04.殺戮者

 



 殺すという事に戸惑いはない。

 人の肉を裂くことも、血を浴びることも、別に気にはならない。

 どうせ全て忘れ去ることなのだ。ならばどんな事をしたって許される。


 そう、許されるのだ──。



 ◇◇◇◇◇◇



 チラホラと氷の礫が舞い落ちる寒空の下、銀色の髪が揺れていた。高いビルの屋上。渡り歩くように駆けているのは、一人の小柄な少年だ。


 腰下まである銀髪が、特徴的な少年だった。無感情な、薄い青の瞳に雪のように白い肌を持つ彼は、首元に水の色をしたマフラーを巻いている。

 纏う衣服は白。ズボンは灰色。白い衣服はどこか中華のような雰囲気をまとうデザインとなっている。


 まるでパルクールをするように軽やかな身のこなしでビル間を移動していた少年は、あるビルの上でその動きをピタリと止めた。そして、覗き込むように、まだ明かり灯るビルを見下ろし、ふん、と鼻から息を吐き出す。


「ここのようですね。……神壊(しんかい)さん、お早く」


「わりわり。ちょっと柵につまづいて落下しかけ──うおあっ!?」


「……なにしてるんですか」


 ビルの縁に捕まるように落ちかけている、赤い髪に赤い瞳の男。焦げ茶のバンダナを頭に巻いた彼は、所謂お仲間というやつだ。

 そんなお仲間を見下ろし、少年、爽華(そうか)は呆れたと言わんばかりに嘆息。何事も無かったように彼から目を逸らし、ビルの屋上──その出入口へと視線を向ける。


「あそこから侵入できますね。潜入特化の第四班、仕事ですよ」


「あの、それ言う前に助けてもらえませんかね……?」


 ぶら下がったままの男、神壊は弱々しくも言った。そんな彼に「嫌です」を返し、爽華は素早く出入口へ。神壊が「まってー! やだー!」と叫んでいるのも無視してその扉を引き開く。


「おわ!?」


 声が上がった。驚いたようなそれに素早く動き、相手の首に手刀を落とし気絶させた爽華は、グタリと倒れた男を確認。その顔がリストに載っていた顔だと悟り、「探す手間が省けましたね」なんて言って彼を屋上へ引っ張り出す。そして、雑に男を放り蹴り転がした後、その懐からスマホを取り出し、それを這い上がってきた神壊へと投げ渡した。神壊は飛んできたスマホを慌てて受け取る。


「ちょっ、危なっ!?」


「コイツのスマホです。残りの標的(ターゲット)を誘導可能かもしれません。操作は任せます」


「あー、爽華機械系苦手だもんな。たまにトークで誤爆してスタンプ飛ばしてくるのめちゃくちゃおもしろ──あ!? やだ!? 刀向けないで!! 危ない危ない!!!」


 チャキリと引き抜かれた、錆のない一本の刀。鋭さを持ち合わせたそれに思わず己を抱き込んだ神壊は、無言の圧力を向けてくる爽華から身を引くと、すぐさまスマホを確認。慣れた手つきで画面を操作し、トークアプリを開いて標的を探す。


 残り一名の標的は、わりと簡単に見つかった。顔写真をアイコンにした彼に「勇気あんなぁ」なんてボヤきながらトークを送信。『やばい! 屋上に来てくれ!』というなんともシンプルかつ定番な偽文章を送り、二人は身を隠して暫し待つ。


 待つこと数分。彼はやって来た。

 屋上の扉を開け、やや気だるげにやって来たその人物は、そこに倒れた同職の男を見て瞠目。慌てたように駆け寄り、その体を揺り起こす。


「おい! おい泡瀬! なにがあった!? 誰にやられた!? どうして俺を呼んだんだよ!!??」


 プチパニックである。


 このまま様子を見ていても面白いが、仕事が進まないためそれはやめておこうと、二人は動いた。気づかれぬよう隠れていた場所より身を出した彼らは、素早く喚く男に近づき、その首をへし折る。


 ごきり。


 嫌な音を立てて男の首が折れ曲がった。そのまま悲鳴を上げる間もなく絶命した男を切り刻み、持ってきていた鞄に詰め込む。そうして二人は、もう一人の男を担いで移動。とある中小企業に赴くと、裏のルートから社長室へと侵入。驚く社長に一つの遺体と一人の男を差し出した。


「おお! 仕事が早いな!」


 社長は笑った。そして、鞄の中身を確認し、悪どい笑顔に。「はっ、ざまぁみろ」と吐き捨てると、次に眠る男に近づきその頭を蹴り飛ばす。


「起きろ! おい! この!」


 ガスッ、ガスッと蹴られる男。しかして一向に目を覚まさぬ彼に、「殺したのか?」と社長は二人を見た。二人は首を横に振る。


「気絶させただけです。殺してはいません」


「そーそー。そもそも契約は一人殺害、一人無傷で捕獲だったし契約違反になるようなことはしねえって。俺ら仕事には厳しいもんで」


「そ、そうか。なら眠っているだけなんだな。それならいい。ふん。ふん」


 鼻を鳴らし、社長は奥の壁に存在する金庫を開けると、そこから一枚の札束を取り出した。そしてそれを机に置き、「もう下がっていいぞ」と偉そうにふんぞり返る。


「……契約金にしては少ない気がしますが?」


「勝手に気絶させて目を覚まさないようにされたんだ。そりゃ減額されたっておかしな話じゃないだろう? うん?」


「おーおー、俺ら相手にマウントとりますか。おっさん命知らずだなぁ」


 ケラケラと笑う神壊に、社長は鼻を鳴らした。そして、「お前らは依頼者を大切にすると聞いている」と吐き捨てる。


「依頼者を大切にするなら減額しても文句は言わんだろう? そもそもそちらに非があるのだからな。お前たちには何も言えないはずだ」


「……お客様は神様ではありません」


「は? ──ぎゃっ!!!」


 いつの間に近くに来たのか。手にした刀で社長の腕を突き刺した爽華が、冷え冷えとする視線で彼を見つめる。あまりの痛みに涙目の社長は、か細い呼吸を繰り返していた。


「契約違反は困ります。それにその態度、気に食わない。自分が劣等した下等生物だということを理解し得ないバカにこれ以上付き合うのは面倒だ。なので、大変心苦しいですが、お前のことは始末しましょう。なに、死んでしまえば何も残りません。お前が積み上げてきた栄光も、名誉も、全て水の泡と化す。ご苦労さまですね」


 刀を引き抜いた爽華に、社長は待てを発した。だが、それよりも早く跳ねられた首が、ごとりと音を立てて床を転がる。虚しいほどの静寂に包まれた部屋の中、神壊が「お見事」と手を叩いた。にこやかな彼に、爽華は目を向けることなく金庫へ。それを切り刻み、中身を取りだし袋に詰める。


「めぼしい物はいただいて帰りましょう。なに、どうせ残された財産は政府に吸い取られる。ならば俺たちがいただいても問題はないはずです」


「ふっは! 見事なまでの悪役だな」


「何を言いますか。俺たちはそもそも悪役でしょうに」


 善人なんて一部しかいませんよ、と吐き捨てた彼は、一通り屋内にあった宝を回収すると、最後に倒れた男を一瞥。未だ動かぬ彼が僅かに青ざめているのを見ながら、目を細め──刀を抜いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る