第二話:大怪盗ビッグディック、準備をする

 炊事場から金属音が響いていた。

 むろん音の主はビッグディックである。

 ビッグディックが今日スナッチから言い渡された仕事は家事手伝いである。

 しかしこの前のボランティア活動とは表情に雲泥の差があった。

 なぜかというと三日間家事手伝いをすれば親のお小遣いにありつけるのである。

 そしてビッグディックはこのお小遣いを使い、トリコ・チンコール城に向かう予定であった。


 足らない高さをビール用のボトルコンテナで補い、生き生きとした表情で皿洗いを行うビッグディックは次々と汚れた皿たちを生まれ変わらせていった。


 ・・・・変わり果てた姿に。


 先ほどまで母親は全く手元を見てなかったが鳴りやまない金属音を不審に思い、覗いてみると、無事なお皿はもうほとんど残っていなかった。


 見かねた母親はビッグディックにこんどは二階の掃除を頼む。すると彼は、


「わかった!」


 と言って喜び勇んで二階に上がった。箒を持って上がった彼はごとごとと音を立てながら掃除していたがすぐに下に降りてきた。

 階段を転がりながら。

 どうやら後ろ向きに掃いていたら階段の口まで到達し、そのまま落ちてしまったらしい。


 ここまでドジだともはや感動すら覚える。


 しかし本人は大まじめで、階段から落ちてもぴんぴんしてまた上って行った。そしてまた大きな音を立てて掃除を開始する。

 この音は何なんだろう?

 と思った母親は見に行くことにした。すると、掃除前より散らかった部屋の姿がそこにあった。はたから見れば廃墟と見間違うほどに二階は変わり果てていた。


「・・・・」

「どうしたの?」


 とビッグディックは首をひねっている。


 この世で最も邪悪なものは無邪気で純真で、全く計算せず、地獄を作り出すことができる存在の事を言うのかもしれない。

 残念ながら彼はそのすべてが当てはまった。


「あんた、もういいわ・・・」

「終わり!?お小遣いくれる?」

「お小遣いあげるからもう家事はしないでちょうだい・・・」

「やった!」


 とビッグディックは無邪気に喜ぶと頬をひきつらせた母親からお小遣いをもらいスナッチの家へと直行した。その後ろには肩を落とす母親の姿が観測された。


 ビッグディックはいつものスナッチ家への道を二度三度間違えながら彼女の家へと向かった。そして何とか到着しインターホンを押し、用件を告げて家へと入った。そしてスナッチの母親に挨拶すると何段か踏み外しながら階段を登り切り、スナッチの部屋に突撃した。


「きたぜー!」

「ちょっと!ノックぐらいしてよ!」


 スナッチはベッドの上で寝ころんで本を読んでいた。

 そして何やら男同士が絡み合ういかがわしい表紙をした薄い本を急いでベッドの下に隠した。そして真っ赤な顔でビッグディックのほうへ向き直った。


「何であんたはそうデリカシーがないの!?それとも馬鹿なの?」


 ビッグディックは首をかしげて少し考えるとこう言った。


「・・・で、発明品はできたのか?」

「何を考えてたのよあんたは・・・まあいいわ、出来たわよ。自信作!」


 するとスナッチは発明品をベッドの上に並べて説明を始めた。


 一、マグナムハンド

 これは見た目はちょっと大掛かりな一対の手袋で、これをはめてカンチョウの形をとると指の間から四本の返しが着いた大きな針が出てくる。そしてその返しは内側に折りたたまれるようになっており、折りたたまれた後、力がかからなくなるとバネで元に戻る。針は十分に鋭利で、刺さることはないが肌を傷つけることはできる。また、その針はロープ付きで発射することができるため壁をよじ登る際に便利である。

 ・・・つまりカンチョウを戦闘レベルまで持っていけるものである。


 二、ショウナッツ

 これは股間に装着もので硬くなっており、大事なところを攻撃から守ることができる。しかし、機能はそれだけでなく先ほどのマグナムハンドに仕込まれたボタンを押すことで目のくらむ光を出すことができる。この光で失明することはないが一定時間視力を奪うことができる。


