第2話 ずっと君になりたかった
部活のない日だったので、ホームルームが終えてすぐ帰宅しようと思った。
カバンを持って二階の教室から下駄箱まで降りて、靴を取り出す。その時、後ろから騒がしい足音が聞こえて声がかかった。
「おーい。あ、やっぱり! 如月くん、だよね?」
「うん、覚えててくれたんだね」
先日、公園で会った橘だった。どうやら僕の顔を覚えていて声をかけてくれたようだ。
「帰る方向、同じなら一緒に帰らない? 友達が引っ越しちゃってさ、帰り道ぼっちなんだよ」
身振り手振りで感情表現豊かに、橘は笑いながら話す。初対面の時もそうだったが、表情がコロコロ変わるし、よく笑う子だと思う。
「……わかった。途中までになるけど」
少し返事に躊躇ったのは高校生くらいだと、男女二人で帰ろうものなら気が多い奴らに噂話をされるから。でも、橘には何も悪気はないようだったし断る理由が思いつかないし、まあつまり僕は流されやすいタイプなのだ。
案の定、二人で学校を出ると、周りからちらちら見られている気がした。橘はマイペースなのか、あるいは本当に気づいてないのか気にも留めない様子だった。
「――そうだ。コンビニでお菓子でも買って寄り道しよー。できるなら如月くんと仲良くなりたい! 時間大丈夫?」
思ったことはすぐ口に出すタイプなのだろうか。仲良くなりたいと照れた様子もなく言われてこちらが照れそうになる。でも、一緒に帰る話と同様に、橘から悪意は一切感じなかったものだから流されるまま了承した。
コンビニではいつもと同じようなものを買った。個人的に甘いものはあまり好まないので、塩系か辛い系、カカオの多いビターチョコなどを買う。
彼女は対照的に、甘そうなグミを買っていた。お小遣いが足りないのだろうか、値段を比べては少し悩んでいた。
やはり夕方の公園は人が少ない。昼間は小さい子が遊んでいるのだろうが、ちょうど家に帰る時間になるのかもしれない。それか、元から人が少ないスポットなのか。
誰もいないのをいいことに、僕らはブランコに座る。幼児用にできているからか少し小さく感じる。
お互いに菓子を開けて、一息ついたところで橘が口を開いた。
「質問なんだけど、貴方は何か趣味ってある?」
別に変な質問ではないが唐突だったので、何を答えたらいいのかわからず黙ってしまった。すると、橘は慌てて補足する。
「あっ、急にごめんね? お互いを知るには趣味の話とか、いいかなって」
「えっと、こちらこそ黙ってごめん。趣味は……」
趣味といえば、あるにはある。他人に言っても面白くないのではないかと思って数少ない友人にも話してはいないが。話せないのは、馬鹿にされるのが怖い小心者なのもある。
少し言い淀んでいると、なぜかそこは察しが良かったようで、橘は言葉を選ぶようにしながら話し出した。
「んー。何か困らせちゃったみたいだけど、趣味の話は、楽しく話してもらえたらどんな趣味でも馬鹿にしないよ。何かに熱中できることが、とてもすごいことなんだと思うけどね」
そう言って屈託のない笑顔を見せた。マイペースなのかと思ったら、気づいたら人の懐に入っているような、不思議な子だと思った。だからなのか、なんとなくこの子になら話していいかもと思った。
「趣味は詩を書くことかな。あんまり他人に話したことはないけど。全然本格的なものではなくて……日記に近いかも」
橘は驚いたように目を見開いたかと思うと、急に大げさに口角を上げて何か素晴らしい宝物を見つけたような顔をする。僕はその表情に見惚れてしまう。
「詩かぁ――すごく、すごく素敵だと思うよ。そういうのってさ、心を形にする行為じゃない? ねぇ、心が言葉になる瞬間ってきっと綺麗だよ」
そう言ってとても綺麗に笑う。彼女の言葉こそが透明だった。
僕の詩なんかよりずっと透明で、僕はずっとそれに触れていたかった。
思えば僕はずっと君になりたかった。
君はこの本の中で生きているのだろうか。 春野糖花 @harunotouka2
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