第一話:大怪盗ビッグディック、ボランティアをする

「で、なんですって?」

「だから俺は大怪盗になるんだよ!大怪盗!」


 公園の階段に座っている女の子は考えた。締まるところは締まり、出るところは出たその女の子は端正な顔を彼女は若干曇らせる。


 こいつは高校をやめて頭がおかしくなったのではないか? この時代に怪盗? そんなのフィクションの中だけだろ?それにビッグディックって・・・。

 当然である。こんなことを正気でいうやつはいない。たいていヘロインかシンナーでバッドトリップしているか、それとも頭の中の何かが壊れたか・・・。少なくとも普通の考えではない。


「で、何で私にそんなこと言うのよ?」

「俺の相方になってほしい」


 女の子は明らかに嫌そうな顔をして答えた。


「なんで?」


 ビッグディックはこう返す。


「いいじゃん!」

「・・・・・・・・・」


 女の子はまたも考える。

 まあ、たしかにこの男の犯罪行為を先生に言いつけたのは私だし、ある意味では裏切りでもある。その結果頭がおかしくなったのであるならば、私にも責任はある。それに、この男が盗んできたものを適当な理由でちょろまかせば、自分の研究資金になるかもしれない。

 じゃあ......


「......いいわ、私が相方になってあげる」

「やった!」

 ぱあっとビッグディックの顔が明るくなる。

 そして女の子が立ち上がると、ビッグディックが影で覆われる。女の子の身長は174cmビッグディックより40cmも高い。女の子にとってはこれがコンプレックスであり、出来ればビッグディックに身長をあげれるもんならあげたいとも思っていた。

「あんたがビッグディックなら私はDr.スナッチってことで、で私はどうすればいいの?」

 ......おっとお嬢さん!その名前も危ないですよ!

 ビッグディックがそんなことをわかるわけもなくこう言った。

「お前は俺用のガジェットを作ってくれ!それと・・・あんまり立たないでくれるか?」

 スナッチはごめんと言って中腰になる。それでもビッグディックの90%程度が影で覆われたままである。というか、中腰で体が近づいているため影の濃さが増している。

 はたから見ると子供が大人から注意を受けているようである。

「わかったわ。で、最初にあんたは何をするの?」

「......」

 ビッグディックは目をそらして硬直する。

 スナッチは、ははーん何も考えてなかったな。と考えると手をポンっと打ってこう言った。

「じゃあ......」


 **********************************


 数日後・・・。

 珍妙な格好をして街の清掃を行うビッグディックが街中の公園で目撃された。

 そう、ビッグディックの最初の任務はボランティアだった。スナッチに義賊なら社会に貢献すべきである。と言われ見事に言いくるめられたのである。


 スナッチとしてはボランティアでもして、壊れた頭を直してほしいとも思っていた。

 とはいえ彼女自身、怪盗という仕事?には興味がありかなり乗り気であった。

 ちなみにそのスナッチは学校があるため参加せず、ビッグディックは一人で黙々とゴミを拾っていた。いくらおつむがよくないとはいえ、これが怪盗の仕事ではないことぐらいおつむの弱い彼もうすうす感づいていた。


 とはいえ、やっていることは真っ当なわけで......


 ビッグディック自身ボランティアと言う事でやっているため途中で投げ出すわけにもいかず、スナッチが調べてきてくれることを信じてゴミ拾いを行っていた。

 服が“大怪盗”のままなのは彼なりのプライドなのだろう。


 そのせいで周りからは白い目で見られているわけなのだが......


 彼はそんなことは露知らず羞恥心を感じることがないまま夕暮れまで作業を行っていた。そして底知らずの体力もついに限界を知り、ベンチに座り込んでしまった。

 彼はベンチに座り、地につかない足をぶらぶらさせてふと物思いにふける。


“俺は何をやっているのだろう......こんなことなら盗撮なんてやるんじゃなかった”

 後悔先に立たずとはこのことである。今頃スナッチは学校で青春の力を発散させ、心地よく家路についている。


 ついにやる気がなくなったビッグディックは山のように積まれたゴミ袋をぼんやりと眺めていた。


 何をするでもなくスナッチを待っていると女子トイレから女の子が現れた。ビッグディックが見ても明らかに高そうな身なりをした少女は彼を見つけて驚いた顔をした。そして彼に近づいてきてこう言った。


「あなたは何をやってるの?」


 声色からしてビッグディックを明らかに同い年ぐらいにしか見ていない。それか年下の可能性もあると読んでいる。そして蔑む意味の半笑いである。


「ボランティアをしてるんだよ」


 少女はちょこんとビッグディックの隣に座ると笑いをこらえてこう言った。


「その服は何?」

「俺のトレードマークさ!」


 それに耐えきれなくなった少女はついに吹き出してしまった。止まらないのか、必死に口を押えて我慢している。指から漏れ出す音がおならようにブブッ!と不定期に鳴っている。こいつバカにしてるな?と思ったビッグディックは大見得を切った。


「何で笑うんだよ!俺は大怪盗ビッグディックだ!こう見えて18歳なんだぞ!」

「ははははははははははははっはあっははははははははは・・・・」


 少女はついに大声で笑いだした。せきを切ったように口から飛び出す“あ”と“は”の文字はとどまるところを知らず、目からは涙を流し、過呼吸気味に肩を上下させた。ビッグディックは心の奥底から湧き上がる感情で耳が赤くなっていた。


 ひとしきり笑い転げた少女は必死に笑いを止めて大きく一つ息をするとビッグディックにこう言った。


「ありがとね・・・こんなに笑ったのは久しぶり!」


 ビッグディックは彼女を横目に見るとこう返した。


「君はいくつなんだ?」

「私?私は今年で10歳だよ!」

「10歳!?」


 ビッグディックは少々驚いた。10歳にしては大人びた少女である。髪は短くまとめられ、小さなツインテールがひょこひょこと揺れている。髪飾りには大きな赤い宝石が付いている。しかし、顔はどこか悲しそうで同い年の女の子なら必ずある目の奥の光が少女には存在しなかった。


 社会の荒波にもまれ、擦れた女・・・。そんな雰囲気が少女の周りを覆っていた。


「それで、あなた大怪盗らしいけどなんか盗んだの?」


 ビッグディックは目を泳がせて答えた。


「ま、まだ何も・・・」

「ふーん」


 と少女は言うとベンチから立ち上がり帰りざまにこう言った。


「じゃあいつか私を盗みに来てね!“大”怪盗さん!」


“大”という文字を誇張したその言葉は、皮肉にも期待ともとらえることができた。しかしビッグディックはどちらともとっていなかった。


 彼はそれを馬鹿正直に約束として取ったのである。

 ビッグディックが小学五年生の女の子の言葉を頭の中でリピートしていると、入れ替わりで制服姿のスナッチが現れた。スナッチはゴミ袋の山を見ると、驚いてこう言った。


「すごぉい!あんたのその根気とまじめさには感心するわ!もっと別の事に使えばいいのに!」

「・・・・・・・」


 しかし彼はその言葉に反応しない。明らかにスナッチの事には気づいているにも関わらず反応しないのである。彼の頭の中では先ほどの“約束”が心地よく響いてた。


「どうしたのよ?褒めてるのに!それとあんたが“大”怪盗になれそうなお宝を発見してきたわよ!」


 先ほどまでの真剣な表情はどこへやら・・・ビッグディックは目を輝かせてスナッチの言葉に食いついた。


「でかしたぞ!スナッチ!で、それはなんだ!?」


 スナッチがビッグディックを制止して言葉をつづけた。


「まあ落ち着きなさいな・・・それはね、通称PTAって呼ばれてる代物なの!」


 そしてスナッチはその内容を話し始めた。

 PTAというのは“P”la“T”inum “A”sstreitの略称で、巨大なダイアモンドである。それは尾宮家の所有している山間のトリコ・チンコール城にあり時価数十億を下らないそうである。そしてそのダイヤはどうやら非合法なものらしく盗んでも後腐れがないらしい。


 何でスナッチがここまで調べられたか?


 彼女はビッグディックとは対照的。誰もが認める天才肌で、ハッキングやダークウェブの遊泳はお手の物。さらには発明品を売りさばくくらいには技術があるのである。


 ......まああの発明品が使えるかというと・・・謎である。よってあまり売れてない。せいぜいジョークグッズとして一部の層に需要があるくらいである。

 よっていつも研究資金に困っている。

 閑話休題。

 それを聞いたビッグディックは先ほどまで輝かせていた目をさらに輝かせる。しかし、またスナッチに制止される。


「まあ待ちなさいな。この宝石を手に入れるためには相当な準備が必要よ。なんせ何百人も警備員がいるし、トリコ・チンコール城だって外国から移築したものだから、どんな罠があるかもわからない。だから私がちょっとしたガジェットを作ってあげるから待ってなさいな!」

「わかった!じゃあ準備がいるしボランティアはしなくていいよね!」

 ビッグディックに落ちるスナッチの影が大きくなる。

「バカ言いなさんな! これも義賊の仕事! それに宝石はきっちり貧しい人に恵んでよ!」


 スナッチの心にはそんな感情はむろん存在しない。無駄に高いプライドと金欲があるのみである。

 しかし、そんなことには気づかないビッグディックは少し考えるとこう答えた。


「......わかりました」

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