第十四話:大怪盗ビッグディック、レースをする

「さあ!始まりました第二十四回YAGOレース。解説は変態小悪魔さんでお送りいたします」

「誰が変態小悪魔よ!」

「・・・さあ、この熱いレースを手にするのはどちらなのか!?」

「無視すんな!」

 解説席には黄色い服を着た人物とスナッチが座っていた。スナッチが隣に座っている男にずっと疑問に思っていることを聞いた。

「で、あんたは何者なのよ?」

「私はここに派遣されてきた派遣社員です」

「多分定時は過ぎてると思うけど?」

「サービス残業です」

“お庭番集”という夢のある名前の職業とは程遠いその現実にスナッチは若干世知辛さを感じていた。

 閑話休題。

 ビッグディックとキトーの乗ったカートは見事に自走しスタートラインにつく。周りはいつの間にやら現れた観衆が取り囲み、歓声を投げていた。その最前列に悟りもいた。彼女は負けてほしいという感情と勝たなきゃ進めないという感情に板挟みにされ、折衷案として無表情でレースを見ていた。

 そしてスタートラインに着くと通路の幅の関係上、横並びをすることはできずじゃんけんが行われる。その結果ビッグディックは負けてしまい、彼は後方からのスタートとなってしまった。しかしビッグディックは気にしない。こんなことで躓いていたら負けてしまう。

 そして電光掲示板に表示された数字が徐々に減っていく。ピッ、ピッ・・・と音を立てて減っていく数字。それとともに場の緊張感は次第に高まっていった。

 キトーは必ず勝てる自信があった。なぜなら相手がどんなに強力なモンスターマシーンを作ってきたとしても乗り慣れてるマシンが一番いいに決まっている。そんな常識的かつ、真っ当な理屈を頭の中で反芻していた。

 一方のビッグディックも珍しく緊張していた。

 なぜなら彼はゴーカートですらまともに運転で来たことがない。

 とあるテーマパークでゴーカートに乗った時エンストさせ、その後炎上。燃え盛る炎の中、必死に抜け出し助手席の同級生も無事であったがやけどは残ってしまった。いまだに彼の膝にはやけどの跡が残っている。

 彼には小学校でそんないまだに語り継がれる伝説を作り上げた過去があった。

 だからというべきか・・・彼はそれ以来車輪のついたものには載っていない。当然スナッチはそのことを知っているが心配はしていなかった。

 今のあいつならいける!

 ビッグディックはそう思わせるほどには成長したのだ。そして時は刻まれ続ける。空回りするエンジンの音がスーパーに鳴り響き、その音に合わせて観衆が盛り上がる。


 そして五秒前・・・4・3・2・1!START!


 キトーは素晴らしいスタートを決めレジ前から総菜売り場へと快走する。しかし一方のビッグディックは最初にエンストを決め、立ち往生してしまった。ここで実況がしゃべりだす。

「なんとビッグディック選手!スタート地点でエンスト!これではとてもじゃないけど敗北は確実でしょう」

 しかしスナッチは・・・

「大丈夫よ。あの程度で負けるほどあのマシンは遅くないわ」

 キトーはその実況を聞いてほくそ笑む。

『よし、これであの子は俺のものだ!・・・しかし気は抜かない!ここで気を抜けば何が起こるかわからない!なんせあいつは俺と同類。何をしでかすかわからない!』

 しかし一向にビッグディックは現れずキトーは快走を続ける。彼の乗ったカートは総菜売り場を抜け、生鮮食品のコーナーへと突き進む。そして最初のコーナーを難なく曲がり生鮮コーナーから食肉売り場へと入ろうとしていた。

 残りはコーナーを二つ抜けて最後の直線を進めばゴールである。さすがのキトーもここで勝ちを確信した。もはやウイニングランと呼べるほど観衆に手を振りアピールする。

『ふふ、あれもいわゆる三流。あの子はもらうぜ!大怪盗さん!』

 しかしその時だった!後ろから車のエンジン音が聞こえた。地を這うハイエナのうなり声のようなその音はキーを徐々に高めながら近づいてきていた。

『まさか!?』

 と思ったキトーは後ろを振り返る。そこにはものすごい勢いでこちらに向かってくるビッグディックのカートがあった。そして食肉売り場の島の間を上手に縫ってキトーを追い越した。そこに実況が入る。