 三、オグリング

 見た目はただの眼鏡である。しかし、これをつけると男限定で弱点がグラフィカルに表示される。急所が守られているかどうかも一目瞭然であり、これを使えば的確に弱点を突くことができる。また、CCDカメラも搭載されておりDr・スナッチのもとへリアルタイムに動画を送ることができる。さらにマップ機能もついておりトリコ・チンコール城の内部の地図が入っている。さらにもう一つ、無線機能もついておりスナッチと交信できる。


 以上三点がスナッチが開発した発明品である。どれもこれも一癖も二癖もあるが、一応は実践に耐えるモノだろう。・・・倫理的なところは置いといて。

 ビッグディックはその説明を五回は聞きやっと理解した。そしてスナッチから城の位置と道のりを聞き、それらの発明品を持って家へと帰った。

 それをスナッチは・・・


「ま、せいぜいがんばんなさいな」


 と見送った。そして家路を走って帰ると食事を済ませ、風呂に入ってベッドに寝そべった。ビッグディックはこう思っていた。


 俺は明日PTAを盗み出し、大怪盗になるんだ!


 ビッグディックは興奮でなかなか眠ることができず、深夜の三時まで起きていた。そしてビッグディックにはもう一つ気がかりなことがあった。

 公園で会ったあの子はどうしているだろうか?

 さすがのビッグディックもそれが恋愛感情ではないことはわかっていた。しかし別れ際のあの言葉、


『じゃあいつか私を盗みに来てね!“大”怪盗さん!』


 その約束を果たすにはどうすればいいのか?それを考え悶々としていた。


 **********************************


 次の日、珍しく朝早くに起きたビッグディックは家族に奇異な目で見られると大怪盗の服で出かけようとした。母親が涙を流して必死に止めたため私服で出ていき、到着したら着替えることにした。


 全ての機材や衣装をカバンに詰め、出発する。ちなみにこちら小学生時代からの愛用品である。そして、近くの駅まで徒歩で行くと電車に乗り込んだ。


 片道約三時間の長旅である。


 電車を何本も乗り継がなければならないが、彼が覚えられるはずもなくオグリングでスナッチから支持を受けてやっとのことで到着した。


 とはいっても朝早かったのが災いしたのか何度も居眠りしてしまい、駅を三度は寝過ごしそのたびにスナッチから長いお説教を受けて謝っていたため着いた頃にはもう夕方であった。


 そして彼はトリコ・チンコール城の近くにある公園の公衆便所の個室に入ると着替え始めた。上着、ズボン、そしてマントを羽織り、すべてのガジェットを装着すると彼は高らかに宣言した。


「大怪盗ビッグディック参上!」


 誰もいない公衆便所に能天気な声が空しく響いた。そして今まで着ていた服をその個室に放置すると彼は公衆便所を出た。そして手ごろな屋根に実験がてらマグナムハンドを使って上るとマントをたなびかせた。


 ビッグディックの目線の先には薄暗い夕闇の中に巨大な城が鎮座していた。


 まず目に入ってきたのが城の壁面に取り付けられた巨大な三つの像の首である。これがこの城の名前の由来だ。

 トリコ・チンコールとはこの城が立てられたブスガイド諸島の言葉で“鼻が長い像”を意味し、トリコとは“三つの”という意味の形容詞である。


 つまり下ネタでは決してないのだ。読者諸君、もう少し心をきれいにしたまえ。

 そしてその象の鼻からは黄色いライトに照らされた水が止め止めなく流れていた。そして壁が四方を囲み、その角に建てられた塔の窓には光がともっていた。

 中央の城本体も光がぽつぽつと灯っている。

 そして肝心のビッグディックは鳥肌と武者震いに浸っていた。

 これから俺があの城に潜入してお宝を強奪する。そしてそれを貧しい人に分け与える。


 漫画で見たシチュエーションと、今目の前にある現実が彼の頭の中で化学反応を起こし、大量の快楽物質を血中へと送り出していた。彼の目はこれまでに感じたことのない快感で充血し、光り輝いていた。そして彼は屋根から飛び降りると・・・

 着地を失敗した。


 ビッグディックは奇声を上げてしばらくのたうち回ると気を取り直して立ち上がった。


「さあ行くぜ!」


 彼はそう言うと一目散に駆け出した。

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