第13話 ヒロシマ 女王様と、王子様

「おーいアーサー、聞こえてっかー?」

「――――マジかよ、母さんが女王様だって……? じゃあ俺はなんだ、王子様になるのか? はは、嘘だろ……俺、ちょっと前まで、学食のパンを一個で済ませるかどうかで悩んでいたくらいの苦学生だったんだぜ……? それが、こんな……いや、これは何かの夢に違いない……きっとそうだ……」

「駄目だな。彼はしばらく立ち直りそうにもない、放っておこう」

 驚愕の事実に白くなった俺を横に置き、マーリンはガウェインとランスロットを呼んだ。

「ユーサー、ちょうどいい機会だ。君に紹介しようと思っていた弟子がいる。彼女たちは君の下で、必ずや立派な騎士となるはずだ」

「あらマーリン、しばらくオカヤマを離れていたと思ったら弟子を取っていたのですね。あなたが直接推薦するほどなんて、その子たちはそれほど才能のある子たちなのかしら?」

「ああ、実力もさることながら、その名前にも意味がある。まずはこの子だ。この子の名前はガウェイン・日守という」

「ガ、ガウェインですって!?」

 マーリンの紹介にユーサーは唾を飛ばして興奮した。何事かとうろたえたガウェインの手を逃がさず捕らえ、「まあガウェイン! あなたがガウェインですか!?」と実に暑苦しい。

「《太陽の騎士ガウェイン》といえばアーサー王に仕えた腹心の中の腹心! 最期まで王の下で戦った円卓の騎士の一人! 名剣ガラティーンを操り、太陽の出ている間は無双の力を誇ったという偉大なる英雄! この世界で出会うとは、やはり大国主大神様は私の願いをちゃんと叶えてくださったのですね!?」

 ユーサーは感激にガウェインに抱きつき、愛しい我が子のようにその頭を撫でた。

「え、ええっと~……訳がわからないんだけど、どういうことなの……?」

「おほほ~、気にしなくてもいいのよガウェインちゃん。ウチの子と仲良くしてあげてね? あっ、でも余計な入れ知恵とかはしないでね? 特に炊きつけてウチの子を争いに駆り立てたりするのは絶対に止めなさい? いいわね、絶対よ?」

「え~? 私は別にあんな奴と仲良くなる気は――」

 続くガウェインの言葉を、ユーサーはその肩を掴むことで止めた。万力のようにガウェインの肩はギリギリと締め上げられ、骨が物騒な音を立てて軋んだ。

「……ガウェインちゃん、こういう時の返事は『はい』よ? わかったわね?」

「あ、はい!? 仲良くさせてください!? だから命ばかりはお助けを!?」

 ユーサーの深遠の瞳に睨まれ、ガウェインは拾われたばかりの子猫のように小さくなった。「逆らうのは危険だ」と、本能で理解したのだろう。

「そしてこの子だ」とマーリンがランスロットを紹介すれば、ユーサーは「次は誰!?」とガウェインを手離した。今度はランスロットに食い寄り、その手を取った。

「あなたも円卓の騎士の一人なのですね!? トリスタン!? パーシヴァル!? それともルーカンかしら!?」

「いえ、私の名前は――」

「は!? わかりました、あなたはガラハドね!?」

「いや、彼女の名前はランスロット・泉という」

「この泥棒猫!!」

「お母様!?」

『パシーン!』と、ユーサーはランスロットの手を力強く叩き払った。

「わ、私が何か失礼なことをしましたでしょうかお母様!?」

「《お義母様》って呼ばないで!? アーサー王の妻のみならず、今度はウチの子まで誘惑する気なのですね、あなたは!?」

 この場で手討ちにするほどの勢いで、ユーサーは怒り狂った。

「落ち着けユーサー! 彼女にそんな気はない!」

「いいえマーリン、この娘は将来アーサーに不幸を呼ぶ凶兆の権化です! この無駄に肥えた乳を使ってアーサーをたぶらかす魔性の女です! 何よこの牛みたいな乳、これが災いの元ですね!? こうしてくれます、この、この!」

「い、痛いですユーサー様!? そんなに強く揉まないでください!?」

 ユーサーに胸をギリギリと揉み上げられ、ランスロットは悲鳴を上げた。男からみれば非常に眼福な情景だが、ランスロットからしてみれば堪ったものではない。

 あとでマーリンからこっそり聞いたことだが、円卓の騎士の一人である《湖の騎士ランスロット》とは、人望と実力を兼ね備えた至高の騎士と称えられながらも、アーサー王の妻であるグィネヴィア王妃を寝取り、後にアーサー王が死ぬ原因を作った不義の騎士であるそうだ。

