第11話 ヒロシマ 事後処理と、一人の女性

「助かった……えーと、ケイさんだっけ?」

 俺はふらふらになった頭を押さえて礼を言う。ケイは得意げに鼻を鳴らした。

「ケイでいい。よくやったぜアーサー、最後の一撃には俺も痺れたぜ」

 ニッと頬を笑わせ、彼は親指を立てた。

「アーサー君!」

 ランスロットが青い顔して駆け寄り、俺の体を支えた。

「大丈夫ですか、アーサー君!?」

「えっと……大丈夫……じゃないかも……?」

 彼女が心配そうにぐいぐいと体を押し付けながら俺の容態をうかがうが、俺はわき腹に当たる二つのやわらかみの方に全神経を集中させていたため、うまく言葉を返すことができない。

「な~にが『大丈夫じゃないかも?』よ。だらしなく鼻の下なんか伸ばしちゃって、あんた、全然元気そうじゃない」

 眉間を険しく歪めたガウェインが、刀に付いた血を拭き取りながらそうこぼした。

「アーサー! 無事か!?」

 通りによく知る声が響いた。

 ――マーリンだ。彼女は武装した自警団の面々を引き連れ、こちらへと駆けつけてきた。

「ようマーリン、見てのとおり無事だぜ」

「何を言う、どこが無事だ! すぐに傷を見せなさい!」

 マーリンは保護者のように俺を叱りつけると、傷口を探り当て、すぐさまマギテスで癒しにかかった。

「まったく、無謀なことをしたものだ。こんなところで死んだらどうする気だ」

「悪い、でもどうにかなったからいいじゃないか」

「良くはない!」

「いでっ!?」

 マーリンに傷口を叩かれ、俺は全身に走った痛みに悶えた。

「負った傷はマギテスで癒せる。とはいえ、それも万能ではない。今度からはしっかりと考えて行動しなさい。感情に任せて闇雲に動けば良いというわけではないのだぞ」

「はい……肝に免じておきます……」

 後引く痛みに俺が顔を引きつらせる。マーリンは口元を緩めた。

「だが、君のその無謀な行動によって、助かった者もいるのは事実だ」

 マーリンの視線に気付き、その先を見た。

 ――パルデロに脅されていた親子がいる。二人は遠くまで逃げていなかった。遠慮がちな足取りで俺の前に立つと、後ろで隠れている女の子の代わりに母親が頭を下げた。

「この度は本当にありがとうございました。なんとお礼をすればよいのかわかりませんが、本当に、本当にありがとうございました」

 深く下げた頭を、さらに深く下げる。

「あ~、いや、俺は別にたいしたことはしてないんだけど……格好を付けて前に出ておきながら、結局他の人たちに助けられちゃったし……」

 俺は首筋を撫でて恥ずかしい気分をごまかした。すると、おずおずとした様子で女の子が前に出ると、弁当箱をひとつ、俺に差し出した。

「これを……」

「これは――中身は牡蠣メシか?」

 箱を開けてみれば中にはヒロシマ産の牡蠣がたっぷりと乗せられた牡蠣メシが。牡蠣の身は肉厚で大きく、しょうがを加えて香ばしく炊き上げてある。炊き上げてからそれほど時間は経っていないらしく、その芳醇な匂いは嗅いでいるだけでも、空きっ腹に響いてしょうがない。

「ほう……これは土鍋で作ったのかな。外側のご飯にカリッとしたおこげができていて、それが牡蠣のふっくら感と絶妙なマッチングをしていて実に……。ああ! 想像だけで涎が止まらん! ――――でもどうして牡蠣メシなんだ……?」

 ふと冷静になって疑問を投げかければ、代わりにマーリンがずずいと前に出た。

「知らないのかアーサー!? ヒロシマといえば当然牡蠣だろう!? ヒロシマの特産品はレモンやオレンジなどが有名だがその中でも牡蠣の養殖業は特に盛んでその年間水揚げ量は二位を大きく引き離しての圧倒的一位! 日ノ本におけるシェアは六十%オーバーという他の追随を許さない牡蠣生産国それがヒロシマなのだ! わかったか!?」

「お、おう!? 説明ありがとうございます!? 大事に食べさせてもらうぜ!?」

 俺は神仏に感謝するように膝を突き、弁当箱を掲げて礼をした。

 女の子は恥ずかしさを堪えながらも元気に笑って、そして母親の後ろへと逃げていった。

 すると、マギテスによる治療を終えたのか、マーリンが傷口に包帯を巻き始めた。

「表面の傷は全て塞いだ。後は安静にしていればすぐに治る」

「サンキュー、マーリン」

「どういたしましてだ」

 マーリンは包帯を巻き終えると、ケイへと向き直った。

「さて御仁、危ないところを助けていただいたようだな。私からも礼を言わせて欲しい」

「気にすんな、困ってる人を見たら助けるのが男ってもんよ」

 ケイは芝居がかった様子であご先を親指で擦り、格好を付けた。

 ツンツンの金髪とサングラスにアロハシャツ。見た目がどう贔屓目に査定しても不良街道まっしぐらの男だが、先ほどからの言動を鑑みるに、彼は悪い人間ではないようだ。気さくな仕草でおどけてみせるケイには、さしものマーリンもつい笑みをこぼした。

「まあ、流石に真っ昼間の大通りで、こんだけ大きなチャンバラが起きるとは思わなかったがな。一体何があったんだ?」

 ケイは興味深そうに争いの起きた現場を見回す。「うむ、大元の原因は実にくだらないものではあったが――」と、マーリンが答えようとしたその時だ。

「パルデロ様!」

 瀕死のパルデロを救うべく、通りに馬に乗ったオークが三騎現れた。彼らは馬上槍を振り回して野次馬を威嚇して押し退けると、パルデロを捕縛していた自警団へと迫った。

 不意を打たれてうろたえている自警団を襲おうとする寸前。オークたちの前に、一人の女性がふらりと前に出た。

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