第17話 オカヤマ 議会と、名産品乱闘
「それで母さん、城に着いたら今度は何をするんだ?」
「決まっています! 王城に着き次第、すぐにあなたを王太子認定し、準備が整い次第、国王の座を私からあなたに譲るのです!」
ユーサーは「何を今更」と即答し、腕を組んで得意げになった。
対する俺の反応は、冷たいものだった。
「……その俺を王にするって話、それって本気?」
「本気です! まさか、アーサーは王になることが嫌なのですか!?」
「嫌……ってわけでもないけど……ううん……?」
いまいち自信なさげに頭に手を当てる。「それなら問題はありません! さあ、早く行きましょう!」と、ユーサーは一行を先導すべく、腕を掲げて先を歩いていった。
「マジで俺を王様にする気なのかよ……」
俺は途方に暮れた顔で立ち尽くし、限界まで二酸化炭素を吐き出した。
「――どうしたアーサー。親の言うことは聞きたくない反抗期ってか?」
その一部始終を見ていたのだろう。ケイは俺の肩を叩き、面白そうにサングラスの位置を直した。
ヒロシマでの騒動の後、彼は成り行きで俺たちに付いてくることになった。元々ケイ自身、オカヤマに立ち寄る予定があったことや、ユーサーが彼の同行を強く願ったため、すんなりと話はまとまった。俺としても、女性メンバーばかりで気を使う旅になることが嫌だったので、彼の同行は願ったり叶ったりの状態だった。
「別に反抗期ってわけじゃないけど、なんか嫌じゃないか、こういうのって。ケイも俺の立場になって想像したらこの状況は嫌だろ? いきなりある日、『お前を王様にする』、なんて言われたらさ。それが自分に向いているかどうかすらわからないのに」
「まあ確かにな。王様ってのはなんだかんだで不自由なもんだからな。オレみたいな奴に勤まるとは思えねえ。ましてやそれが、他人にどうこう言われて成るってんならなおさらだぜ」
彼は軽快に鼻先で笑い飛ばし、俺の意見に同意した。
「でもまあ、一応考えておくのは悪いことじゃねえぜ。オレとお前は性格も能力も、その周りに置かれた環境も違う。なんでもかんでも十把一絡げの考えで終わらせるもんでもねえよ」
ケイは俺と肩を組み、急に真面目な顔付きになった。
「いいかアーサー、大事なのは信念だ。そいつがあれば大抵のことはなんでもできちまう。口先の話を聞いただけで全て決めちまうのはいけねえ。よく見て、よく聞き、よく動き回れ。最初は否定していたそれが、もしかしたら自分の望んでいたことなのかもしれねえ。そうなりゃ人間つーもんは、多少の無理を跳ね返せるほど頑張れる。そいつが《信念》だ。自分から何も動かねえ人間は、いつまで経っても信念を持つことができねえもんだ」
「お前は、そんなチンケな奴になるんじゃねえぞ」とケイは締めくくる。
それで用が済んだのか、彼は組んでいた肩を外した。そしてちゃっかりと買っていたオカヤマ土産の《きびだんご》を野太刀の先端からぶら下げたまま、彼は先を歩いていった。「そういえば、オカヤマは《モモタロウ物語》発祥の地だったなあ」と、俺はぼんやりとその姿を見送った。
「う~ん……」
俺は立ち止まり、ケイの言葉をしばらく吟味した。
「……そうだな、もう少し詳しく話を聞いてみるか」
俺は一通りの結論を出し、ユーサーたちの後ろに付いて行った。
実際、俺はまだこの世界に来たばかりで、この世界の王様がどういうものなのかすらわかっていない。そんな状況で全てを決めてしまうのも早計だろう。それに、なんだかんだで俺も男だ。王様になることへの憧れは少しある。そのうち何とかなるだろうと、答えを先延ばしにすることに決めた。
◇ ◆ ◇
《オカヤマ・グラン・キャメロットビル》。
ブリテンの英雄、アーサー王が治めた都の名を冠するこの高層ビルディングは、地上高五百メートル超という巨大建築物であり、ユーサーとマーリンの持てる技術全てを注いで築いた、日ノ本一を自負するオカヤマ国の王城である。
「ビルなのに王城とはこれ如何に」と思うかもしれないが、それがこの世界の常識らしい。元はオカヤマにあった城のひとつ(日本で言う県庁とのこと)を改築しようとした際、どうせならと一から建て直したものであるそうだ。
晴天の空を突く、モダンデザインに映える巨大な王城。その王城の一室では、朝早くから王国中の重鎮を集めた大会議が行われていた。
議題はユーサーの息子であるアーサーを王太子として認定し、同年の内に、ユーサーの持つ王位を彼に継承する――と、なっていた。
事前にこの取り決めはなされていたらしく、法律の骨子はすでに組み上がっていた。あとは議会の承認を得るだけであり、そしてその根回しも既に済んでいるとのことだった。あまりにも話ができすぎていたので、いまさらどうこう言うこともできず、結局俺は流されるままに会議に出た。ユーサーは「すぐに終わる退屈な会議」だと言っていたので、そういった点だけは助かった。いきなり出てきた新入りを王にさせるというのだ。最悪、バッシングくらいは飛んでくることを覚悟していた俺は、しかし、その見込みは非常に甘いものだと痛感させられた。
