第3話 シマネ 決闘と、そして三人の少女
「マジで決闘なんかするのかよ……」
意気揚々と彼女から手渡された刀を見下ろし、俺はとてつもなく長いため息をついた。
決闘。それは大昔の日本では平然と行われた、自らの誇りと命を賭けた真剣勝負。
古きは己の名誉と武勲のために行われたそれも、しかし、現代の日本では命のやり取りである決闘など当然許されず、法によって禁止されている。そんな血生臭い決闘を、俺は彼女と、真っ昼間から堂々と繰り広げなければならないというのか。
「何よ、何か不満でもあるの!?」
恨めしそうに見ていた俺の視線に彼女が気付いた。
「不満っていうか、あれで決闘なんて、どう考えてもおかしいだろ」
「どこがおかしいのよ!? 私、しっかりとあんたに決闘を申し込んだじゃない!?」
「いや、そういう意味じゃなくてだな……いくら俺が覗きをしたからって、普通、決闘沙汰にまで発展するか?」
「お生憎様、超絶美少女の私は普通じゃないのよ! だからさっさっと諦めて決闘しなさい!そして私の手によって華麗に秒殺されなさい!」
少女は憎たらしい顔でそうのたまい、無意味に「シュッ! シュッ!」と空いた手でシャドーボクシングをする。俺はこめかみに指を当てて呻いた。
「……一応聞くけど、俺が断った場合は?」
「それは勿論――」
俺の質問に、彼女は満面の笑みを浮かべ、
「覗き魔はブタ箱にゴーよ!」
親指を下に向けた。
「ですよね~」
俺は盛大に肩を落とす。だがしかし、まだ諦めていない。
「お二人とも、頑張ってくださ~い!」
今までのやり取りを見ていた青髪の少女が、手を振って応援している。彼女の能天気さから推し量るに、決闘とは名ばかりで、実際は命までは奪わないのかもしれない。もしかしたら峰打ち程度で済むのではと、俺は微かな期待を抱き、決闘相手の少女を見た。
「くくく……これで白昼堂々と首が狩れるわね……!!」
駄目だ! バリバリ殺る気でいらっしゃる! 黄金髪の少女は据わった目でぶつぶつと物騒な言葉を呟きながら、しきりに俺の首筋をジロジロと眺めている。きっと彼女の頭の中では、俺の首が島根の空で綺麗に羽ばたいていることだろう。
「あかん、俺ここで死ぬかもしれん」。俺はもうどうでもよくなり、諦めて辞世の句を用意することにした。
「それじゃあラン姉、合図をお願い!」
「わかりました」
黄金髪の少女の言葉に、青髪の少女が間に立った。
「それでは僭越ながら、この度の決闘の立会いをこの私、ランスロット・泉が担当させていただきます。両名は互いに名乗りを上げてください」
「我が名はガウェイン・日守(ひかみ)! 我が剣――《ガラティーン・虎鉄》の名にかけて、正々堂々とあんたの首を頂戴させていただくわ!」
ガウェインと名乗った少女は俺を元気良く指差した。変わった風体なので俺も薄々感づいていたが、やはり二人とも外国の方らしい。いや、厳密にいえばハーフなのかもしれないが。
「……亞々沙だ。アーサーでいい」
ここまできたら引き下がれない。俺は気分を切り替え、真面目に勝負を受けることにした。
「ではガウェイン、アーサーの両名は前へ」
そう促すと、ランスロットと名乗った少女は顔つきを凛々しいものへと切り変え、腕を振り上げた。
「――ッッ!」
いよいよ殺し合いが始まる。緊張感に俺は神経を引き締め、永遠にも思える一瞬の間、ただただ合図だけを待った。
「――――始め!」
振り下ろされた細腕。そして開幕早々、ガウェインが動いた。
「先手必勝!」
野生の獣に負けず劣らずの一直線でガウェインは突撃してきた。その手に持っていた白刃に螺旋の炎をまとわせ、俺の首へと最短距離で切っ先を突き出してきた。
(速い……!)
