第8話 ヒロシマ 争いと、乱入者
「誰だお前は!?」
「俺? 俺はただの通りすがりだよ」
俺はできるだけ平然を装いながらオークの代表の前に立った。四十人もの大男たちから向けられる敵意の視線は凄まじいものだが、ここで簡単に引き下がるわけにはいかない。
「話は聞いたぜ。アイスを食いながらよそ見して歩いていたらこの子にぶつかったって? そんなの、お前が原因で起きた事故だろ? それなのにそのことを他人のせいにできるなんて、お前はそんなに偉い奴なのか?」
「なんだとクソガキ!? オーク一族を束ねる名門の長男であるこのパルデロ様に、なんという口を利くんだ!? そのような狼藉はボクの父上が黙っていないぞ!?」
「なんだ、今度は親の七光り自慢か? それって別に、お前自身が偉いわけじゃないんだろう? そんなことを大々的に宣伝してお前、恥ずかしくないのかよ?」
俺は口元を隠して、嫌味感たっぷりに吹き出した。
「なっ!?」
俺のさんざんな物言いに、オークの代表――パルデロは怒りに口をパクパクとさせた。
もちろんこれは挑発だ。こいつにいまさら説得など通用するはずがない。俺の狙いはパルデロの怒りの矛先を、全て俺に向けさせることだ。
「こ、こここの……! よくもそんな言葉をぬけぬけと……!」
その行為はどうやらうまくいったらしい。パルデロは顔中の血管を浮かび上がらせ、腰元に帯びていた大刀を抜き放った。
「全員でかかれ!! あいつを今すぐ腐ったボロ雑巾のようにしてボクの前に差し出せ!!」
『『『おお!!』』』
パルデロの怒声に配下のオークたちは応え、武器を手にして飛び掛ってきた。
「は! 結局部下にやらせるのかよ!」
俺はすぐさま刀を抜くと、迎撃の構えを取った。ここでどうにかして奴らを引きつけ、親子をうまく逃がさなければいけないのだが――。
「……やべえな、もうちょっと考えてから行動すれば良かったかも」
実際はノープラン。この後どうすれば良いのかまでは考えていなかった。
とにかく適度に斬り合って親子が逃げる時間を作り、その後に隙を見て自分も逃げるしかないだろう。俺は迫り来るオークたちを睨み据えながら、「なんともお粗末な戦術だ」と自らに苦笑いを向けた。
先頭のオークが棍棒を振りかぶり、衝突する寸前。――だがそこで、誰よりも早く先手を打つ者がいた。
「轟け大地! 爆ぜよ魔力! 汝は災禍と猛る、猛進の王なり!」
後方にいたマーリンが、詠唱に続いて杖で地面を叩いた。
オークたちの周囲に黄金の魔力が輝いたかと思うと、それは一転して眩い閃光となり、そして黒炎を伴う爆発を引き起こした。
「な!? 馬鹿な、マギテスだと!?」
爆発に巻き込まれた配下の惨状に、パルデロは目を見開いた。
「アーサー、今のうちだ。親子を連れて逃げるぞ」
爆発の煙に紛れて、マーリンが俺の傍まで駆け寄ってきた。
「すまないマーリン。流石に無策すぎた」
「いや、反省はあとにしよう。今は親子を逃がすことが先決だ」
マーリンに言われた通り、親子に逃げるように促した。そして爆発の煙を隠れ蓑に、俺たちもその場から退散しようとする。
「いたぞ! 逃がすな!」
しかし、奴らも戦い慣れている。味方の損害など気にもせず、煙を払いながら俺たちの元へ殺到してきた。
「チッ、やっぱそう簡単にはいかないか! ――マーリン、この人たちを頼む! 俺はこいつらを引きつける!」
「わかった、だが無茶はするなアーサー! 必ず生きて帰るんだ!」
「わかってるって! 俺もこんな所で死ぬ気はないぜ!」
俺はマーリンと親子を送り出し、突撃してきたオークたちの前に立ち塞がった。
振り下ろされた棍棒を横に避け、反撃にオークの腕を狙う。持ち手を伝う、肉を斬る嫌な感触に顔をしかめつつ斬り抜け、しかし、加減しすぎてたいしたダメージを与えられなかった。
