第七話:大怪盗ビッグディック、漢のゲームをする
松方は前述のように宣言し、ビッグディックはにやりと笑った。ビッグディックなりのカッコつけである。
そして松方は彼にルールを告げた。
「このフロアのゲームはミュージックに乗せてじゃんけんをする。そして負けたほうは服を脱ぐ。そしてすべて脱いだほうが負けの男の中の男のゲームだ!」
男は感傷たっぷりにそう言った。
しかしそのルールには続きがあった。松方が続ける。
「そしてその服はマグマに沈める。これがこのフロアのルールだ」
そして悟りはそれを聞いてこう思った。
『ああ、相手もバカなんだな』
そんな悟りの心の声をよそに、ビッグディックと松方は向かい合い、仁王立ちになる。そして何の意味があるかわからない準備運動をして静止した。そしてビッグディックは松方を見上げ、松方はビッグディックを見下ろす。その眼には両者とも炎が灯っていた。
皆さんご覧ください。これがこれから男同士で野球拳をする男たちの顔です。
そしてミュージックがスタートする。軽快な音楽が鳴り響き会場が盛り上がる。音楽は徐々に大きくなっていき会場のボルテージは最高潮になる。
そして松方がラップを開始した。
「YO!YO!漢検一級?準一級?あえて言うなら俺は包茎!ケイはケイでも茎のほう!やっぱり手術はしときゃよかった!ずるむけ目指して・・・」
そしてじゃんけんへとつながる。
ビッグディックはノリノリ踊り、それにこたえる。それを見ていた群衆は歓声を上げる。しかし、バージニアと悟りは心の中で・・・
『『うわあ・・・』』
と心底引いていた。そしてノリノリの二人は・・・
「「じゃんけん!ポン!」」
松方はグー。ビッグディックはチョキ。ビッグディックは負けてしまった。フロアマスターの勝利に沸く群衆。にやりと笑うバージニア。心配そうな悟り。
そして当のビッグディックは。
満面の笑みだった。これまでにないほどに・・・。
この物語が始まって以来見たことがないくらい口角が引きあがり、真っ白な歯が前面に出ていた。そしてそれを怪訝に思った松方がラップで応戦する。
「YO!YO!なんだその顔、満面の笑み!俺は聞きたいその顔の意味。お前の母ちゃん家でべそかき!ながら見てるぜお前の失敗!」
普段なら怒るはずのビッグディックが今度は笑みを崩さない。いや、崩すどころか笑い始めた。そして下手なラップで応戦する。
「野球拳は負けるが勝ちさ!序盤で負けてあとで勝つ!俺はもともといじめられっ子!お前みたいに勝ってない!負けて気づいたこのゲーム!お前は知らない負ける定石!」
そしてビッグディックは脱ぎ始めた。
ズボンから・・・。
これには松方も何も返せなかった。そして完全に下半身を露出するとズボンをポイっとマグマの中に捨てた。それを見てバージニアが顔を覆い隠す。顔の下は隠れてもわかるほどに真っ赤で指の間からちらちらと状況を確認していた。
悟りはバージニアのほうを一瞥すると怪訝に思いながらも目線を壇上の二人に戻した。
『見せてもらいますよ、お兄ちゃんの定石ってやつを!』
そして松方がついに言葉を紡ぐ。その言葉には驚愕と畏怖がこもっていた。
「・・・ハ、ハハ!お前の行動フロアの功績!見せてもらおうお前の定石!でもまだまだだなお前のライム!俺は絶対勝つぜお前に!」
そして第二回のじゃんけんが開始される。
「YO!YO!漢検一級?準一級?あえて言うなら俺は包茎!ケイはケイでも茎のほう!やっぱり手術はしときゃよかった!ずるむけ目指して・・・」
その時悟りは思った。
『このやり取り毎回やるの・・・?』
十歳とは思えないほどに真っ当なご感想である。まあ、その前に城の中にナイトクラブがあることに突っ込んでほしいが・・・。