五体をうまく使った加速と重みを乗せた神速の突き。俺より一つか二つ年下とは思えない、鋭い技を以って繰り出された必殺の一撃だ。攻撃の初動にも無駄がなく、回避するのは並大抵のことではない。そして原理はよくわからないが、高熱の炎をまとったその一撃は、想像を絶する威力を持っていることだろう。
俺は唸りを上げて迫る炎の凶刃を、
(……と言っても、要は鋭いだけの突きだよな? 炎を飛ばしてくるわけでもないし)
冷静に見据えたまま、正眼に構えていた刀をさりげなく突き返した。
刃には一角の殺意も込めていない。当然だ、俺が狙うのは相手ではない。狙うのは――相手が持つ刀の切っ先だ。
「――ッッ!?」
ガウェインの瞳が驚きに見開いた。俺がしようとしていることに気付いたのだろう。
(勘がいいな……)
「でももう遅いけど」と、無慈悲に思える一撃を繰り出した。
交わる先端が火花と炎を散らし、互いの刃を伝う。刀の持つ流線型状をうまく活かし、相手の攻撃の向きだけを外へと逃がす。そして滑るように踏み込み、己の刃だけは《そこ》へと届かせた。
一合の激突は衝撃から制動となり、そして次には静寂が生まれた。
「……勝負あり、俺の勝ちだ」
刀の切っ先を彼女の喉元に突きつけたまま、俺は宣言した。
「そこまで! 勝者、アーサー!」
決闘の終わりを告げる声に、ガウェインは「う、嘘……?」と、瞳を動揺に揺らした。そして彼女はへなへなと腰を落とし、涙ぐんだ。
「そ、そんな……」
ガウェインは自らの勝利を疑っていなかったのだろう。地面に手を突き、呆然としている。
「お疲れ様でした、アーサー君」
「ああ、どうも。えっと……泉さん?」
刀を納めた俺の傍に、にこやかな顔でランスロットがやってきた。勝負の結末になんの疑問を抱いていないことから考えるに、彼女は最初から俺が勝つと読んでいたらしい。
(なるほどな、こうなるとわかっていたからこそ、あんなに暢気な顔をしていたのか)
俺は得心に頷いた。――するといきなり、ガウェインが拳を地面に叩きつけた。
「こんなの何かの間違いよ……! あんた……さっきはあの程度の技を見ただけで腰を抜かしていたじゃない!? そんな腰抜けに、この私が負けるなんてありえない!」
「あの程度って……普通、水とか炎を自由に動かせる人間に出会ったら、誰でも驚くと思うけど……?」
俺は首筋を撫でながら、ランスロットと目を合わせた。ランスロットは「はて?」と意味深な様子で応えた。……この反応はなんだろうか?