「ユーサーさんって言ったよな、その辺にしてあげときな」

 見かねてケイが声をかけた。

「何!? あなたは誰!? この女狐の仲間!?」

 すっかり疑心暗鬼になったユーサーの態度にも、ケイは「よくぞ聞いてくれた!」と指を弾き、アロハシャツの上のサーコートを風にたなびかせた。

「オレの名前はケイ・朽木! 泣く子も笑顔に悪党蒼白、歌舞いてこそ男の人生に花は咲く! オキナワが生んだ麒麟児たぁオレのこと! さあさあ奥様、今ならオキナワ名産、《オレのサイン》が付いてとてもお得です、その手を止めてお一ついかがですか!?」

 ケイは有無を言わさずユーサーの前に直筆のサインを突き出し、機先を制した。オキナワの名誉のためにあえて付け加えさせてもらうが、当然、《オレのサイン》などという名産は無い。

「い、いえ、結構です……。よ、よくわかりませんが、あなたの名前は存じていますよケイ。良い名前ですね、よろしければあなたには、アーサーのことを頼んでも良いでしょうか? つまるところは《兄貴的ポジション》なのですが……」

「おう! オレもよくわからねえが合点承知するぜ! わっはっはっ!」

「おほほほほー……」

 ケイの謎の口上を前にして、さしものユーサーも毒気が抜かれたらしい。ランスロットを解放して彼の追求を断ち切った。そして咳払いをひとつこなして、彼女は場を仕切りなおした。

「さて、私も色々と聞いておきたいことがあります。まずは、どうしてこうなったのかを説明してもらえますか? なぜあなたたちはオークと争いを?」

「うむ、実はだな……――」

 マーリンがユーサーに、事の顛末をかいつまんで説明した。

「まあ! ウチの子が人助けを!?」

「そうだ、彼は命を賭けて見ず知らずの親子を助けたのだ。――そうだろうアーサー?」

「え? まあそうだけど……」

 ようやく立ち直った俺は生返事で認めた。その事実にユーサーは喜びを隠さず、俺にまた抱きついてきた。

「素晴らしいですよアーサー! 我が身を省みずに無辜の民を守る、それは王になる者に相応しい素質です! やはりあなたこそが日ノ本を統べるべき者なのです!」

「大げさだな……流石に親バカすぎるから止めてくれよ。みんなの前で恥ずかしいだろ?」

 ユーサーの行為に俺は顔が熱くなり、助けを求めるようにマーリンを見た。

 それがよほど面白いらしく、マーリンは唇の端をにやりと笑わせた。

「良いではないか。私もあの時の君には驚かされた。誰かのために行動を起こすことは恥ずべきことではない」

「ていってもなぁ、ケイや泉さんに助けられた部分も大きいからなぁ……」

「な~にを恥ずかしがってるんだアーサー! あんな状況で飛び出していく奴なんてそうそういねえ! お前はもっと胸を張っていいんだぜ!」

「そうですよ! あの時のアーサー君はとっても格好良かったんですから!」

 ケイは快活に笑い飛ばして俺の背中を叩き、ランスロットは拳に力を込めて力説してくる。

「困ったなぁ……みんないくらなんでも俺を持ち上げすぎだろ?」

「そこまで褒めることか?」と、困惑状態の俺は頬をかいてごまかしたが、やはりそれには何の効果もなかった。

「こいつ、照れてますよユーサーさん。かわいい奴じゃねえか」

「あ~もう、髪をわしゃわしゃにするなよケイ」

「うふふ、アーサー君、私もしてあげますね」

「えええ!? そんな、泉さんまで!?」

「まあ皆さん、ウチのアーサーはあげませんよ? そういうことは私の許可を取ってからにしてください。――って、そこの女狐! 何さり気なくアーサーに抱きついているんですか! セト大橋の主塔から投げ捨ててやりましょうか!? 海抜二百メートルですよ!? 死にますよ!?」

「違います! 抱きついてなんかいません! アーサー君を労っているだけです!」

「こらこら、痴話喧嘩はそこまでにして落ち着きなさい。力を入れすぎてアーサーがふたつに千切れたらどうする気だ?」

「はははー、モテモテだなアーサーは、オレも羨ましいぜ」

「全然羨ましくないだろ、ふたつになったら俺が死ぬっての!? って、あだだ!? ちょ、もうみんないい加減にしてくれよ!? このままだと本当に――」

「いい加減にするのはあんたの方よ!!」

『バン!』と、ガウェインが白篭手を地面に叩きつけた。

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