閑話休題。
二人はじゃんけんの姿勢に入った。先ほどのビッグディックの行動で完全に火が付いた松方、今度は大声で叫ぶ。ビッグディックも常人では喉を嗄らすほどの大声で答えた。
「「じゃーんけーん・・・ポイ!」」
松方はチョキ。ビッグディックはグーだった。
今度はビッグディックの勝ち。群衆は明らかに落胆する。しかし、中にはビッグディックを応援するものもいた。
一方、悟りは勝ったという意味で胸をなでおろし、バージニアはビッグディックが脱がなかったことにほっとしていた。つまり、意味は違えど二人ともビッグディックを応援していたのである。
しかし、ビッグディックはあまりパッとしない。勝ったのにまるで敗北したかのように沈んでいる。それを見た松方がとっさにラップを紡ぐ。
「驚愕したぜお前の運!お前の勝ちはあくまで運!でも誇るべきお前の運!あくまで勝負は時の運!」
プロのラッパーにしてはたどたどしいライムである。つまり明らかに困惑していた。
そして松方はサングラスを取るとマグマの中に投げ捨てた。バキバキッという音が響いてチタン製のサングラスが溶けていく。
しかしここからであった。ビッグディックの“定石”は・・・。
そして第三回戦。ここでビッグディックが高らかに宣言する。
「俺は次にグーを出すぜ!」
これに群衆は歓喜する。そして松方は全く読めないビッグディックの行動に対して驚愕よりも畏怖の気持ちのほうが大きくなってきていた。
『もしかして俺はこの男に負けるかもしれない』
松方の脳裏に一瞬この言葉がよぎった。しかし松方はそれを必死で振り払う。
『思えばあの日だった。俺が四天王になったのは・・・』
松方は高校を卒業後、売れないラッパーとしてその日暮らしの生活をしていた。しかし、なかなか売れることはなく取り柄と言えば男気じゃんけんで負けたことがないぐらいだった。
金のない日は友人を男気旅行に誘い全勝して食事にありつく。ついでに旅館で一服する。
そんな地上二十メートルを常に綱渡りしているような生活・・・・。
しかしそこに転機が訪れる。あるクラブで薄給のDJの仕事の帰りに、スーツ姿の男に声をかけられた。困惑する松方にスーツの男はこう告げた。
「今度できる城のナイトクラブでDJの仕事をしないか?」
「城?なんだそれ?」
「今度できるトリコ・チンコール城の事だ。多少は知っているだろう?」
それを聞いて松方は困惑する。
『トリコ・チンコール城の事は知っていたが、そもそもそんな歴史ある城にナイトクラブを設置する?何よりなんで俺なんだ?詐欺なんじゃないか?』
一瞬のうちにそれだけのことが頭を駆け巡った。しかし彼はそのうちの一つしか言葉にできなかった。
「なんで俺なんですか?」
「じゃんけんだよ」
「じゃんけん?」
「相当な腕前だと聞いているが?」
たしかに松方は前述の通り男気じゃんけんで負けたことはなかった。しかしそれがDJと何が関係あるのかわからなかった。しかし、彼には選択肢が一つしかなかった。
「何かわからないけどやります・・・」
「いいだろう」
仕事に着けばすぐに分かった。確かに疑問はあった。侵入者とはいえ公衆の面前で脱がせてもいいのだろうか?しかし、DJという仕事はできる。罪悪感とDJができる喜びの板挟みで悩んでいた。しかし彼はそれをそれとして全て飲み込み、仕事をつづけた。
これまで何人もの盗人や侵入者を全裸にし、勝ち続けていた。そしてその分給料も十分に出ていた。ずっと思っていた。これが正しいことなんだと。
野球拳で男女問わず全裸にして追い返すことが、徹底的に辱め続けること。それが正義なんだと。
しかしここで負ければ?
