第15話 ヒロシマ やんちゃ娘と、和解

「あいつ、わざわざこんな物を用意して……。町で用があるって言っていたのは、まさかこいつのためだったのか……?」

 俺はガウェインの用意周到ぶりに呆れると、件の悪ガキの末路を目に収めた。

「ひぃぃ~~ん!? ほんの出来心なんですぅぅ~~、もう許してぇぇ~~!?」

 ギザギザの木の板に正座させられ、膝の上に大きな石板を何枚も積み上げられていたガウェインは、大粒の涙を流して許しを請いた。しかしその願いはユーサーに、「どうしてそこで諦めるんです! まだまだいけますよ!」と聞き届けられない。またひとつと石版が乗せられるたび、「おほぉっ!? もう無理ぃ、ギブ、ギブギブ!?」とガウェインは悲鳴を上げた。

「マーリン、もういいだろ。多分、ウチの母さんはやめる気はないぞ」

「あれだけの事を仕出かしたのだ。自業自得として諦めてもらうしかないな」

 わざわざ立会人までしたのにその顔に泥を塗られたマーリンは、ガウェインに慈悲をかける気など毛頭ないようで、もはや事務作業的に新しい石版をランスロットに用意させている。

 オークとの戦いの事後処理を終えた町の住民たちも、遠巻きにガウェインを蔑み、「騎士を目指す者の恥だ」と陰口を叩いていた。

 誰も彼もが彼女を責めることを当然とし、あのランスロットやケイすらも、バツの悪そうな顔を浮かべているだけでそれを止めようとしない。

 確かに自業自得。彼女は自ら決闘を持ちかけ、自分が有利になるように姑息な手を用いた。騎士道というものから考えれば、例え処刑されたとしても文句も言えないだろう。

 …………だけど、

「あ~あ、本当バカな奴だよな」

 それでも俺は、彼女を見捨てる気にはなれなかった。ユーサーに断わりを入れ、ガウェインの膝の上に置かれていた石版を全部下ろした。

 責め苦から解放されたガウェインは、一声漏らして地に手を突いた。俺は膝を折り、彼女に「大丈夫か?」と声をかけた。ガウェインはしばらくのためらいの後、静かに口を開いた。

「……どうして私を助けたのよ。私はあんたを殺そうとしたのに」

「そうだな、それは俺にもよくわからない。深く考えてなかったからな」

「はあ? 何よそれ?」

 きょとんとした顔でガウェインが俺と目を合わせた。

「そんなに不思議がるなよ。お前だって、俺がオークに殺されそうになった時に助けてくれたじゃないか」

「そ、それは違うわよ! あれは別にあんたを助けようと思ったわけじゃないんだからね!? だから、あんたとは違うの!」

「それこそどういうことなんだ? 何が違うんだ?」

「あ、あれは私に別の理由があったのよ! だから、あんたからそれを感謝される謂れなんてないんだから!」

 ガウェインはきつく目を閉じて頭を下げ、何かに耐えるように叫んだ。

「でも、俺を助けようとしたことは事実だろ? お前が自分勝手な理由で俺を助けようとしたって言うのなら、俺も自分勝手な理由でお前を助けてもいいはずだ」

「何よ……そんなのおかしいじゃない! 自分を殺そうとしていた相手を助けるなんて、聖人君子でもなければ絶対無理よ!? あんたはそれだけのお人好しなの!?」

 ガウェインは心の奥底にあるものを搾り出すように俺に問いかけた。「そんな言葉は信用できない」と敵意を視線に込めて、俺をきつく睨んできた。

 俺は言葉を選び、静かに語った。

「ガウェイン、世の中の人たちっていうのはな、そんなに思っているほど理屈で動いているわけじゃないんだ。『ただこうしたい』とか、『こうすればいいのかな』って漠然としたきっかけで最初の行動を起こしているんだ。それを後で、『自分はこういう事情でこうしたんだな』って、適当に理由付けして、納得しているだけなんだ。だから俺がお前を助けたことは、特別おかしなことじゃないさ」

「そんな……でもそれじゃあ、あんたには何の得もないじゃない……! みんなに嫌われてる私を助けたところで、あんたに何が残るっていうのよ……! 何も見返りが無いのに誰かを助けるなんて、そんなの自分が損するだけよ……! そんなこと、絶対信じられない……!」

 意地になったガウェインの目の縁に、小さな何かが光った。

「いや、見返りならあるさ」

 俺は彼女の小さな手を取り、一字一句よく聞こえるように答えた。

 確かにガウェインは自分勝手で、何かにつけて辛辣な態度を取り、すぐに人の首を刎ねると豪語したりする。――でもそれにはちゃんとした理由がある。

 彼女は自分に自信が無いのだ。だから悪辣な言動で人との間に壁を作り、虚勢で自分を誇張する。自分が見下されるのを恐れて目立つ者を《敵》だと排除する。「私は凄い。あんたは駄目」と。本当に求めているものは別にあるのに、卑屈な自分が嫌だってわかっているのに。

《彼女が求めているもの》、それが何なのかようやく俺にもわかった。そしてそれは、俺も望んでいるものだった。それなら利害が一致している以上、彼女は俺の《敵》にはならない。

 俺はしっかりとガウェインの手を握り、彼女の目を正面から受け止めた。

「ガウェイン、俺の仲間になってくれ。俺は君と互いを支えあう仲間になりたい。君が俺を助けようとした時、本当は理由なんてなくて、何も考えていなかったはずだ。そんな無意識で危険を顧みず、人を助けようとすることができる君だからこそ、俺は君の仲間になりたい」

 彼女の心に伝わるように手に力を込めた。

「ア、アーサー……!」

 ガウェインは蒸気を吹きそうなほど頬を高潮させた。そして思い出したように慌てると、「それ、本気で言ってるの? 私とそんなに仲良くなりたいの?」と上目遣いで尋ねてきた。

「ああ、勿論さ! だからガウェイン、ぜひ俺の仲間になってくれ!」

 俺は一瞬の迷いなく答えた。

 その言葉にガウェインは、見る見る内に顔をふにゃふにゃに崩してとまどい、それでも抗おうと唇に力を込め、――しかしそこで吹っ切れたように一息吐き、心を落ち着かせた。

「もう、しょうがないわね。……いいわよ、私が、あんたの仲間になってあげる」

 ようやく観念した彼女は、俺の手を握り返し、太陽よりも明るい笑顔を見せてくれた。

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