『国を私物化するな! 辞任しろ!』
『ぽっと出にいきなり国の運営を任せるとか正気か!?』
『お前、昔から後先を考えなさすぎだろ!? 少しは自重しろ!』
非難とともに空を舞うきびだんごにビゼン焼き、中には「マーリン様には是非これを!」とドサクサに紛れて女子学生服を投げ込む猛者まで現れる始末だ。いくらオカヤマが学生服生産量日ノ本一とはいえ、そりゃあなんでも無茶がある。多分似合うだろうけども。
「上等よ!? 全員まとめてかかってきなさい! 撫で斬りにしてあげますわよ!?」
顔の青筋を炸裂させたユーサーが、会議室の大テーブルに足を乗せて議員たちを挑発した。その行為がさらなるヒートアップを呼び、会議というよりは動物園の見世物と化した有様に、俺はテーブルに頭を打ちつけたい気分になった。
「いや、これには私もまいった。皆がここまで強く反対するとは思っていなかった」
議長を務めるマーリンが、十分ほど前から、その場を治めるために木槌で健気な音を立てているのだが、会議は場外含めた乱闘騒ぎまでに発展して、事態が終息する気配は一向にない。
「本当、とんでもない反対ぶりだよな。ここまで酷いと逆に俺も感心――いや、まともな考えの人が多くて良かったってホッとするよ」
「元々、彼らはアーサーに王位を継がせること自体には了承していた。オカヤマ建国の際にもそう説明していたからな。だが、その王位を譲る時期を、ユーサーが勝手に早めたことが今回の反感を呼んだらしい」
「そりゃそうだろうよ。なんせ、それをマーリンにも相談してなかったんだからな。国の行く末を決める重要な案件でそんなことをしたら、独裁扱いされて当然だ」
俺は先ほどから続く頭痛から眩暈を覚え、椅子の背もたれに深く背中を押し付けた。
「いやはや、これはまた賑やかな会議になりましたな」
乱闘に参加せず傍観者に徹していた最年長の議員が、空を飛ぶオカヤマの名産品を避けながら、俺たちの元へとやってきた。たしか挨拶回りの時の紹介では、この国の大臣をしているとかなんとか聞いた覚えがある。俺は無礼にならないように急いで姿勢を正した。
「何か皆さん、乱闘に慣れているような感じなんですけど、この国の会議はいつもこんな感じなんですか?」
ユーサーの背中に見事なドロップキックを食らわせた年配の議員を見ながら言う。
「滅相もない! ――と、言いたいところですが、お恥ずかしいことに、頻繁にこのような事態になりますな。どうも我らの国の者たちは、上下の関係をあまり気にしない節がありますようで。特に建国時代からユーサー様に仕える者たちには、それが顕著に表れています。しかしそれも無理はありませぬ。同じ時代を生き、共に戦い、同じ釜の中の飯を食べた仲なのです。悪く言えば礼節のなっていない国ですが、良く言えばアットホームな国なのですよ」
「なるほど。じゃあこれは、それほど危機感を覚える事態じゃないんですね」
年長者の言葉にこもる説得力に、俺は安心した。何せ建国とは五十年も前のことだ。二十年も生きていない俺からすれば、気も遠くなるほどの昔であり、彼らはそんな時代からユーサーとともにいるのだ。乱暴な関係にも思えるが、それは一切の遠慮のない親しい関係の裏返しでもあるのだろう。
「とはいえさすがに、これ以上の大事になっては収拾がつきませぬ。――マーリン様、そろそろよろしいかと」
「うむ。――皆の者、ここは神聖なるオカヤマ王国の議会である、慎み、静粛にせよ!」
大臣の提言に、マーリンは語調を強めて場を鎮めようとした。
だが、誰も彼もが頭に血が上った状況で、一向に乱闘が治まる気配はない。
「とりあえず任せてみろって言いますけど、それで失敗したらどうするんですか!?」
「静粛に」
「人は失敗をして当然です! あなただって昔は好きな子にいいところを見せようとして、西大寺会陽のはだか祭りではしゃぎすぎて、腕の骨を折る大怪我をしたじゃないですか!?」
「静粛に」
「な!? それは今関係ないでしょう!? それを言うならあなただって似たようなことをしたじゃないですか!? この前だってオオサカから来た親善大使に、いきなり指を突きつけて『ばーん!』とか意味不明なことを言っちゃって、相手に失笑されてたじゃないですか!?」
「静粛に!」
「失礼な!? オオサカではそれが挨拶なのですよ!? あの親善大使のノリが悪かっただけで、私は悪くないのです!」
「静粛に!」
「はは、そうですか! 『いくらなんでもこの状況でそれはないですわ』とか、相手にも散々なことを言われてましたけどね!?」
「静粛に!!」
「きぃぃ!? 重箱の隅を突くようなことをよくもぬけぬけと!? それなら私の方にもとっておきのネタが――」
――ガンッッッッ!!!!
「いい加減にしなさい!! 議論をする気がないのなら今すぐ部屋から出て行きなさい!!」
「「は、はい! す、すみませんでした!」」
底冷えするマーリンの眼光に射すくめられ、ユーサーと議員は会議室から追い出された。
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