第十話:大怪盗ビッグディック、スナッチの意地を見る

 それに対して悟朗が叫ぶ。

「チキチキペッパー!」

『え?何その掛け声』

 悟りの突っ込みをよそに問題の本文が読み上げられる。

『日本史からです。徳川幕府第十五代征夷大将軍と言えば・・』

 そこまで司会がしゃべりピンポーンとボタンが押される。むろんビッグディックのほうではない。悟朗のほうであった。

 これを見てスナッチが明らかに焦り始める。

「ちょっと!あんた!こんな問題わからないの!?なに?中学の授業受けてないの?」

 それにあっけらかんとビッグディックが答えた。

「寝てた!」

 悟りが心の中でほくそえむ。しかし、焦ってもいた。このままだとここを突破するのは絶望的である。そんな三人をよそに悟朗が回答する。

「徳川慶喜!」

『正解です!』

 スナッチはダメだこりゃ!と崩れ落ちる。しかしチャンスは残っている。ここでビッグディックがたらいを選べば脱がずに済むのだ。必死の懇願とも取れる言葉をビッグディックに投げかけた。

「ねえ、あんた!すごく頭が良くてかっこいい大怪盗ビッグディック様!あなたを尊敬しています!どうか、どうか金盥を・・・」

 そこに悟りが割って入った。

「無様ですね・・・」

「なんですって!」

 とさっきまで同盟とか言っていたにもかかわらずケンカをしようとする二人の間にビッグディックが割って入る。

「まあまあ、二人とも、ここは僕に任せてよ」

「えっ・・・」

「ビッグディック様!あんたもしかして金盥を・・・」

 しかしビッグディックは予想の斜め上を行っていた。

「僕が脱ぐからさ!」

「だめだー!」

「・・・」

 やっぱりこいつはバカだった。そして前述の通りスナッチは絶望し、悟りはあきれ返る。そこに司会が突っ込みを入れる。

『いえ、回答者が脱ぐことはできません・・・』

「え、そうなの?」

『はい・・・』

 そしてスナッチは祈り始める。どうか金盥で、どうか金盥で・・・しかしその努力は空しく・・・

「じゃあ脱衣で!」

「うわーん」

 スナッチは涙目になっていた。とはいえまだまだ肌が見えるのは先である。まだ悲観はしなくてもいいとは思うが・・・。いや、回答者がビッグディックなら今後も絶望的であろう。

 そしてスナッチの一番上の服、つまりは白衣がはじけ飛んだ。バチッという音とともにびりびりに敗れて落ちていく。その音にはスナッチのキャーッという悲鳴も交じっていた。

「これ一張羅だったのに・・・」

 スナッチは涙声でこうつぶやいた。

 それを見てにやにやしていたバージニアが勝ち誇ったようにこう言った。

「あらあら無様ねえ・・・徳川慶喜もわからないなんて。まあ一枚ぐらいで泣き叫ぶあなたにも問題あると思うわよ?ねえビッグディックくん?」

 ビッグディックがうんうんと頷く。

 お前はどっちの見方なんだ・・・。

 そして第二問がコールされた。二人とも回答を開始する。

 ムカッと来たスナッチがビッグディックを無視して言い返す。

「うっさいわよ!あんたこそ何よそんなボディコンなんて着ちゃって!そんなの着るぐらいだったら全裸のほうがましよ!このクソビッチ!どうせ何人も男侍らせてんでしょ?」

 そして悟朗に向けてこう言った。

「どうせあんたも愛人の一人よ!童貞だからって惑わされちゃあだめよ!」

 それを聞いてホワイトボードに第二問の答えを書いていた悟朗が顔を上げてバージニアのほうを見る。その眼は若干の疑いが入っていた。

「も、もう・・・悟朗さん安心して?私は処女よ?だからほかに男なんていないわ」

 それを聞いた悟朗はほっとした顔で回答に戻る。一方スナッチはいいこと聞いた、と言った感じでこれ幸いとバージニアを煽り始めた。

「何?あんたその年で処女なの?多分四十は超えてるでしょうけど?まあ、たしかに女の初めてと男の初めての価値は違うとはいえその年の処女にどこまでの価値があるのかしら?ねえ教えてよ!魔・性・の・怪・盗・さ・ん?」

