03.知らない顔

 



「浅田さん!」


 会社内。呼び止められた女性は振り返った。そして、不思議そうに、駆けてきた同僚を見やる。

 同僚は一枚の新聞記事を握っており、「コレ見て! コレ!」と、浅田に手にしたそれを突きつけた。


「『ウチの会社の服着た死体写真』が三枚ネットにバラまかれてたんだって! しかもその写真の出処はわからないみたい! どうしてウチの会社の服着てたのか、もしかすると彼らはこの会社の役員だったんじゃないかって話は持ち切りよ!」


「へえ、そうなんだ……」


「あ、反応うっすーい!」


 頬を膨らます同僚に、苦笑い。「ちょっと他に悩むことがあって……」と浅田は告げる。


「悩むことって?」


「うん……貯金してたお金、消えちゃって……あ、言い方悪かったね。使った覚えはあるんだけど、何のために使ったか、それが思い出せなくて……」


「ええ……それやばくない? 騙し取られたとか?」


「うーん、どうだろ。でも不思議と悪い気はしないんだよね。焦りとかもないの。多分、必要な出費だったのかなぁ、とは思うんだけど……」


 でもやっぱりモヤるよね、なんて笑い、浅田は新聞を一瞥。『見覚えのない』人物の顔写真を見てから、「死って不思議だね」なんて笑って見せた。


「死ねばこの世には何も残らない。新聞に載らなければ、生きてた証も残せない」


「私はそれでいいと思うけどな。死んでまで生きてた証が残るなんて恥ずいじゃん」


「そういう考えの人もいるにはいると思うけど……でもさ、なんか怖くない?」


「というと?」


 不思議そうな同僚に、浅田は告げた。


「怨まれて殺されても、それすらわからないってことが、ちょっと怖いな、私」


 死んで痕跡が残るなら警察も動くだろうが、実際この世界ではそれが出来ない。つまり、例え他殺だとしても犯人を割り出せないということだ。


 同僚は少し考え、確かに、と頷いた。そして、「まあ浅田さんは大丈夫っしょ」と朗らかに笑う。


「浅田さんいい子だもんね! 怨まれることなんてないない!」


「どうかなぁ。どこで怨まれてるかなんてわかんないよ」


「ネガティブすぎ! もっとポジティブに行こうよ! あ、そうだ! 今日合コンなんてどう!? 浅田さん好みのイケ男、この前見つけたんだよねぇ〜!」


「えー!やだー!」


 クスクスと笑い合いながら、交わされる会話。そこから弾き出された死者たちの話題は、音もなく、消え去っていた。

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