09.班と役割

 



「……ん、んぅ……」


 短く声を上げ、モゾリと動く。そうして柔らかなベッドの中で目を開けば、視界に映ったのは見慣れぬ部屋。

 白を基調とした、清潔感溢れるそこはまるで病室のよう。だというのにしっかりと同色の家具や雑貨が置かれているため、病室ほどの寂しさは感じられない。


 ペットは重い体をゆっくりと起こし、目元を擦った。そして小さく欠伸を零すと、昨日蓮から貰ったスマホを持ち上げ軽く操作。表示された時刻を確認し、悩ましげな眉毛を軽く寄せる。


 ──12:45。


 表示されていた時刻はそれだった。


「……寝すぎた。ワタシとしたことが……」


 これでは早朝ドッキリバッタリ大作戦が終わってしまったでは無いか(もちろんゼロへのアプローチである)。


 ペットは深く嘆息し、ベッドをおりて衣装ダンスの方へ。その扉を開け、中にかけられていた自分好みの服を手に取り、それに腕を通す。


 選んだのは黒いワンピースだった。彼女を象徴する赤いリボンの着いたそれは、襟と、僅かに裾から出たフリルが白いだけであとはシンプルなデザインとなっている。同色の帽子も白いリボンが着けられているが作りは至ってシンプル。派手じゃないのが好ましい。


 衣服を着替えたペットは最後にロングブーツに足を通すと、室内の姿見で己の姿を確認。その場でくるりと回り、悩ましげに笑ってみせた。


「ペットちゃんかわいい」


 自画自賛である。




 さて、朝の支度は終わった。後は愛しのゼロを見つけ出しついでに仕事内容を聞かねばならない。

 というのも昨日は疲れているだろうからこのまま休めと言われて言葉通りにおやすみしたのだ。故に仕事について細かい話を聞いていない。大体は先見の明のお陰で知り得ているのだが、やはりこういうのは実際に聞かねば始まらない。


 ペットは部屋を出て白い通路を彷徨いた。

 あっちへ行って。こっちへ行って。ぐるっと回って、一旦停止。キョロキョロと周囲を見回し、サッと青ざめる。


 ──迷った。


 彼女の頭はその一言で占められていた。


「迷った……迷ったというんですか? このワタシが? 最高にかわいいこの、ペットちゃんが? 何故? 何故迷った? 先見の明こういう時仕事しないのほんとどうにかしてほしい」


 悩ましげな眉をこれでもかと下げ、ペットはその場で蹲った。

 これからどうするか。どうすればいいか。

 悩みながら頭に指先を当て、ウンウンと唸る。

 するとどうだろう、脳内にとある景色が映り込み、そして──


「あ、ペットちゃんじゃん。何してんの?」


「れれれ、蓮くんっ!!!」


 救世主現れり。

 ゼロじゃないことがほんの少しだけ悔やまれるが、まあそこは仕方がないとして諦めておこう。


 ペットは蓮の傍に寄ると、「ココは広すぎます! 迷路のようです!」と声を荒らげた。荒げられたそれに目を見開いた蓮は、すぐに笑顔を浮かべると「ごめんごめん」と笑ってみせる。


「暫くは誰か起こしに来させるよ。さすがに組織内で迷って野垂れ死なれても困るしね」


「舐めないでください。野垂れ死になんてしません」


「言葉の綾だよ」


 よし、ご飯食べに行こう、と気を取り直すように彼は告げた。にこにこ笑顔の彼の様子に安心したのか、ペットはこくりと頷くと歩き出した彼を追ってエレベーターの方へ。共に店へと上がっていく。


「ご飯は食堂で食べないんですか?」


 ふとした疑問。


「皆店で食べる方がいいんだって。食堂は夜食とか以外ではあんまり使わないよ」


 返された答えに、「そうですか」と頷いた。



 ◇◇◇◇◇◇



 上がって来た店内には、昨日より人がいた。見るだけでもカラフルな頭が何ヶ所かに見受けられ、子供やら大人やら、多種多様な姿が確認出来る。


「まだお店は開いてないから君も寛いで大丈夫だよ。ほら、あれなら大好きなゼロの所にでも行ってるといい」


「お気遣いありがとうございます」


 そんなゼロさんはどちらにいらっしゃるのだろうと、周囲を見回すペットを助けるように、蓮は店の奥を指さした。指し示された場所には、窓から離れた席がぽつんと一つ置かれている。

 見たとこ4人がけの席のようだった。黒いテーブルを挟み存在する黒い丸椅子が、向き合うように並べられている。そしてそこには3人の人影……。


 一つは昨日目にしたありすという少女の、一つはペットの探し人、ゼロのものだった。

 相も変わらず美しい白髪に黒曜石のような瞳を持つ彼は、黒いV字のシャツに黒いパンツを履いている。シャツの上には深緑色のコートを羽織っており、それが妙なアクセントとなっていた。左耳に着けられた、羽のような大きめのピアスが、彼が動く度に僅かな動作で揺れている。