 ムッキーと歯を鳴らしたバージニアは完全に頭に血が上った。その勢いのままにスナッチに言い返す。ここまで聞いていた悟りは笑いをこらえ続け、半分呼吸困難になっていた。

「まだ三十七よ!四十なんて超えてないわよ!このどブス!あんただって処女の癖にどうこう言われたくない!」

 こんな感じでいろいろと恥ずかしいところを暴露していくバージニア。このことに気づくのはだいぶ後になっての事である。一方のスナッチは全くそれを意に介さずこう言い返した。その言葉には余裕さえ感じられた。

「いいんですーっだ!私はまだ高校生!処女はステータスですよー!三十七のアラフォーなんて私からしたらおばちゃんだし、ライバル意識なんてないって言うかぁ!ていうか私の歳で処女失ってる奴なんて、パパ・・・」

 その時だった。無情にもスナッチのスカートがはじけ飛ぶ。彼女はとっさにスパッツ越しに見えたパンツを手で隠すが時すでに遅し。大画面で先ほどのリプレイが流れていた。それを見た観衆が歓声を上げる。野太く地面から湧き出るようなその声がスナッチの羞恥心をさらに刺激した。そしてその画面を見つめるのはビッグディックも同じであった。

 口をぽかんと開けて顔を赤らめて画面を見つめる。そこにスナッチが怒声を上げた。

「ちょっとあんた!何やってんのよ!?多少は相談ぐらいしなさいよ!」

「いや、話しかけたんだけど・・・聞こえなかった?」

「・・・・」

 これはスナッチが悪い。口げんかに夢中になっていた結果が今の惨劇である。彼女は自分の非を認めたのか、か細い声でこう言った。

「ご、ごめん・・・」

「い、いや・・・」

 悟りは出来損ないのカップルのような二人を見てこう思っていた。

『なんですかこの二人は?私を無視してなにイチャイチャしてるんですか?死ねばいいのに』

 閑話休題。

 第三問が始まった。司会が高らかにコールを上げる。

『第三問!』

 そして回答者の二人が同時に声を上げる。

「「チキチキペッパー!」」

 今度はバージニア、スナッチ両名ともに無言だった。悟りですら無言である。そして問題文が読み上げられる。

『保健体育から出題です!女性器の形を書きなさい。よりリアルなものを書いたほうが正解です』

 スナッチはやった!と股間を隠しながらガッツポーズをする。

「あんた!やったじゃない!海外サイトのエロ動画見あさってるあんたなら余裕よね!これであの女の服を脱がせられるわ!」

 歓喜するスナッチに悟りがとげを突き刺す。

「変態・・・」

「なんですって!」

 そして焦るバージニア。

『こんなことだったら見せるだけ見せとくんだったわ!』

 そして二人は書き終わり、コールと同時にホワイトボードを表に出す。悟朗の書いた女性器はいわゆる妄想上のものでクオリティはその手の漫画以下であった。しかしビッグディックはと言うと・・・

 何と言うか、言葉にするにははばかられるほどリアルな女性器を書いていた。

 それを見た悟朗は顔を覆い隠し赤面する。この男はどんだけ耐性がないんだ・・・。

 ビッグディックも率直な感想を飛ばした。

「何それ?俺も童貞だけどそうじゃないことぐらいわかるよ?」

 悟朗が言い返す。

「うるさい!俺はお前みたいな高卒の低学歴じゃなくてエリートなんだ!こんな下品なこと知るわけないだろ!」

 前述したとおりバカはときどき悪魔になる。そのことを踏まえたうえで次のビッグディックの言葉を聞いてもらいたい。

「学歴とそれに何の関係があるの?」

 まさに心の急所を突くこの一撃に悟朗は逆切れする。

「・・・とにかくお前は低学歴!俺は高学歴のエリートなんだ!お前はいいさ何も失うものがなくて!でも俺はなぁ!人生がかかってるんだ!」

 ビッグディックは怪訝に思う。

『この人は何を言っているんだろう?俺が低学歴なのはわかる。あなたがエリートなのもわかる。でもそれがこの回答につながるとは思えない』

 至極真っ当だが、彼はその心をうまく言葉にできないでいた。その後も無言で蔑んだ顔をするビッグディックをよそに悟朗は“低学歴”や“エリート”と言った言葉を連発する。それを横で見ていたバージニアは必死になだめにかかるがそんなことお構いなしに暴言を連発する悟朗。観衆はそれを見てこれ幸いとヤジを飛ばす。

