落ち着いて!?」
議員の吐き捨てに再び憤慨したユーサーが、議員に掴みかかろうと前に出る。俺はそれを両手で阻み必死に宥めた。
「大体、この国の事情も知らないアーサー王子に、いきなり国政を任せようというのも無理な話でしょうに。――王子もそうは思いませんか?」
「まあ、普通に考えたらおかしな話だとは俺も思いますけど……。王様なんて、本来はもっと準備期間を置いてからなるようなものでしょうし……」
「そうでしょう!? 常識に則るならば、陛下はかくも無茶なことを仰っているのです!」
賛同を示した俺に、「それ見たことか」と言いたげに議員は大きく腕を振った。
「そんな……アーサー、あなたは王になりたくないというのですか!? 私は間違っていると……そう言うのですか!?」
「いや、ちょっと待って……! 俺は別に、そこまで言ってるわけじゃ……!」
唇を噛んで悔しがるユーサーの様子に驚き、俺は慌てて弁解した。だが、どうにも歯切れが悪いせいで、二人の勢いを止めることができない。
「アーサー王子も陛下を諭すべきです! 今、王位を譲る事は性急であると!」
「違いますよねアーサー!? あなたは私の味方ですよね!? そうですよね!?」
「え、あ……え~と……なんて言えばいいのかな……? 今は、その……味方とかそういう問題じゃなくて……」
二人の鬼気迫る様子に、俺はたじたじとなる。目もまともに合わせることができず、じりじりと距離を取った。だが、そんなことをしたところで二人は止まらない。
「アーサー!」
「アーサー王子!」
二人の追求は加速し続ける。俺は「あの、その……」と曖昧な言葉で濁すことしかできず、頭の中がグチャグチャになり、まるでどうすればいいのか分からない。
俺はどうしたものかと迷いに迷った。そしてふと、後ろに誰かが立つ気配に気付いた。
「アーサー、ちょっといいか?」
「――ッッ!? ケイ!? 良かった、ケイも二人になんとか言ってやって――」
頼れる救援が来たと喜び、俺は後ろを振り返った。
しかしその瞬間。ケイは俺の胸倉を乱暴に掴み、その額を俺の額に打ちつけた。
「うっ、がっっ!?」
加減の一切ない強烈な頭突きに、俺の視界に閃光と火花がちらついた。俺は意識を失いかけて倒れそうになるが、ケイはその万力のような腕で俺を無理矢理立たせ続けた。
「ちょ、ちょっと!? いきなり何をやってるのよケイ!?」
突然の青年の行動に場が騒然とする。だが、ケイは目の奥で荒ぶる炎を隠しもせずに、腹の底を震わせて怒鳴った。
「うるせぇ! 何をやってんだってえのはオレの方のセリフだ! アーサーてめえ! どういう了見してやがる!?」
「どういう了見って……俺が、何かしたのかよ?」
額を押さえながら恨めしげに聞き返す。ケイは腕にさらなる力を込めて、俺を引き寄せた。
「違ぇよ! てめえが何もしてなかったからオレは怒ってんだ!」
「何もしてなかったから……だって……?」
謂れ無き暴力に怒ろうとしていた俺の頭が、ケイの言葉で真っ白になった。
「いいかアーサー! オレはてめえが王になりたいってんなら喜んで協力してやるぜ! 逆に王になりたくないってんならそれも良しだ! ……だがな、今のてめえはどっちつかずだ! ああだこうだウダウダ言ってるだけで、自分は何もしようとはしていねえ! そのクセ、中途半端に周りの人間だけはどうこうしようとしてる卑怯モンだ!」
ケイは指の力を抜き、ぶっきらぼうに俺を放した。
「アーサー、てめえが今したいことはなんだ? したくねえことはなんだ? そいつは言葉にできねえのか? 今すぐ答えが出せねえのか? 悩んでいるっつーんならよ、そいつは口にして周りの人間に相談したりしておくもんじゃねーのか!? てめえはそんなこともできねえガキだってのか!?」
「そ、それは……」
俺は何とか言い返そうと口を開くが、そんなことも許さないとケイは人差し指で天から宙を斬り、そして俺を指差した。
「アーサー・龍秀! どうするかはお前次第だ! だが時間はもう待っちゃくれねえ! 今すぐどうしたいか自分の意志で決めろ! 流されるままで決まっちまったら、てめえは絶対あとで後悔すんぞ!」
ケイは心に刻み付けるように、俺の心臓を力強く小突いた。それきり黙り込み、俺の瞳を強く睨む。
「…………」
――無茶苦茶だなコイツ。俺は率直にそう感じた。
(……だけど、ケイの言うとおりだ)
揺るぎのないケイの瞳の、その熱に当てられたように一考した。
俺は一国の王になるかどうかという大事な話から逃げていた。なし崩し的にどうにかなるのではとタカを括っていた。それは急な話がどうとかというものじゃない。もっと事前に周りと相談しておく時間くらいはあった。悩んでいるなら決断できるまでユーサーに待ってもらうとか、マーリンに悩みを伝えておくとか、やっておくことは沢山あったはずだ。そうすれば会議もこれほど荒れることはなく、もっとゆとりのあるものとなっていただろう。
