第9話 ヒロシマ ケイと、逆転

 百八十を超える長身に、ツンツンに尖った金色の髪と黒のサングラス。南国を連想させるアロハシャツの上に、騎士が羽織るサーコートという奇抜なファッションセンス。男は『己の人生に恥じることなど一つも無し』とでも言いたげに、これほどなく自信満々にパルデロたちを見下ろしている。

 見下ろしている――とはその言葉通りだ。男はなぜか大通りにある一番高い建物の上でふんぞり返り、こちらを見下ろしているのだ。

「ま、まさかあいつ、こんな状況で、わざわざあそこまで登ったのか……!?」

「おうよ!! そのまさかよ!!」

 呆れた俺たちの視線なんぞなんのその。男は建物から飛び降りて豪快な着地を決めると、刀の切っ先で『ビシィッ!!』とパルデロを指した。

「さっきのやり取りは見せてもらったぜ! 善良な市民を力で脅しつけ、己の欲望を満たそうとするなんて不貞ぇ輩だ! たとえお天道様が許したとしても、この俺の持つ、熱きリュウキュウ魂がテメェを許さねえ!」

 男は己の胸を親指で『ドドン!』と指し示し、サーコートの胸元に書かれた「海人(うみんちゅ)」の文字を誇った。

「いきなり現れたかと思えば何を言う!? 貴様は何者だ!?」

「フッ、俺の名前か……? 馬鹿野朗かテメェら、悪党に名乗る名前なんぞ日ノ本の漢にはありゃしねえ! このオキナワに生まれた風来坊、ケイ・朽木様も安く見られたもんだぜ!」

 いや、あなた堂々と名乗ってますよ!? ガウェインとはまた違った方向性の《アホ》の登場に、俺は絶句した。

「そこのお前、そんな面するんじゃねえ! このオレが来たからにはもう安心だぜ!」

「いや、これはあなたの行動にドン引きしているだけなんですけど……」

「そうか! ヒーローというのは孤高でエネルギッシュだからな! 理解できなくてもそれはお前のせいじゃねえ! 気にすんな!」

 駄目だこの人!? 言葉が通じるのに話が通じない!?

「ええい、何をゴチャゴチャとこのボクを差し置いて!? お前たち、あのバカもまとめてやってしまえ!」

 パルデロの号令に、立ち直った配下のオークたちが男――ケイへと襲い掛かった。

「これはさっきの仕返しだ!」

 オークたちは油断無く回り込み、左右からケイを挟撃する。棍棒の先端が空を裂き、ケイの頭部目掛けて振り下ろされた。

「甘いぜ!」

 ケイは取り乱すこともなく、鉄鞘に収まったままの野太刀を一閃。豪快にオークたちをまとめてなぎ飛ばした。

「雑魚に用は無え! 用があるのはそこのそいつだけだ!」

 ケイがパルデロを指差すと、オークの代表は初めて不遜な態度を崩し、一歩後ろに引き下がった。

「ぐ、ぐぐぐ……こいつ、意外とできる……!? か、かくなる上は……!」

 パルデロが配下に合図する。オークの数人が弓に矢を番え、その狙いを観衆へと向けた。

「動くな! 動けばこいつらを弓でまとめて――」

 だが、パルデロが降伏勧告を言い切るより早く。突然上空に膨大な水流が踊り、それは超重の質量を用いてオークの弓兵たちを押し潰し、洗い流した。

「――そこまでです。無関係な人々を巻き込み、盾とするその暴挙。その一切はこの私が許しません」

 観衆の前に立ち、彼らを守るように刀を掲げたのは一人の少女――ランスロットだ。

「どうしてもと言うのであれば、この私と我が剣――《アロンダイト・村雨》が相手になります」

 穏やかだった瑠璃色の瞳を今は冷徹に細め、彼女は剣の先に集う水流を意のままに操ってみせた。

「泉さん!」

「はい、アーサー君。お待たせして申し訳ありません」

 ランスロットは俺の呼びかけに応えると、その麗しい眉目を優しく崩した。

「が、があぁ!? ま、まだだ!」

 往生際悪くパルデロは飛び跳ねる。別の人質を取ろうと新たに一隊へ命じ、別の観衆へと向かわせた。

 しかし、オークたちが観衆にたどり着くことは叶わない。横から飛び出したひとつの影が彼らの眼前に躍り出ると、白刃の刀を鮮やかな手並みで操り、彼らを次々と斬り倒した。

「うわ~……なんか勢いで斬っちゃったけど、大丈夫かしらこれ……?」

 などといまさら暢気にのたまうと、影――ガウェインは「もしもーし、生きてるー?」と倒れているオークを剣先でつついた。せめて状況を確認してから斬れと言いたい。

「ガウェイン、お前もか!?」

「何よアーサー、この騒動はあんたのせいなの? あんたいい加減に調子に乗ってないで、もう少し落ち着いて行動したらどう?」

「お、俺のせい……? まあそうなんだけどさ……でもとにかく助かった!」

 ガウェインの小言にも、俺は心強い援軍の登場に小躍りしたくなるほど嬉しくなった。

「で、こいつらは何? 悪者なの?」

「ああ、ばっちり悪者だ!」

「あらそう……じゃあこいつら、まとめてぶった斬っちゃってもいいわよね?」

 ガウェインはどちらが悪者なのかわからないほどゲスい笑みを浮かべると、目をギラギラに光らせながらパルデロたちへとにじり寄った。

 もはや優位と化した状況だが、さらに形勢逆転は続いた。

「お前ら! 守られてばかりで恥ずかしくないのか!? 今こそヒロシマ魂を見せるチャンスだぞ!?」

『『『おお!!』』』

 俺たちの行動に心を突き動かされた観衆が、ありあわせの武器を持ってオークたちに群がった。

「オラァッ! これがヒロシマ魂じゃけん! よう味わえやあ!?」

「何ガンくれとんじゃあ!? バットで脳天勝ち割ったろかあ!?」

「これがワシのフルスイング、ドラフト指名一位の一撃じゃあ!」

「そうじゃ!! 今年こそは優勝じゃあああああ!!」

 やった! やっぱりヒロシマのチームは最強だ! こりゃあリーグ優勝間違いなしだ!

「ぐぅぅ!? 何なんだ、次から次へと!?」

 かわいそうだが前門の虎に後門の狼とはこのことだ。パルデロは額から油ぎった汗を流しながら、前方のガウェインとケイたち、そして後方のランスロットたちを交互に見比べた。

「お前ら、全員で二手に分かれて奴らを向かい撃て! どんな手を使ってでも食い止めろ!」

「し、しかしパルデロ様、そうするとパルデロ様を守る者がいなくなります!」

「うるさい! 口答えをするな! お前らは黙ってボクの命令を聞けばいいんだ!」

 パルデロは側近の忠告にも耳を貸さず、「とにかく早くしろ!」と唾を飛ばした。

 オークたちはしばし難色を示したものの、代表の言葉通りに全員で二手に分かれ、破れかぶれで突進していった。

「ふぅぅ、これでひとまず安心だ……! 後は隙を見てボクが逃げるだけだな……! あいつらは何人死んでも代わりはいるが、このボクに代わる存在なんてこの世にはいないんだ……!だからここは、さっさっと逃げさせて――」

「おっと、どこに行く気だ?」

「――ッッ!?」

 配下を見捨てて逃げようとしたパルデロを、俺は刀を突きつけて留めた。

「これはお前が始めたことだろ。その当事者のお前が真っ先に逃げんなよ」

「うるさいぞ貴様ぁぁぁぁっっ!! そこをどけぇぇぇぇっっ!!」

 最早なりふり構わずだ。パルデロは無我夢中で刀を振り回し、真正面から突撃してきた。

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