08.等価交換
死。死。死。
死とはなんだろう。
男は考える。
己の顎に手を当て、軽く小首を傾げたゼロを横、ペットは「死にます。死にます」と繰り返している。傍から見たら末恐ろしい光景だ。現に呼ばれてやって来たこの店の店長である小柄な少年は、うへぇ、と言いたげな顔を浮かべている。
「あ、リーダー……」
と、ゼロが彼に気がついた。リーダー、と呼ばれた少年は、凄まじく嫌そうな顔から一転、接客時のようなにこやかな笑みを顔に貼り付けると、「こんばんは!」とペットに寄った。ペットは警戒するようにゼロの後ろへ隠れている。
「と、ごめんね。怖がらせちゃったかな? 僕はここの店長で蓮って呼ばれてる者です。君をここへ連れて来るようゼロに頼んだのも僕なんだけど……」
「……助けてくれた人?」
「そう。そうそう」
少年、蓮は頷いた。それはもう嬉しそうに。
ペットはそんな彼に危険はないと判断したようだ。そろりとゼロの背後から顔を覗かせると、蓮を一瞥。ペコリと頭を下げ、今度はきちんと彼の前にて佇んだ。
「助けてくれてありがとうございます。ペットといいます。愛玩用ドールです」
「愛玩用、ね。確かにかわいいや。でも、そういう自己紹介はやめときな。変なオジサンに手出しされるのは君だって嫌だろう?」
「愛玩用なので特になんとも」
「こりゃ徹底的に作られた感じかな……」
困ったように告げ、蓮はまあいいやと言葉を切った。そして、「ついておいで」とペットを導きカウンターの中へ。ペットは素早くゼロの腕に己の腕を絡めると、そのまま蓮を追ってカウンターの中へと入っていく。
「え? なに? 君たちそういう関係?」
「? なにがだ?」
「君ってばそういう奴だよね。いいよもう。聞いた僕が馬鹿だった」
折角の楽しい話が砕け散ったと肩を落とした蓮は、カウンター内にあるエアコンのパネルを操作すると、ペットたちの傍へ。「下へ参りマース」と陽気に告げ、共に動いた床に飲み込まれるように下がっていく。
どうやら、蓮が操作したのはエアコンのパネルではなく隠しエレベーターのなにかだったようだ。いや、でもアレはどう見てもエアコンのパネルだった。ということはつまり特定の操作をせねば動かないような仕組みのものらということだろうか。
「これはウチの優秀な博士が作った装置でね。本人曰く不良品なんだけど、まあ重宝してるっていうかなんていうか……あ、博士っていうのは引きこもりの男の人で、名前は黒鈴っていって──」
話していると、ガタンッという音とともに地下へ到着。青い電灯で軽くライトアップされたそこから出れば、広がるのはまるで施設のような白い空間。真っ直ぐに続く道と左右に何ヶ所か曲がり角のようなものが確認出来る。パッと見ただけでもここが相当の広さを持っているのは明らかだ。ペットはさり気なくゼロへ身を寄せた。
「ココは僕たちドールの隠れ家。今日から独り立ちするまで、君の家でもある場所だ。迷うと悪いから、暫くは誰かとここまで来てね。今から案内する部屋は皆もう分かってるから、聞けば教えてくれると思うよ。一部以外」
その一部は誰なのか。そこにゼロは含まれているのか。
ペットは真剣に考えた後にこくりと一度頷いた。
その様子に満足気に笑った蓮は、「とりあえず適当に案内するね」と歩き出す。
「ここが食堂。奥に調理場があるよ」
「ここがトレーニングルーム」
「保管庫」
「実験室」
「風呂場」
「娯楽室」
「あとここから先が各自の私室ね」
バン、バン、バン、と開け放たれては閉められる扉に、中にいた者たちも驚きこちらを向いていたが蓮はその全てをスルーし案内を終えた。最後にペットの部屋だと案内した部屋の中、彼は「必要な物があればなんでも言って」とにこやかに笑う。
「部屋は他にもいろいろあるけど、まあウチで仕事する人以外は知らなくていいかなって感じだから知らなくていいと思うよ。知りたかったら都度教えるけど、進入禁止の場所もあるから注意してね」
「……」
「じゃあ僕はこれで。まだ店の仕事があるから戻るよ。後のことはゼロに聞くなりなんなり──」
「ワタシ、役に立つと思います」
はた、と蓮は言葉を止めた。そして、じっと己を見てくる赤二つを静かに見返す。
「ワタシには先見の明がある。先読みの力がある。未来視できるこの目がある。役に立たないことはないと思います」
「……つまり?」
「仕事をさせてください」
ペットは言う。元々それを目的として、自分はここに来たのだと。
「もちろん愛しのゼロさんにお会いすることも目的でした。しかし一番の目的はここに来て、ここで衣食住を得て、その為にここで仕事をする事です。タダ飯食いなんてワタシのポリシーに反します。やっていただくならこちらもそれ相応のモノをお返しする。当然のことと思われますが」
「……見返りは求めてないんだけど、まあ君がそこまで言うんだったら……」
蓮は頬をかくと、やがてこくりと頷いた。そして片手を前へ。にこやかに笑う。
「じゃあ、君をウチで雇おう。改めてよろしく、ペットちゃん」
「はい、蓮くん」
よろしくお願いします、と頭を下げる。そんな彼女は、俯きがちに、小さく笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます