14.扉の向こうの独り言
『──準備はいいですか?』
耳につけた無線機から、声が聞こえる。
低く屈み、鋭く前方を見据える赤い男の横、小柄な少女は「いつでも行けます」と短く答えた。手にした銃を握り、僅かに身構えた彼女に、声は『了解です』と一つ頷く。
『では、カウントダウンを開始します。5、4、3、2、1──』
0、の合図と共に、男が目の前の扉を蹴破った。その後ろ、少女が銃を構えて屋内を見回す。明かりの灯ったそこは、ある芸術家が住む部屋だった。
とある高級マンションの二階に存在するその部屋は、金持ち特有の豪華さがあるかと思いきや、まるで一般人の住む家屋のようだった。
節約のためか、四つのうち二つ程しか入れられていない電球。目に見える限りの家具は必要最低限のものだけが存在し、テレビなどの娯楽用品は見受けられない。
木製の、やや古びた机の上にはいつのものか分からない新聞とインスタントのコーヒー。それからクッキーやポテトチップスなどのアンバランスなお菓子。
「……ほんとにココが宝石商ダルカナの家なんですか?」
思わず呟いてしまった少女の問いに、無線機から『疑いますか?』という、少しばかり強気な疑問が飛び出した。少女は「いえ、疑いはしないのですが」と視線で屋内を確認しながら、手にした銃をしっかり握った。
「宝石商、というわりには普通の部屋に住んでるなと……」
『そういう趣味の人もいますよ。で、標的(ターゲット)なんですがね。奥のアトリエにいるはずです』
「了解」
少女は頷き、新聞を見ていた男に声をかける。そして、彼が振り返ったのを確認してから指先で部屋の奥を指差した。男はそれに頷くと、新聞を元の位置に戻し、奥の方へ。そこにあった一つの扉の前で息を潜めると、しっ、とジェスチャーで少女に口を閉ざさせる。少女は黙って頷き、己の口を片手で抑えた。
「──ダリア、ダリア、ダリア、ダリア」
声が聞こえる。狂ったような声が。歌うような声が。
「ダリア。ああ、あなたが、あなたさえいれば、あなたさえ生きていれば私はまた美しき作品を、光景を、景色を目にできたのに……っ。なぜ、なぜあなたを、尊き作品を生み出すあなたを、私は喰らってしまったのか……どうしようもないんだ……あなたの作品には私の作るモノは敵わない……敵わないんだ……」
例えば道端に咲き誇る小さな花。
例えば青空を羽ばたく青い鳥。
例えば蜜を吸わんと花にたむろう蝶。
例えば笑みを浮かべて戯れる小さな子供。
「宝石にした。全てのモノを。私のこの力で。作品にかえた」
作品は皆美しかった。当然評価も良かった。けれどやはり、あなたの作品の美しさには、到底敵わない……。
「心が喜ばないんだ。弾まないんだ。締め付けられないんだ。……あなたの作品を見た時のような感動を、私は私の作品では味わえない……」
ガタッと椅子がズレる音がした。共に、どよりとした空気に肌がくり立つ。
思わず扉から離れ構える男に、少女は視線を向けることなくまっすぐに扉を見つめる。まだ、閉ざされたままの扉を……。
「けれどダリア。ああ、聞いておくれ。今日、今日出会ったんだ。私は。素晴らしき作品に」
生物の生き血を吸ったかのように赤い髪。ルビーを削ってはめ込んだかのような美しき赤の瞳。赤子のような滑らかで柔らかな、日焼け知らずの白い肌。等身大の人形を思わせる小柄な身長。
「美しく、愛らしく、されどその中に儚さと恐ろしさが含まれていた。アレは芸術品だ。あなたの作品を越えるような、素晴らしき作品」
欲しい、と扉の向こうの声は告げる。
「だから寄越せ。不法に侵入する不届き者共。私が私を満たすための作品を。人形を。あの赤いメイデンを──」
寄越せと、地を這うような低い声が響いた直後、閉ざされた扉を突き破るように、眩い宝石が2人の視界に広がった。
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