「なんだその攻撃は? そこいらのションベン臭いガキの方がまだまともに刀が使えるぞ?」
オークは斬られたことなどお構いなしといった様子で、続々と到着する仲間とともに波状攻撃を仕掛けてきた。
「クソッ……! 手加減しなければよかった……!」
一人が棍棒を振るえばその隙を補うようにもう一人が攻撃をしかけ、対処している間に新たなオークが駆けつけて戦闘に参加した。俺は慌てることなくそれらをいなし続けたが、どうにも逃げるタイミングが見つからない。
「まずいな……」
焦燥感に背中から汗が浮かんできた。せめて狭い路地裏にでも逃げ込めればもう少しはやりようもあるのだが、見渡せる範囲に逃げ込めそうな場所はない。
迷い、手間取っている内にオークたちの数は増え続け、気が付いた時には、俺は壁を背にした状態で囲まれていた。
「ふん、少しは粘ったようだが……だがそれもここまでだ!」
パルデロは配下の後ろで威張り散らすと、手を上げて包囲の輪を狭めるように指示した。
「クソガキを逃がしたその大罪には、このボクが罰を与えてやる! ヒーロー気取りの愚か者には、死を以って償ってもらうぞ!」
じりじりと俺との距離を詰める配下の様子を、パルデロは実に愉快そうな目で見ている。もはや決着はついたと言いたげなその豚面を相手にして、だが俺は鼻先で笑い飛ばしてやった。
「俺がヒーロー気取りだって? じゃあお前は、そういう自分が悪だって自覚はあるんだな? それなのに罰を与えるとか、自分でも矛盾しているって思わないのか?」
「う、うるさいぞ! お前はこれからくだらない正義感のせいで死ぬんだぞ!? 『馬鹿なことをした』とか、『あんな親子なんて助けなければよかった』とか、少しは無様に泣き喚いて後悔したらどうだ!?」
パルデロは何を切るわけでもなく刀を乱暴に振り回し、顔を真っ赤にした。
「後悔か……」
俺は奴の言葉に、手元の刀に目を落として考えかけ、しかし軽く首を振って打ち消した。
「残念だけどそんなものは無いな。俺はあの人たちを助けたいと思って行動したんだ。その結果何か不幸が起きたとしても、そいつは俺自らが招いたものだ。それを誰かのせいにするくらいの人間なら、端から俺はお前の行いに腹を立てたりしない。ま、もし後悔があるとすれば、『もっと早くあの人たちを助けてあげれば良かった』――それくらいだ」
瞳の奥に曇りの無い炎を燃やして、パルデロを睨みつけた。
「だから残念だったな、豚のお坊ちゃん。お前の思い通りにはならねーよ」
「――ッ!? 貴様ぁ!?」
パルデロは声を荒げて地団太を踏んだ。追い詰めた相手が絶望に塗れる姿を見たくてしょうがなかったはずなのに、返ってまっすぐに言い返され、惨めな気分にでもなったのだろう。
「もういい! 殺せ!」
主の命にオークたちが棍棒を振り上げた。全員で一斉に仕掛ける気だ。壁に退路を断たれた状況、そして残る全方向からの攻撃。俺にもマギテスが使えればどうにかできそうだが、今の俺には避ける手段が思いつかない。
(ここまでか……)
あれだけ格好をつけたのだから、無様な姿を見せることはできない。俺は観念して迫り来る棍棒の先を見つめた。
そして振り下ろされた棍棒が俺の頭蓋を叩き割り、空を血で染め上げる――その直前。
何処からともなく吹き荒れた突風が、オークたちをまとめて横薙ぎに打ち倒した。
「――やめときな、一人に寄ってたかって大人数で襲うなんてよ。ダサすぎて、《リュウキュウゴキブリ》も腹を抱えて笑い転げるぜ」
吹き荒れる突風の風上に立っていた若い男は、振り払っていた鉄鞘付きの大刀――野太刀を肩に担ぐと、獣の如く獰猛で、それでいて場違いなほど軽薄な笑みを浮かべた。
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