そのすべてを否定してしまうことになる。
だから・・・
「俺は絶対に負けるわけにはいかないんだ!」
松方はそう叫ぶと手を高らかに掲げた。するとかかっていた音楽がやみ一瞬の静寂の後、先ほどから一つテンポが上がった音楽が流れ始める。
「この曲鳴ったらお前は終了!お前の心の準備は完了?俺はオッケー、It‘s Allright!」
そして第四回戦が始める。ビッグディックもここが正念場であった。彼はこう思っている。
誰よりも、誰よりも・・・負けたい!と。
「YO!YO!漢検一級?準一級?あえて言うなら俺は包茎!ケイはケイでも茎のほう!やっぱり手術はしときゃよかった!ずるむけ目指して・・・」
そして腹の奥底から声を出す。二人とも普段の会話の十倍ほどの声を出した。喉からはちょうど車が無理をした時のような異音が鳴り響き、悲鳴を上げる。しかし二人にとってそんなことは些細な問題だった。なぜなら・・・。
これには漢の意地がかかっている!
一見馬鹿らしい。本当に馬鹿々々しく、それでいて無意味に見える。しかし、勝負はこうでなければならないのだ。こうでなければ勝負に勝てない。その点では見ないところで二人とも一致していた。先ほどまであほらしいと思っていた悟りでさえ、多少本気になって応援していた。
たとえそれが野球拳であっても・・・。
そして・・・。運命の時が訪れる。
「「じゃーんけーん!・・・・」」
その後大きなためが発生した。ビッグディックは負けるため。松方は勝つために。二人の利害は一致していたが、その一致こそがビッグディックにとっての策略でもあった。
ビッグディックは確かにバカである。しかし、彼はあらゆることに一生懸命で熱意は誰にも負けなかった。いわゆる意識高い系とは違うのだ。
「「ポン!」」
寸分の狂いのない機械時計の中身の様に綺麗にそろった掛け声で二人とも手を繰り出す。その手は汗に滲み、見るだけで考え抜いた結末であることがまざまざとわかった。
その手は・・・。
松方はパー、ビッグディックはグー。
つまりビッグディックは宣言通りグーを出したのだ。その結果を見てにやりと微笑むビッグディック。そして松方は目を見開く。そしてこう思った。
『こいつは馬鹿なのか・・・?』
彼の常識ではもはや測れなかった。三十センチ物差しで一ミクロンのモノを図ろうとする。まさにそんな常識外の出来事であった。ふつうは自分の次の手を宣言した時点で勝つための戦略を立てようとする。しかし、ビッグディックは何のひねりもなくグーを出したのだ。
まさに圧倒的な常識の違い・・・。
しかし群衆は盛り上がっていた。声援が会場を飛び交い。まるで虫玉のようにまとわりついてきていた。しかし徐々に、アリの穴が堤を壊すより圧倒的に徐々にビッグディックを応援する声が出てきていた。
正直この事象は松方にとって受け入れがたかった。
『ここは俺のフロアだ・・・そんなことあってはならない』
そしてそんな苦悩する松方をよそにビッグディックはパンツに手をかける。ゆっくりと、まるで子供の様に足を地につけ足を延ばして脱ぐ。そしてビッグディックの一物があらわになった。
ちなみにショウナッツはすでに外していた。これについては服ではないため除外されている。そして松方の焦りはピークを迎えた。そしてついに彼は気づく。
これがこのゲームの定石なんだと・・・。
ビッグディックはもともと最初から勝つ気などなかったのだ。最初に二回負けて下半身半裸になる。そして視界を塞ぎ、有利に進める。これで合法後出しじゃんけんの完成である。
ここまで考えて松方は細い目をさらに細くする。後出しを許すわけにはいかない。しかし、男の一物なんて見たくもない。それにこいつの一物を見てるとなんか悲しくなる。
そのころ悟りは・・・。
『早く終わってくれないかしら・・・』