「なんという事でしょう!大怪盗ビッグディック!ここでキトーの前に躍り出たーあのカートにはどんな改造を施したのでしょうか?スナッチさん?」

 スナッチは鼻を鳴らして得意そうに答えた。

「簡単よ!あのカートには一般の乗用車で使われるエンジンが入ってるわ!それに簡単には壊れないようにそのエンジンも改造してある。絶対に負けてたまるもんですか!」

 それを聞いたキトーには焦燥感が芽生えた。

『車のエンジンだと!?たしかに何でもありと言ったがまさか本物の車に改造するとは。あの女なかなかやるな。ますます気に入ったぜ!・・・しかし!』

 キトーはハンドルのボタンを押した。そこからはふつう流れるおならのような音ではなく機械音が聞こえる。そして走りながらカートが変形し、二足歩行のロボットになり、人間のように走り出した。実況がここぞとばかりに声を張り上げる。

「きたー!ここにきて来ました!キトー選手の変形モード!これはウサ〇ン・ボルト選手の走り方を参考にした秘密コマンドです!解説のスナッチさん、どう思われますか?」

 スナッチは若干困惑してこう答える。

「・・・何よあの変形。何の意味もないじゃない」

 そのスナッチの言葉通りどんどん離されるキトーのカート。しかしキトーにとってはこれが戦略であった。その戦略は後に明らかになる。

 一方のビッグディックは最大の難関に到達しようとしていた。

 第二カーブ、野菜売り場と乳製品売り場をつなぐ二連続のカーブである。このカーブは通称死のカーブと呼ばれ、無理な改造をしたカートが次々と廃車になる。

 いわゆるカートの墓場であった。それを中央のモニターで見ていた悟りはそのことに気づき。心配と同時に敗北の期待に胸を膨らませていた。

 そしてキトーは第二モードと称してハンドルを引いた。すると二足歩行の足がぴたりと合わさりジェット噴射とともに車輪走行を始める。

 それを見たスナッチがすかさず突っ込む。

「なんで?それなら最初から車輪走行にすればいいじゃない!それにジェット噴射って何よ!聞いてないんですけど!」

 それに対して実況からは何も返ってこなかった。察してくださいと言う事だろう。

 見る見るうちにキトーとビッグディックの差は詰まっていきついには数メートル手前までキトーが迫っていた。そしてキトーがほくそ笑む。

『奴のような無理な改造をした車は絶対にあそこを通れない。俺の勝ちだ!このカートは二足歩行であの二連カーブを緻密な動きで突破ができる!終わりだ!ビッグディック!お前はよく頑張った。だが一歩及ばなかったな!』

 焦っているのはスナッチもビッグディックも同じ。おつむの弱い彼でさえこの速度で行けばあの二連カーブを突破できないことはわかっていた。そこで彼が思いついたのが・・・

 マグナムハンドを用いたカーブ無視だった。

 彼はさっそく行動に移す。まずはカーブの直前、乳製品売り場の冷蔵庫にマグナムハンドをひっかける。そして遠心力と有り余るエンジンの出力を用いて空を飛び見事に商品売り場の島の上に着陸した。そして持ち前の加速で一気にキトーを突き放す。

 これに観衆は大きな歓声で答えた。キトーは驚愕し目を見開く。

『なにい!?やつめそんな奥の手があったのか!』

 キトーは考えることに精いっぱいだった。もし二足歩行モードにすれば速度的に勝てない。かといってジェット噴射のままなら絶対に曲がれない。何度もその考えが交差し浮かんでは消えた。

 そしてその時が訪れる。

 完全に曲がる時を逸したキトーのマシンは二連カーブを曲がりきることができずに壁に激突。キトーは操縦席から投げ出され全身を強く打ち死亡した。

 享年、48だった。

 そんなキトーをしり目にビッグディックは最後の直線を走り抜けゴールした。

 観衆からの割れんばかりの拍手が鳴り響く。そしてカートから降りた彼は優勝カップを受け取るとお立ち台の上で高く掲げた。

 これには実況も感嘆の声を上げる。

「なんとビッグディック選手!あのキトーを破りこのレースを制しました!これはこのYAGOレース始まって以来の快挙です!どうですかスナッチさん!」

 スナッチはつきものが落ちたかのようにがっくりと机に突っ伏した。先ほどまでずっと緊張していたのだ無理もない。それに実況が心配して声をかけるがスナッチは思いのほか元気な声でこう返した。

「ま、あの男ならやってくれると思ってたわよ。まあお立ち台の上のあいつの笑顔には若干腹が立つけどね」

 一方の悟りは、あふれんばかりの喜びと若干負けてほしかったという思いの中とりあえずはビッグディックを祝った。

 そしてお立ち台の上に上がるとビッグディックの頬に突然・・・


 キスをした。


 これにヒューヒューと歓声を上げる観衆とそれをモニター越しで見て青筋を立てるスナッチ。そして顔を赤らめて鼻を掻くビッグディック。三者三葉の思いでこの戦いは終結した。

 その後毎年命日になると一分間の黙とうをささげるビッグディックの姿が目撃されたがそれはまた別の話。

 ※まだ終わりではありません

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