「嘘よ!? あんたもしかして、私を騙すために演技してたんじゃない!? この卑怯者!」
「演技? いや、さっきのあれは本当に――」
弁明しようとした俺の言葉を、ガウェインは「うるさい!」と一喝した。
「とにかく、今の勝負は無しよ! もう一度やり直して、ちゃんとした決着を――」
「――やめなさいガウェイン、勝敗はすでに決した。この戦いは間違いなく君の負けだ」
落ち着いた少女の声が、ガウェインの気勢を削いだ。
その静かながらもよく通る声音に釣られて、俺は声の主を探した。
「……魔法使いの……女の子?」
最初に目についたのは大きな帽子だ。童話の魔法使いによく見られるそのとんがり帽子から覗く、ツヤの無い灰色の髪と、感情のうかがえない薄いアメジストの瞳。彼女の小さな体から察するに、年は十四かそこらだろう。彼女は魔法学校の制服に似た旅服を大仰に翻し、ガウェインの元まで歩み寄ると、その手に持っていた大きな儀礼杖で地面をコンと叩いた。
「ガウェイン、君も騎士を目指す者であるならばどうこうあれ、決闘の結末に異議を唱えてはならない。その結末に間違いがあるかどうかは、それは第三者が決めることだ」
「で、でもマーリン先生! あいつは私を騙そうと――」
ガウェインの言い訳を、マーリンと呼ばれた女の子はもう一度地面を杖で叩くことによって止めた。
「いいかガウェイン、彼は卑怯な手など一切使っていない。君の申し出に正式に応じ、正々堂々と戦った。君が彼に負けたのは天運でも策謀でもない、純粋な実力の差だ」
マーリンは説き伏せるように、淡々と事実を突きつけた。
ガウェインは「そんなことは――」と口を開きかけたが、うまく反論できる自信がなかったのだろう。最終的には力無くうつむき、口を閉じた。
「良い子だ、言い訳は己の価値を下げる。君はまだまだ若い。今日の敗北を糧に、戦士としてさらなる高みを目指しなさい」
「……はい」
それで全てが済んだらしく、マーリンは俺の方へと興味を移した。
「すまない、教え子が失礼をした。私の名前はマーリン・神具耶(かぐや)。アーサー、君の戦いぶりは実に見事だった。君への賛辞と、ガウェインの命を奪わなかったことへの感謝を述べたい。――おめでとう、そしてありがとう」
「あ、いえ、どうも……」
深々と頭を下げたマーリンに習い、俺も頭を下げた。
なんだか色々なことが起きたせいか、頭がぼんやりとしていて考えが追いつかない。理解不能な状況の連続には、俺の思考回路もエラーを起こしてばかりだ。続々と現れる不思議な少女たちと、どう接すれば良いのかわからない。
その助け舟という訳でもないのだろうが。
「ところでアーサー、見たところ君はこの神社の関係者ではないようだが、君はなぜここにいる? 神社の敷地内は現在、一般人は入れないように封鎖されているはずだが?」
「え、そうなのか?」
「ああ、彼女たちに神々からの祝福を授ける儀式のために、この区画の出入りを禁止しているのだ。それもつい先ほど終わったばかりだが、今この場にいる人間は私たちと、君くらいなものだろう」
「あ……そうか、だから他に人がいなかったのか。……あれ? でも俺は随分と前からここにいたけど、そのことはひとつも聞かなかったぞ? それはどういうことなんだ?」
「ふむ……?」
マーリンは首を捻り、俺の顔と、俺の身なりを注意深く観察した。
「……ひとついいかアーサー、君は何処の《国》から来た?」
「国? ……日本だけど?」
おかしなことを聞く子だなと、俺はマーリンの瞳を見つめ返した。
「日本? それはもしかして、《日ノ本》のことを差しているのでしょうか?」
ランスロットが不思議そうに尋ねてきた。
「日ノ本? それって確か、日本の名前の由来になった言葉だよね? 日本と同じって意味でいいのかな?」
「はあ……そうなのでしょうか? 私は日本という言葉は今日始めて聞きましたので」
「ん? どういうことだ? 俺の頭がおかしくなったとかじゃなければ、ここって日本のはずだよな?」
地面を指して問いかけると、合わせるようにマーリンが杖で地面を軽く叩いた。
「いや、私の考えが正しければ、君の言う日本と日ノ本はそれぞれ別の意味を指している。ここは《日ノ本連合国》を形成する国のひとつ、《神代の国、シマネ》だ」
「はあ? 日本が連合国? それに島根が国だって? いつから都道府県制は廃止されたんだよ?」
ますます混乱する俺の様子に、マーリンはその小さな人差し指を立てて一度振った。
「違うぞアーサー、君は勘違いをしている。ここは《日本》ではない、《日ノ本》だ」
「……えっと、それはつまりどういうことなんだ?」
要領の悪い質問を繰り返す俺に、マーリンは「うむ」と大人ぶった返事をした。
「つまりだ、ここは君の知る日本ではない何処か――有り体に言ってしまえば、《異世界》ということだ」
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