 そんなゼロの前方、そしてありすの隣、見覚えのない人物がいた。外に出ていないのか、やけに肌の白い男性だ。真っ黒な瞳に真っ黒な髪を持つ彼は、左の顔を前髪で隠してしまっている。まるで世界の半分を見たくないと言っているようだと、彼女は思う。


 髪や瞳の色と同色の衣服に身を包み、それらを丈の長い白衣で軽く覆った彼は、恐らく昨日聞いた博士なるものなのだろう。それっぽい見た目の人はこの場には彼しかいないし、多分そうであろうとペットは勝手に自己解決。蓮に頭を下げ、ゼロの元へと駆け寄った。


「ゼロさん!」


「ん?」


 呼び掛けに反応して振り返ったゼロ。揺れる白髪が美しいと思いながら、ペットは滑り込むように彼の隣に腰掛ける。


「お隣、いいですか?」


「「いやもう座ってるし」」


 ありすと男のツッコミは無視した。


「別に構わないが……」


「ありがとうございます。ところで、こちらの方は?」


 礼を言って、視線を黒い男へ。黒い男はその視線と質問を受け、にこやかに笑んでみせる。


「ドール第一班、黒鈴です。皆さんからは博士、なんて呼ばれています」


「愛玩用ですか? 殺戮用ですか?」


「それ聞いちゃいます?」


 やだー、とわざとらしく両頬を抑えた男、黒鈴は、そのまま視線をゼロへ。「聞かれてますよ、ゼロ」と適当に話を投げてくる。


「俺か? 俺は知らない」


「ゼロさん最強のドールですもんね。ぶっちゃけ兼用だったりするんじゃないですか?」


「顔もいいですしね、ゼロ。やだ破廉恥ー」


「破廉恥ー」とありすも頬を抑えた。ゼロは首を傾げながらも2人の真似をした方がいいと判断したのか、己も両頬を抑えている。

 その姿に、ペットが胸を抑えて軽く呻いた。と共にどこかで同じような呻きが上がる。


 どこで上がった。


 ペットは素早く周囲を見た。


「で、こちらのお嬢さんはどちら様で?」


 話題を変換せんとペットについて問うてきた黒鈴に、ペットは静かに名乗ってみせる。そして一礼。おはようの挨拶を口にし、席に備え付けられていたお茶セットにて麦茶を汲んでくれたありすに感謝した。


「……あの、私も蓮くんの言う組織に入ったのですが、具体的には何をやればいいんでしょうか?」


 ふとした疑問。


「ペットは先見の明を持つんでしょ? なら未来視が主な仕事じゃない?」


「そんな簡単なことでいいんですか?」


 キョトンと首を傾げたペットの前、熱々のオムレツが置かれる。顔をあげれば、そこには鋭い目付きの女性。

 短くも、片目を隠した金髪。鋭さを見せる赤い瞳。

 今目の前に置かれた料理が本当に、この女性から出されたものかと疑いたくなるくらい、料理と見た目のギャップがありすぎて軽く目眩を覚えた。今すぐにでも問いただしてしまいたい、あるいはそんなことがあるのかと叫び出してしまいたい気持ちを抑え、ペットは素早くゼロを見た。ゼロはそんなペットを見返している。


「……この人はイリアさん。喫茶店の料理人で、ドール第二班所属」


 見つめ合う2人に助け舟を出したのはありすだった。呆れたと言わんばかりの視線でゼロを見る彼女は、「ありすちゃんたち仕事人には各自班が決められてるの」と話を続ける。


「第一班が博士たち万能チーム。第二班がイリアさんたち特攻チーム。第三班が葵さんたち情報チーム。第四班が神壊さんたち潜入チーム」


「説明ありがとうございます」


 きちんと礼を述べ、ペットは次にイリアと呼ばれた女性に視線を移動。「ご飯ありがとうございます」と頭を下げれば、「おう」という短い返事を返され、そして踵を返され立ち去られる。


 なんだったんだろう……。


 ペットは思わず考えた。


「イリアはああ見えて子供好きなので、ペットには何もしないでしょう。寧ろ少しワガママを言うくらいが、可愛がられるポイントではないでしょうかね?」


 各席に運ばれる料理を視界、黒鈴は手を合わせた。そして、運ばれてきたドリアに匙をつける。アリスもパスタに手をつけ、ゼロは山盛りのサンドイッチを手に取った。それを見て、ペットもオムレツを食そうと匙をとる。


「皆、食べながらでいいから聞いて。今日の仕事だよ」


 聞こえた蓮の声に、自然と顔はそちらを向いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る