とかなり冷めた態度だった。しかし群衆はまるで逆だった。歓声と狂気の掛け声でさらにヒートアップする。そして松方に対する陰口も聞こえ始めてた。
「やっぱ松方ってあんまり強くないよねぇ」
と言った松方への罵倒や
「ビッグディックはすげえぜ!俺、これからビッグディック応援するわ!」
と言ったビッグディックを応援する声・・・。
フロアの流れはゆっくりと、だが着実にビッグディックのほうへと向かっていった。
一方バージニアは・・・うずくまって泣いていた。悟りがあまりにもかわいそうだと思い励ましの言葉をかけると、バージニアは涙声で、
「ありがとう・・・ありがとう・・・」
とか細く言葉を紡いだ。
そしてついに最前列の群衆の中にいる女性がこんなことを言った。
「ラップもそんなにうまくないし、野球拳も面白くないって・・・この人何の意味があるの?」
その言葉はそれ以外のどんな言葉よりも松方の心に響き、何かを壊した。大きな音を立てて壊れていくそれは松方自身ではどうすることもできなかった。プロとしての誇り、フロアマスターとしてのプライド・・・そのすべてが先ほどの言葉で溶かされていった。
しかしその後のじゃんけんはプライドを捨てた狂犬のように、とはいかずどこかに残っていた尊厳を捨てきれず、かといって堂々たる戦いというわけでもなかった。
それからの松方は完全にぼろぼろ。
残ったかすのようなプライドのせいでビッグディックの股間を直視できない。そのため後出しじゃんけんに対応できない。すると当然負けて脱がされる。そして群衆は一人また一人とビッグディックのほうへと流れていった。
流れは完全にビッグディックのものだった。
そこからものの十分もたたぬうちに厚着だった松方の服は消え去り、ついにはパンツ一丁になった。負けるわけにはいかない戦い。その戦いにおいても松方は現実を見ることができなかった。
そして彼は最後のじゃんけんに敗北し、パンツを脱ぐことになった。しかしなかなか脱ぐことができずにまごついている。それを見た悟りが一括!
「脱ぎなさいよ!漢なんでしょ!」
それを聞いたバージニアは驚いて声をあげそうになった。しかしその前に群衆がコールを始める。
「ぬーげ!ぬーげ!ぬーげ!ぬーげ!」
どこから始まったかはわからないそれは手拍子までついて会場全体を支配していった。
そう、名実ともに松方は負けたのである。そして渋々松方はパンツを脱ぐとマグマに捨てる。
戦いは終結した。
そしてビッグディックが群衆に向かって大見得を切る。
「俺は大怪盗ビッグディック!ここのフロアマスターなんていちころだぜ!」
それに群衆は割れんばかりの歓声で答えた。ビッグディックは生まれて初めての気分を体験していた。誰かに肯定され、歓声を受ける。彼はその自己肯定感に酔いしれていた。
しかし、一物は粗末であった。
そこに悟りが抱き着く。
「やった!お兄ちゃん勝ったんですね!・・・とそれより」
悟りは抱き着いた手を放し、代わりに腰に当て首をかしげるビッグディックに向かってこう言った。
「下、履いてください」
「あ!」
わかりやすく頭を抱えるビッグディック。そして群衆の大きな笑い声。ついには何もできなくなったバージニア。悟りは松方に近寄るとこう言った。
「残念でしたね・・・。心中お察しいたします。でもね、人生をあきらめないでほしいの。あなたも言ってたでしょ?勝負は時の運。少なくとも私よりよっぽどましな人生なんだから・・・」
悟りはそんな意味ありげな言葉を吐いてビッグディックとともにStaff Onlyのその先へと向かった。
果たしてこれはハッピーエンドなのだろうか?
少なくともこの物語の締めはハッピーエンドであってほしい。
そう思った悟りであった。
※終わりではありません
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