昨日、彼女が死んだ。
常闇の霊夜
昨日、彼女が死んだ。
昨日、彼女が死んだ。
彼女の最後を見取った彼によると、彼女は寿命で死んだらしい。僕は君のことを愛していたのに、どうして勝手に逝ってしまったんだ。だから僕は電車に乗ることにした。君がいなくなった心の穴を埋めに行くために。
「兄ちゃん、この電車だけど終着駅まで止まらないよ?それでもいいのかい?」
「はい。僕は心の穴を埋めに行くんです」
「そうかい・・・だったら早く乗りな。出発するよ」
やけに明るい緑色をした電車の中には、老人や少年や、若い女性なども乗っている。僕にとってはどうでも良い人たちだ。窓からは色々な景色が見える。彼女がいた頃の自分の姿が、写っているような気さえした。だがこの電車は一方通行。もう戻れない。
「・・・僕と一緒か。この電車は」
「なー兄ちゃん!兄ちゃんもこの先に用があるのか!?」
「・・・あぁ。君もかい?」
「うん!じゃあね兄ちゃん!母ちゃんが呼んでるや!」
元気な子だ。彼女に息子がいたら、あんな感じだったんだろうか。
「おや、ご帰省ですか?」
「はい。彼女の故郷に行くんです」
「そうですか・・・長旅になりますから、何か買っていかれますか?」
「いえ、大丈夫です」
「承知いたしました」
どうやら気を使ってくれたらしい。しかし僕には必要ない物だ。揺られる電車の中では、必要かもしれないが。
「・・・よぉ」
「おじいさん、あなたもこの電車に?」
「そうじゃよ・・・ま、今年くらい帰ってやろうと思ってなぁ」
「そうですか・・・息子さんは元気ですか?」
「あぁ。もう二十になるわ。ちょいと元気すぎるくらいじゃが・・・それでいいのかもしれんな」
「・・・そうですね」
このおじいさんも電車に乗って帰省するらしい。この時期には帰省が多いから、席を予約できたのが奇跡に近い。それも二人分。だけど全く高くはない。
『え~まもなく~まもなく~東京~東京~お出口は左~』
「おっと、わしはここで降りるからのぉ。・・・元気での」
「はい。お元気で」
僕を乗せた電車はまだ走る。他にも客はいるが、大分少なくなってきた。まぁ東京は人が多いしな。しょうがないか。
「あの~・・・お隣ご一緒してもよろしいですか?」
「はい?あぁ、いいですよ」
考え事をしていると、隣に少女が座ってきた。やや大人びているが、まだまだ子供である。七五三の飴を手放せないみたいだ。
「・・・どこに向かってるんですか?」
「君は知らないのかい?」
「はい。私初めてなんです」
「そうかい・・・でも大丈夫。君の行くべき場所に連れて行ってくれるからね」
「・・・そうなんですか?」
「あぁ。・・・ほら、着いたみたいだよ」
彼女は慌ただしく降りていく。僕も初めて帰った時は、あんな感じだったなぁ。あの時の様子が懐かしく思える。しばらく電車は進み、客も疎らになってきた。それに伴って、景色もだんだんと薄くなっていく。
「・・・君が死んでしまうなんて・・・ね。寂しくなるなぁ・・・きっとみんなも悲しんでるだろうなぁ」
電車はまだ走る。どうやら僕は眠ってしまったらしい。アナウンスが響く。
「仙台~仙台~お出口は左側~」
「お、終着駅か・・・」
そして僕は電車を出るのであった。
「・・・おばあちゃん、最後にやりたいことがお墓参りなの?」
「・・・えぇ。私の愛した人が眠っているこの場所で、私は死にたいのよ」
「私にはよくわからないな。・・・ねぇ、私のお父さんってどんな人だったの?」
「・・・とってもいい人だったよ。・・・けれど生まれつき体が弱くてねぇ・・・あなたを見る前に、死んでしまったの」
「・・・悲しいね」
「そうね・・・だけどあの人は私に生きる意味をくれたの。私はあなたの為に生きるって決めたのよ」
「・・・私?」
「えぇ。あの人の最後の一言、・・・『どうか、娘を幸せにしてほしい』って」
「・・・おばあちゃん、私、おばあちゃんといれて、幸せだったよ」
「・・・おばあちゃん?」
あぁ。遂に死んでしまったようだ。だけどこれで良いんだ。・・・彼女が幸せに逝けたのなら、僕はそれでいい。
「あなた・・・!」
「やぁ。・・・久しぶり」
「・・・また会えて、うれしいわ」
「そうかい。・・・じゃあ、行こうか」
帰りの電車はもう取ってあるんだ。
そうなの?・・・あそこに逝っても私達、一緒になれる?
あぁ。大丈夫。絶対大丈夫だよ。
・・・娘にさよならを言ってきたから、逝きましょうか。
そうだね。
『天国逝き~天国逝き~。載り口は右~右~』
じゃあ、逝こうか。
えぇ。
「・・・おばあちゃん・・・お盆だっけ」
僕らは一緒に還るんだ。絶対に一緒だよ。
えぇ。私たち、ずっと一緒よ。
『特急列車、
僕が死んだあの日から、彼女はずっと待ってたんだ。ようやく、僕の心の隙間が、今、埋まる。
昨日、彼女が死んだ。 常闇の霊夜 @kakinatireiya
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