15.求めるもの

 



「神壊さん!!!」


 美鈴は叫んだ。己を抱える彼の名を。


 宝石に呑まれそうになった直後、小柄な彼女を抱えて神壊は敵の攻撃から距離をとった。軽いステップを踏むように後退した彼に、アトリエと思わしき部屋から出てきた敵はギチギチと歯を鳴らす。フーッ、フーッと吐き出される息が、威嚇する生物のように見えなくもない。


「アレは何処だ。あの作品は何処にいる」


 問いかけにしては疑問符を感じえない言葉だった。


 床に降ろされた美鈴が、神壊の背に隠れるように銃を握りつつ、眉をしかめる。そして告げた。「ここには居ない」と。

 その一言にギリギリと歯を軋ませた敵は、暫くして音を無くすと、その場で沈黙。呆けたように首をかき、頭をかく。


「いない。いないのか。ここには……」


 求めるモノがないというだけでこの喪失感。

 心を抉るような気色の悪い感情に瞳を震わせた彼は、徐に片手を前へ。上げたそこから、赤色の宝石を生成し、それを2人に飛ばした。

 鋭い弾丸の如く放たれたそれを跳んで避け、神壊と美鈴は視線だけを交わらせ、頷き合う。


「アレが居ないならばお前たちに用はない。消えろ。帰れ。そしてあの赤きメイデンを連れて来い。それが出来ないならば──死ね」


 敵が片足をあげる。そうして床に叩きつけられた足裏から、多色に輝く宝石のトゲが現れた。床そのものから飛び出したようなそれは、真っ直ぐに神壊を狙っている。

 神壊は跳躍と共に向かい来る宝石を避け、そのまま石化していない床に降り立ち敵の懐へ。素早く潜り込むと、握った拳を力強く敵の体に叩きつける。


 バキンッ


 なにかが割れる音がした。感触的に硬い石──察するに硬度の高い宝石だろう。まさか割れるとは思っていなかったのか、敵の目が驚いたように見開かれている。

 そんな敵に好機ととったのか、後ろで機を伺っていた美鈴が銃を発砲。弾丸を的確に敵の左目へと放ち、その視力を奪い取る。


「ぐあっ……!」


 痛みに呻く声を上げ、敵は目元を抑えた。

 背を丸めて今にも蹲りそうな彼は、ボタボタと落下する赤に小さな呼吸を繰り返している。恐らく、怪我をしたのは初めてなのだろう。

 混乱と恐怖に染まる顔を視界、彼の頭に、神壊は素早く片足を叩き込んだ。回し蹴りの要領で喰らわされた一撃に、敵は床を転がる。


「い゛っ、うっ……!」


「起きろ」


 音を立てて、神壊は敵を蹴りあげた。


「お前を連れていく。それが俺たちの役目だ。起きろ。立て」


「ぐっ……貴様ら、一体、何者だっ……! 人間如きに、こんな、こんな……っ!!!」


 噛み付くような勢いで吠えた敵は、まるで何も知らないようだった。この世界の常識も、敵対関係もわからないような彼は、哀れなことこの上ない。


 神壊は寄ってきた美鈴を横、敵の前にしゃがみ込む。そして、ただ一言、「ドール」と、そう告げた。


「……どーる……人形、だと……?」


「そうだ。そしてその人形に……お前らシャドウは殺される」


 無意味な殺戮。しかしてそれを行なえと叫ぶ本能。


 神壊は敵の頭をわし掴むと、それを力任せに床の上に叩きつけた。当然、衝撃と痛みに気を失った敵は、音もなく意識を失う。


「……今のうちに拘束しましょう。神壊さん、避けてください」


 これ以上の暴力は見ていられないと、美鈴が神壊を下がらせ前へ。肩に提げた真っ白なカバンから捕獲用の道具を取り出すと、それを敵へと装着していく。


「手伝うか?」


「大丈夫です。神壊さんはアトリエを確認して来てください。もしかしたら……『奴ら』に通ずる何かがあるかも……」


「わかった」


 頷いた神壊がアトリエへ。部屋に踏み込んだ彼は、屋内に存在する一つのキャンバスに近づき、それを覗き込み沈黙。目を逸らし、何かめぼしい物がないか、屋内を調べる。


 そんな神壊を、キャンバスに描かれた一人の女性は、柔らかな笑みを携え、ただ静かに見つめていた。

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パペットワールド 木暮累(ヤヤ) @yaya396

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