06.闇オークション




 人間とは、業の深い生き物だ。


「さあ、皆々様! 大変お待たせいたしました! 今宵の目玉商品、あのドールより愛玩用に特化した人形! 赤いメイデン! その名をペット!」


 聞こえる声に促されるように、少女は幕から現れる。真っ赤な髪を背中に垂らし、無表情を突き詰めたような、なにも感じられない顔をして。

 舞台の上でライトアップされた白い、小さな体。男を知らぬ無知なるそれに、観客の目が一心に注がれる。


「ペットは非常に優れたドールでして、その赤い目には先の未来が読み取れるとされています! どんな未来も、彼女は予知する! まだ男を知らぬ体には、今後たっぷりと愛撫と快楽を与えてやれば、彼女も忽ちに夜の女へと変貌を遂げることでしょう!」


 司会者が声高らかに叫び、そうして片腕をあげた。そして一本立てられた人差し指に、観客の声が静まりいく。


「ペットは高級商品! 故に一……一億から始めたいと思います!」


 ざわりと空気がざわついた。いきなりの高額に異論を申し立てる声が響く。

 彼女はそれを、どこかぼんやりと眺め、そうしてぐるりと視線を動かした。なにかを探すようなそれに、気付く者はだれもいない。


「あーあー、観客の皆様が異論を申し立てる気持ちもわかります。ですが、ですがですね! このドールは至高の作品なのです! ご覧ください! この赤々と燃えるような赤い髪を、すべてを見通す赤い眼を! 愛らしい顔立ちはまさに天使のよう! まだ発されていない声はあまぁく蕩けるような音を持ちます!」


 このような愛玩人形、寧ろ億を出せないなら手にいれることすら申し訳がないのでは?


 煽るような一言に、一人の客が手をあげた。

「二億!」と叫んだそれに続くように、波紋を広げるように、声が数字を叫んでいく。


 十億、二十億、二十五億、三十億……。


 後先を考えていないように上げられる値に、司会者は満足そうな顔をしている。少女はそれを尻目、つい、と視線を、己の後ろへと動かした。薄暗い幕の向こうに、誰かの姿が確認できる。


「……きた」


 少女の一言と共に、「ゼロ」と静かな声がした。

 一体何事かと振り返った司会者の視線の先に、黒い瞳を持つ、白髪の男の姿が写り込む。


「あ? なんだお前は?」


 司会者は怪訝そうに眉を寄せた。


「今ぜろ……零と言ったか? この競売でなんだその戯れ言は。勝手に舞台に上がった挙げ句、そのような値……お前にはオークションに参加する価値もない」


 さっさと失せろと言われた男は、その台詞に反するように一歩前へ。少女を見て、小さく頭を下げる。そして──。


「おい! 人の話を聞いて──」


 不法に登場した男を摘まみ出さんと一歩前に出た司会者の頭部が、直後、半端な形で吹き飛んだ。音をたて、ごろりと転がった彼の頭が、この場に再び静寂というものを連れてくる。


「ゼロ……俺の名だ」


 男は言って、少女の肩に上着をかけた。そして、少女の目元に片手をあて、そっと瞼を下ろさせる。


「ここから先は、見なくていい」


 こくりと頷いた少女は、自然な形で耳を覆う。瞬間、頬を掠めた小さな風に、少女はにっこりと、満足そうに微笑んだ。

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