11.緊急事態
19時より開始された宝石展示会、ダルカナ展は、大好評で終わりを迎えた。
結局何も無かった。警備という名の棒立ちを披露しただけだったと項垂れるペットは、実は結構な客に囲まれたりした。あなた可愛いわねぇ、と口々に褒められ、当然だろうと悩ましげに笑ったのは記憶に新しい。亜莉紗がそんなペットを「かわいいかわいい」と褒めたたえていたのもまた、記憶に新しい。
展示会が終わり、各自依頼金(ペットの人気に感謝されちょっとかさ増ししてもらえた)を受け取り、解散。5人は徒歩で、喫茶店『ダークアップル』へと向かって歩いていく。
「それにしても、楽勝な依頼でしたね。私たちほぼ何もしてないのにお金ザックザクです!」
「罰当たりなことを言わない」
「えへ、すみません……」
カエデに謝罪する亜莉紗は、「ペットちゃん、初めてのお仕事はどうでした?」なんて問いかけてきた。それにペットは「つまらなかったです」と正直に答え、スタスタとひたすらに足を動かす。
「暇で稼げたからいいじゃんね」
「暇と退屈は死と同義です」
「つまり無ってこと?」
「……」
問うてくる神壊に付き合うのは面倒だと、ペットは足を動かす速度を早めた。結果、ズンズンと皆から離れていく彼女に、背後から「一人で夜道歩くのは危険ですよー」と亜莉紗の声が飛んでくる。
ペットは足を止め、振り返り、「うるさいですよ」と吐き捨てた。睨むように歩んでくる彼女らを見つめ、「ワタシは一人でも平気です」と腕を組む。
「そもそも皆さん歩くの遅いんですよ。そんなにゆったり歩いてたら日が昇ってしまいます。アジトまではまだあるんですからもっと早く歩いては──」
そこで、ペットの言葉は途切れた。顔にかかる影に振り向きざまに顔を上げた彼女は、開けられた大袋の口を視界、目を見開く。
「ペットちゃん! 伏せて!」
響く声にハッとしたペットは、すぐさま頭を抑えてしゃがみ込んだ。その直後、響く発砲音。痛みに呻くような男の声が近くから聞こえ、共にそれを殴り飛ばす音も聞こえた。顔をあげれば、その顔から感情というものを消し、真っ直ぐにペットを捕らえようとした男を見つめる神壊がいる。
「よくやった、神壊! そのままペットを抱えてください! 移動しますよ!」
カエデの声に、神壊は返事をする間もなく言われた通りにペットを小脇に抱え、悲鳴上がる街中から逃げるように路地の方へ。先にそちらに入り込んでいたカエデたちが、誘導するように先頭を走る。
「! 亜莉紗さん! 二時の方向から音が!」
美鈴が叫び、即座に動いた亜莉紗がその方向に向かい銃を発砲。「ぎゃっ」と短く上がる悲鳴と落下してくる男を見て、ゴーグルをつけたカエデが「敵は複数人いるようですね」と予測。落下男の写真を撮り、皆を振り返る。
「恐らく狙いはペットです。宝石展で彼女に目をつけた輩が拉致を企てたんでしょう。全く、いい迷惑だ」
「……」
「私たち第四班は潜むことに長けてはいますが戦闘向きかどうかで言えばぶっちゃけ不向き。不慣れの二拍子です。神壊や銃を扱える亜莉紗がいるからこそどうにかなっていますが、このままでは袋叩きにあって全滅でしょう」
タカタカとスマホを操作したカエデは、それを仕舞うとゴーグルの位置を僅かに正した。そして、「神壊」と警戒するように周囲の気配に集中する、この班唯一の男へと声をかける。
「あなたはペットを守ってください。あなたの早さなら敵に追いつかれることなくアジトへ戻ることが可能だ。……突破口は我々が開きますので、ペットの安全が確保出来次第連絡を。いいですね?」
「わかった」
「ちょっ、待ってください!」
トントン拍子に進む話に、ペットは異論を申したてた。そんな馬鹿な作戦があるかと叫ぶ彼女に、「あなたの身の安全を確保するのが最優先事項です」とキッパリ告げられ歯噛みする。
「どう考えてもワタシの安全を確保するより神壊さん戦わせた方が勝率はあるでしょう! なに血迷ったこと言ってるんですか! それでもドールなんですか!?」
「神壊は確かに戦闘特化型のドールです。が、一人だけに重荷を背負わせても悪いでしょう。それに、言ったはずですよ。あなたの身の安全を確保するのが最優先事項だと」
「そんなの……!」
「つべこべ言わず従いなさい」
キッパリ吐き捨てられた一言に、ペットはキュッと口を噤んだ。そして、鋭い眼差しを向けてくるカエデを睨む。
どうしてわざわざ不利な方を選ぶ。
どうして自分なんかを優先する。
ただの愛玩用として作られた彼女には、全くと言って良いほどその理由がわからなかった。