 そして多分この中で一番真っ当な思考を持っているである悟りが悟朗に向けてこう言った。

「お兄様。間違いは間違いです。早く認めてください。みっともないですよ?」

「なんだと?お前はお父様に従ってればいいんだよ!それに何で出てきてるんだあの部屋から!お前はあそこにつながれた小鳥のままでいりゃあいいんだ!」

 悟りが放った言葉に対して全く関係ないところでマウントを取ってくる。この男、相当プライドが高いらしい。そこでバージニアが切り札を切った。

「あとでよしよししてあげるから怒らないでくれるぅ?」

 ぶりっこ全開の声色である。スナッチは気持ち悪っと思ったが見る見るうちに落ち着いていく悟朗を見て、

『まあ、苦渋の選択だったんだな・・・』

 と思い何も言わなかった。

 というより敵味方関係なくクイズを進めようと一人の男をなだめるというのは四天王の戦いとしてどうなんだろう?

 閑話休題。

 むろん、正解者はビッグディック。つまり、バージニアが脱ぐか、悟朗に金盥が落ちてくるかというどちらかを選択しなければならなかった。

 スナッチは悟朗のあの醜態を見て多分金盥は選択しないだろうなあと思い、口撃の準備をしていたがその予想は裏切られることになる。

 バージニアは落ち着いた悟朗に対し、

「わかってるわよね?」

 と言うと、悟朗は先ほどまで青筋を立てていた顔を満面の笑みに変えてこう言った。

「うん!」

 そしてこう言い放った。

「金盥を受けます!」

「「ええ!?」」

 悟りとスナッチがきれいにハモッた。どうやら悟朗はバージニアに相当入れ込んでいるらしい。何と言うか・・・この男も相当バカなのかもしれない。

 そしてガーンという音とともに悟朗の頭に金盥が命中する。そしてバージニアがこう言い放った。

「あなたたちと違って私たちは心でつながってるの!チームプレイは万全よ!ねえ悟朗さん?」

「そうだね!バージニア!」

『いや、たぶん体でつながってると思うけど』

 悟りの真っ当な突込みは置いといて次に進もう。

 しかし、書くまでもないほどにビッグディックの回答はボロボロだった。

 第四問は数独。

 ビッグディックは制限時間内に必死に解こうとするがなかなか解けず、適当に書いた結果同じエリアに同じ数字を三個も入れるというミスを犯した。それが一つならまだしも五、六個あったのだから驚きである。

 そしてビッグディックは当然脱衣を選びスナッチのスパッツがはじけ飛ぶ。大画面に映されたそれのリプレイを見て喜ぶ観衆。そしてほくそ笑む悟りとバージニア。恥ずかしさでもう観衆のほうを見れなくなったスナッチ。

 そしてリプレイ画面にくぎ付けになるビッグディック。彼は正直間違えたほうが世のため人のためになるんじゃないかとも考えていた。しかし、正解して上に上がらないとPTAにはたどり着けない。そんなジレンマを抱え彼は苦悶していた。

 第五問は漢字。

 ウツという字をかけ。という問題だがこれもわかるはずもなく悟朗が正解する。案の定彼は脱衣を選び、スナッチの服がはじけ飛ぶ。ついにスナッチに残された衣類はブラジャーとパンツだけになっていた。

 柄はと言うと・・・。

 可愛い熊さんの書かれた柄物の下着だった。むろんバージニアにいじられるがスナッチはそれを無視した。そして彼女は勝機を見出していた。もう一度思い出してほしい。このクイズのルールを。

『全裸になったから負けというわけではなく、どちらかがギブアップするまで続きます。』

 つまりこのゲームにおいて大事なのは正解するのではなく、ギブアップしないこと。そして相手をギブアップさせること。この二つなのだ。

 そしてスナッチが勝機を見出した理由はもう一つあった。

 彼女が服を脱ぎだし下着があらわになった時から悟朗は徐々にこちらと目を合わせなくなっていた。ちらちらとこちらを見るがあまり凝視はしない。そして完全に下着だけになった時彼は鼻血を垂らしていた。

