第5話 シマネ~ヒロシマ ランスロットにガウェインと、マーリン

「電気が無い時点である程度予想はしていたけど、やっぱり自動車も無いのか……」

 掴んでいた手綱を引き寄せて馬を操ると、俺は辺りを見回した。

 日本では中々お目にかかることのできない広大な平原が、俺の目の前に広がっている。

 平原のいたる所にはコンクリート製の建物が廃墟となって地に沈んでおり、長年の侵食によって風化した建物は蔦や草に覆い隠され、かつての文明の面影は何処にも無い。現代日本では見慣れた家屋や施設などが遺跡となって横たわる様からは、侘しさと、それと相対する趣が感じられた。

「まるで、未来の日本にタイムスリップでもしてきたような気分だ……」

 異世界に来たはずなのになぜかそう感じてしまうことに、俺はおかしくて苦笑した。

「それほど日本という国は、日ノ本と似ているのでしょうか?」

 感慨深げな俺の様子に、ランスロットが馬を寄せてきた。

「ああ、文明の度合いは違うけど、建物や地形的な特長がほとんど同じだよ。風土って言えばいいのかな? それがそのまま日本だね。異世界って言うよりは、未来の日本って言われた方が俺としては納得できるよ」

「もしかしたら、俺は過去の世界から未来の世界に飛んできたのかもね」と憶測を語った。

「なるほど、それでタイムスリップと言ったのですね」

「そういうこと」

 律儀に相槌を打つ彼女から視線を前方へと移し、馬を操って街道に転がる石を避けた。

「……剣術の腕前もそうですが、アーサー君は馬の扱いもお見事なのですね」

「こいつは俺の母親に教えてもらったんだ。ウチの母親はちょっと変わっていてさ、他の子が勉強だのスポーツだの言っている中で、俺だけ武術だのサバイバル技術だの、日常生活ではまず使わないことばかりを教えられてきたんだ。俺がそのことに反発すると、母親は決まって『甘いですよアーサー! 不測の事態というものは、いつ何時起こるかわかりません! 備えあれば嬉しいなです!』とか訳のわからないことを言って、俺に無理矢理やらせていたんだ」

「ですが、それが今、形となって役に立っているわけですね?」

「まあ……そうだね。俺もまさかこんな事になるとは思わなかったよ。母さんには感謝しとかないとな」

 俺が肩をすくめると、ランスロットは口元を隠して上品に笑った。

(ううん、やっぱりかわいいなぁ……育ちも凄く良さそうだし……)

 眉間から綺麗に稜線を描く顔立ちに、透き通る優しげな瞳。物静かな佇まいが彼女をお嬢様であると輝かせ、そのくせ、体付きは男好みに発達していて妙に艶かしい。

 俺はそんな彼女の姿を眺めながら、「こんな子が自分の彼女だったら、人生もさぞ楽しいんだろうな」とつい妄想した。

 イズモの街を発ち、街道五十四号線(多分、国道五十四号線のことだろう)を通ってから今まで、俺は彼女から色々なことを教わった。

 ランスロットとガウェインは騎士見習いであるということ。その師匠であるマーリンは、オカヤマの王の側近の一人であるということ。二人はその彼女に一年間師事し、それを終え、今からオカヤマで正式に騎士としての叙勲を受けるということ。――等々だ。

 他にも疑問があればランスロットはすぐに答えてくれた。そして俺ができることを知るたびに、彼女はそれを褒めてくれた。

(やばい、さっきから俺、顔がニヤニヤしてる)