「さて、行きますよ。美鈴、サポートをお願いします。亜莉紗、出来るだけ当ててください」
「「了解」」
「神壊、私が合図したらアジトまで突っ切るように」
「了解」
「よし、では──」
黒いグローブを手にはめたカエデが、一拍の間を置き路地から飛び出す。その瞬間、降り注ぐ銃弾を軽やかな身のこなしで回避した彼女は、高い位置にいるスナイパーを無視して地上にいる敵を認識。低い体制でその懐へ潜り込むと、滑らかな動きで敵を翻弄する。
そんな彼女に続き駆け出した亜莉紗が、上にいるスナイパーを仕留めていく。隠れた美鈴の指示と持ち前の勘を頼りに確実に敵へと弾を当てる彼女は、真剣な表情そのものだ。
「──今です!!!」
手近にいた男を蹴りあげたカエデが叫んだ。それを合図とし、神壊はペットを連れ走り出す。その足のはやいことはやいこと……。
馬並みなんじゃないかとすら思える速度で、彼は高層ビルの建ち並ぶ道を駆け抜けた。途中エンカウントした敵は素早く蹴り飛ばし、確実に乱闘騒ぎが起きている箇所から離れていく。
暫く駆けたところで、道中にゼロがいることに気がついた。神壊は急ブレーキを踏むように動かしていた足を止めると、漆黒のバイクに跨った彼に素早く駆け寄る。
「ゼロさん。第四班が交戦中です。至急救援を」
「……場所は?」
「大通り二丁目の交差点です」
「わかった。向かおう」
ゼロはそう言って、「これだけ持って帰っててくれ」と白いビニール袋を神壊に渡した。枝豆やら冷奴やらが入ったそれは、到底この最強男が持っているにしてはギャップがあり過ぎるモノばかり。恐らく黒鈴辺りにでもお使いを頼まれたに違いないと、神壊は悟り、袋を受け取って頭を下げる。
ゼロはそんな神壊に「ちゃんと連れ帰れ」と一言告げると、バイクを回し、そのままゴーグルをかけ直しながら去っていった。これであっちは大丈夫だと、神壊はあと少しの所にある喫茶店を目指し、再び足を動かす。
数分後、たどり着いた喫茶店は、多くの客で溢れかえっていた。
「あ、神壊さんお帰りなさい!」
料理とドリンクが乗ったトレーを手にしたありすが、二人を出迎える。「どうしてペットちゃん抱えてるんです?」と不思議そうな彼女に「いろいろあって……」と零した神壊は、「リーダーは?」と彼女に問うた。「奥にいますよ」とだけ告げ、ありすは品を運ぶためにその場から去っていく。
神壊はペットを抱えたまま、カウンター内にある厨房へ。そこで調理中のイリアと蓮を見て、「リーダー」と組織のまとめ役の呼称を口にする。
「はいはい。なに?」
蓮は見事な手さばきでフライパンを操りながら、神壊に言葉を返した。
「リーダー、帰還中襲われた。カエデたちがその場に残り応戦中。ゼロさんと途中であったから応援要請頼んだ」
「え、まじ? ってことはもしかして……うげっ、やっぱりトーク来てた!」
片手でスマホを取り出し確認した蓮が、火を消してから厨房の奥へ。そこに備え付けられた隠し扉を開き、中へと入っていく。神壊と、床におろされたペットもその後を追った。
厨房にある隠し扉は、喫茶店営業中等に使うための、アジトへと続く隠し通路である。これはエレベーター式ではなく階段なため、結構な段差があったりする。
長い階段を降り、蓮の後を追い娯楽室へ。そこでテレビを見たり、本を読んだり、ボードゲームをしたり、好き勝手している者たちを見て、蓮は「きんきゅーじたーーーーい!!!!!」と叫んだ。ビクリと、室内にいた者たちの肩が跳ね上がる。
「今現在大通り二丁目の交差点で第四班が交戦中! ゼロが応援要請を受け救援に向かったとの事! 敵の数はわかっていないが多数であることは確認できている! 第二班は至急救援に向かい、第三班は敵の情報を調査! なにかわかり次第すぐ僕に伝えて! はい、レッツゴー!」
パンパンッ、と叩かれた手に反応し、皆はすぐに動いた。軽く返事をして見せた彼らが消えた娯楽室の中、蓮は佇んだままの神壊たちを振り返ると、「二人は休んでな」と声をかける。
「なにか分かったら連絡するから、テレビでも見てるといいよ」
言って「僕は仕事に戻るから」と階段を駆け上がっていく小柄な背を見送り、二人はそっと顔を見合せた。そして、徐にスマホを取り出し、ペットの安全を確保出来たことをカエデに送信。息を吐く。
「……訳分からないです。皆してなんなんですか」
ペットがボヤく。
「皆仲間を助けたいんだよ」
返した神壊に、ペットは不服そうな顔を向けると、やがてプイッとその整った顔を逸らすのであった。
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