 ここでもう一つのルールを思い出してほしい。

『自分から脱ぐことはできますが、脱ぐことを拒否することはできません』

 つまり自分から脱ぐことを肯定しているのだ。しかし確認はしたほうがいい。そう思ったスナッチは開設に向けて声を張り上げる。

「ねえ!もう一度確認するけど。このゲームは自分で脱ぐことはできるんでしょ?」

 それに司会が答える・

『はい!大丈夫です!』

 よし!スナッチは心の中でガッツポーズをした。その発言の意味がわからないバージニアと悟りは驚愕する。悟りは、

『何をする気ですかこの女は!?』

 バージニアは、

『何する気よ!このクソビッチ!』

 一方ビッグディックは、

『え?そういうルールあったっけ?』

 と間の抜けた顔をした。

 そしてスナッチが高らかに言い放った。

「私の服を全部はじけ飛ばしなさい!」

「「はい!?」」

 バージニアと悟りが驚きの声を上げる。そして司会の言葉とともにスナッチの服がはじけ飛ぶ。そこにバージニアが声を震わせて言葉を投げる。

「あ、あんた・・・ばっかじゃないの!そんなことして何になるのよこのクソビッチ!」

 しかしスナッチは怒らない。怒るどころか不敵な笑みを浮かべて胸と股間を隠している。

「クソビッチ・・・クソビッチねえ・・・でもあんたの相方はそんなクソビッチの体が好きみたいよ!」

 スナッチはちらちらと自分のほうを見て鼻血をたらたらと垂らしている悟朗を見て言い放つ。スナッチの体は年の割には出るところが出て締まるところは締まっている。そんな体を見せつけられてまともでいられる人間は少ない。

 ビッグディックもそうであった。大画面に表示された彼女の体を見て口を開けて感動している。そんな彼を見てスナッチが言い放つ。

「あんたに見せてんじゃないの!あんたは目を閉じなさい!」

 ビッグディックは言われた通り目を閉じた。一方悟りは勝ちを確信していた。そう、悟りにはこの作戦の意味が分かったのである。そしてスナッチが隠していた手を解き放ち言い放った。

「ほら見なさいよ!このクソ童貞!これが女の体よ!」

 観衆から野太い歓声が上がる。それを見たくてうずうずしているが言いつけを守るビッグディック。そして悟朗はと言うと・・・。


 多量の鼻血を噴出した。


 その勢いはとどまるところを知らず彼の席を真っ赤に濡らしていった。そして意識がもうろうとしてテクニカルノックアウト。事実上のギブアップであった。そこにバージニアが声を上げる

「あ、あんた・・・女のプライドってもんはないの!?」

 スナッチは再び胸と股間を隠しこう言った。

「そんなこと言ってらんないのよ・・・研究費のためにはね」

 そして司会が会場に響き渡る声でこう言った。

『ここで試合終了!ビッグディックチームの勝ちです!ビッグディックチームには相方の解放と、なんでも一つ相手に指示できます!』

 ビッグディックがすかさず反応する。なんでも!?じゃあ・・・と言おうとしたがそれを遮りスナッチが声を上げた。

「じゃあその年増を裸にして!」

 驚く暇もなく服がすべてはじけ飛ぶバージニア。観衆はそちらのほうにくぎ付けになり彼女は顔を赤らめて座り込んだ。そしてビッグディックも例にもれずバージニアを凝視する。そこに悟りがこう言った。

「お兄ちゃん。よく見といてください。あれが中途半端に男を手玉に取ろうとした女の末路です」

 そしてスナッチは解放され地面に降りた。もっともかなり乱暴だったが・・・。そして三人は階段のほうへと駆け出した。しかしそこにバージニアが横槍を入れる。声は涙声でか細かった。

「ビッグディック様・・・助けてくれませんか?そうしたらいいこと・・・してあげるから」

 しかしビッグディックの反応は冷めていた。

「アラフォーに興味ないんで!」

 バージニアは怒ることもできずに彼らを見送った。その間も彼女は全裸でつるされていた。


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