 大和撫子気質な彼女の魅力に俺は当てられ、少し浮ついた気分になっていた。心配りのできる彼女の行動が、逐一俺の男心をくすぐってくるのだ。

「……それに引き換え」

 俺はジトリとした視線を横に流した。

「何よ、人の顔をジロジロと見て、何か文句でもあるの? それとも、この可愛いらしい超絶美少女の私に見惚れちゃったのかしら?」

「…………いや、お前の方から俺をジロジロと見てるんだけど? それにお前、自分のことを超絶美少女とか言うなよ。滑稽だぞ」

「あらそう! ご親切にどーも!」

 先ほどから俺の顔を睨みつけていたガウェインは、俺の視線を切るように顔を逸らした。

「やれやれ……」

 ガウェインの相変わらずな態度に、俺はこめかみに指を当てて嘆いた。

 あれ以来ずっとこうだ。彼女は何かと俺の行動にケチをつけてくるのだ。

「大変ですね、アーサー君」

「泉さん、その発言の割には楽しそうだね」

「はい、いつも張り詰めた顔をしていたガウちゃんが、今はあんなに楽しそうにしているんですもの」

「た、楽しそう? 怒っているの間違いじゃなくて?」

「ふふ、そうとも言いますね」

 悪びれ無くニコニコと言い放つランスロットに、俺は目を閉じて唸った。

「やっぱりかぁ……覗きの件をまだ根に持っているのかな?」

 あの決闘で全てが解決したのではと俺は勝手に思っていたが、どうやらそれほど単純な話ではないらしい。彼女との間にできた溝は、それほど深いというのか。

 しかし、俺の言葉をランスロットは否定する。

「違いますよアーサー君。ガウちゃんはそんなことをいつまでも気にしているような子ではありません。もっと別のことです」

「別のこと? それって一体……?」

「ふふ、それはアーサー君が自分で考えてくださいね」

 茶目っ気たっぷりに彼女は笑った。

「なんだそりゃ……?」

 俺はその言葉の意味を知ろうと一考し、

「アーサー、そろそろ次の町に着く。今日はそこで宿を取る手筈になっている。君も色々と疲れているだろうが、もう少しだけ頑張ってくれ」

「わかった。俺はまだまだ大丈夫だから、気にしないでくれ」

 先頭を勤めていたマーリンの声に興味を奪われ、遠くに見える町並みへと移した。




 シマネとヒロシマの国境を越え、山間の小さな町をいくつか経由して、オカヤマは目前と迫った時だ。マーリンは地図を広げ、次の町への道のりを再確認した。

「アーサー、次の町で買い出しの合間に少し寄り道をする。しばらく私に付き合ってくれ」

「了解。んで、何をするんだ?」

「その町でとある人物と待ち合わせをしている。君にその人を紹介しようと思う」

「とある人物……? 誰だろう、どっかの偉い人とかそこらへんかな」

「うむ、確かに重要人物ではある。だが君がその人に出会えば、別の意味で驚くだろう」

 マーリンは「ふふん」と悪戯心を秘め、不適に口角を吊り上げた。

 彼女と知り合って数日しか経っていないが、彼女はわりと無感情そうに見えて、時折こういった顔をする。多くは何かを自慢する時に限られるが、いつもは冷静にしている彼女が、年齢相応に子供っぽいことで喜んでいる姿は、見ている者を微笑ましい気分にさせてくれた。

「ふふ、最近の先生も楽しそうですね。これもアーサー君のおかげでしょうか?」

 マーリンに聞こえないように、ランスロットが小声で会話の波に乗った。

「マーリンって、そんなに笑わない人なのか?」

「はい、いつもは鉄面皮を崩すことのないお方です。先生はオカヤマ国の王の名代として周辺国との交渉事に挑まれるお方ですが、『その胆力において、オカヤマに比肩しうる者は無し』と称されるほどです」

「ほう……そんなに凄いのか。ちょっと大人びている子だとは思っていたけど、あの年でそこまでできるなんてとんでもない子だな」

 人は見かけによらないと息を放って驚くと、ランスロットが両手をポンと合わせた。

「そういえば、アーサー君にはお伝えしていませんでしたね。マーリン先生はあのような可愛らしい外見をしていらっしゃいますが、齢は百を超えておられます」

「いいっ!? マジかよ!? ――って、うおおっ!?」

 彼女の言葉に俺はバランスを崩し、馬から落ちそうになった。慌てて手綱を寄せて持ち直すと、馬がその行為を責めるようにひと鳴きした。

「ひえ~……どう見ても中学生くらいにしか見えないのに、百年以上も生きているのか。どうりで落ち着いているはずだよ……それもマギテスの力ってやつ?」

「はい。先生がおっしゃるには、魔力で肉体の年齢を調整しているそうです」

 ランスロットの答えに、俺はマーリンの横顔をじろじろと眺めた。

 色という概念そのものが失われたような灰の髪。その奥には無感情な瞳が覗いており、見ているだけでは何を考えているのかわからない表情をしている。顔も体つきも幼く、事情を知らなければ、誰しもが彼女をただの子供だと思うだろう。

「……? どうしたアーサー、私の顔に何か付いているのか?」

 俺の不審な視線に気付いたのだろう。マーリンは自分の顔をペタペタと触り始めた。

「いや、なんでもない、ちょっと景色を見ていただけだ。森が綺麗だな~って」

「……森?」

 俺の下手糞なごまかしにマーリンは振り向き、その何も代わり映えのしない景色に小首を傾げ、頭の上に大きく「?」と疑問符を浮かべた。

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