(俺がもっとしっかりしていれば、こんな事態は避けられていたんだ……)
これは、いくつも選択肢があったはずなのに何もせずにいた、俺の責任だ。俺は唇を引き結び、己の怠惰が招いた現状と向き合った。
「アーサー……あなたはどうしたいのですか……?」
ユーサーが躊躇いがちに口を開いた。
俺を王にするという彼女の願い。それは元を辿れば、神様に《願い》を問われた時、俺が自分の願いときちんと向き合って答えを出さなかったことから始まっている。ならば、そこから生まれた問題から逃げることは、単なる無責任でしかない。
「…………ごめん、母さん。俺はこの国の王にはなれない。だって、俺はまだこの国のことをまるで知らないから。仮に俺が王になるとしても、もっとこの国のことを知ってからじゃないといけないし、それは一年や二年の短い期間で決められるものじゃないと思う。……だから今の俺は、王になる気はない」
「――ッッ!」
絞り出した答えにユーサーは涙ぐんだ。悲しみを堪え、「わかりました」と力なく頷いた。
酷く心の奥が痛んだ。彼女の姿に罪悪感に覚えた俺は、しかし、間を置かずして議員の方へと向き直った。
「ひとつ、聞いてもいいですか?」
「わたくしめに答えられるものでよろしければ、なんなりと」
議員が畏まった態度で目を伏せ、頭を下げた。それは、女王の暴走を止めたことに対する最大限の礼なのだろう。彼は何もユーサーが憎くてやったわけではない。国の運営を任された者の責任として、ユーサーの私利私欲から国を守ることを優先しただけなのだ。
俺は十分な時間をかけて一度深呼吸をした。明瞭となった意識の中、覚悟に口を開いた。
「もしも今、反対派の人たちに、俺が王になることを認めさせようとするのなら、俺はどうすればいいでしょうか?」
「……なんと?」
議員が顔を上げ、虚を突かれた表情を見せた。
「アーサー、どういうことですか……!? あなたは王になる気はないはずでは……!?」
ユーサーは驚きの口を手で隠し、その言葉の意味を理解できずにいた。
「うん、さっきも言った通り、俺に王になる気はないよ。――でも、俺が王になれる器じゃないと思われているのも癪だからさ」
俺はユーサーを安心させるように微笑んだ。
「え~っと、どういうことなの? 私にもわかるように言ってよ?」
ガウェインは意味が分からず、頭を抱え、こんがらがせる。彼女の隣に立っていたランスロットの方は理解したらしく、控えめな苦笑いで説明する。
「つまり、今のアーサー君が王になる事はありませんが、それは決して、実力不足でそうなったのではないと議会の皆様に伝えたいということです。アーサー君は、自分がなろうと思えば今すぐにでも王にもなれる存在である――ユーサー様がアーサー君を強引に推挙するほどの逸材であると、議会を納得させようとしているのです」
「はは、そういうことか! 面白ぇ! 母ちゃんのメンツは保とうってわけだな!?」
ケイは己の脚を叩いて快音を出し、「気に入ったぜ!」と盛り上がる。
「アーサー……あなたという子は……!」
ユーサーは再び涙ぐみ、指で静かにそれを拭った。
「あなたの想いは伝わりました。あなたが王に相応しい逸材であると、議会の者たちになんとしても認めさせましょう」
彼女は決意を新たに頷き、眉目を引き締めた。
「なるほど……そのようなお考えでしたら、わたくしも微力ながら尽くさせていただきます」
議員は胸を打たれた思いと感嘆すると、しかしそこで難色を示した。
「ですが、今すぐにとなりますと難しいですな。アーサー王子が王になることはないと伝えた上でならばそれも容易ですが……」
「しかしそれだと、口先だけの納得になりますよね? 俺を真に認めたことにはならないはずです」
俺の危惧に、議員は首を縦に振った。
「その通りでございます。王位を継ぐ気がないことを隠した上で、アーサー王子は反対派議員全ての信頼を勝ち取る必要がございます」
それは中々に厳しい注文だ。本来こういったことは時間をかけて地道に信頼を得ていかなければならないものだ。それが一朝一夕で得られるものであるなら、何処も彼処も団結力に優れた素晴らしい国だらけになっているはずだ。
「やはり簡単には行かないか……何か良い案があればいいんだけどな。こう一発でみんなの心を鷲づかみにできるイベントとかさ……まあ、そんな都合の良いものはないんだろうけど」
「――いや、ひとつだけあるよ」
「え?」
背中からかけられた幼い女の子の声に、俺は振り向いた。
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