12-①
「じゃあ昨日のレポート回収するから前から回してね〜」
朝礼が始まるや否や、宿題の回収が始まった。……完全に忘れてたわ。せっかく早く起きたのに。なんで思い出さずに本読んでたんだ。もう、雄太くんってばおっちょこちょいなんだからっ!とソロ三文芝居を打ってから、ちらりと梨紗の方をみる……とこちらを凝視していた。うぅむ……これは完全にバレてますねぇ……。紙回しちゃってたし、写させる気もなさそうですね〜……。はぁ……。
「忘れた人は用紙渡すから、放課後に書いて提出してから帰るように!」
一通り集め終えた里穂ちゃんが人差し指を立てて言う。せんせー何説明されたかわかりませーんとか叫んでる向こうのバカは見なかったことにしよう。俺も覚えてないが。
今日中に書けばいいよねうんうん。記憶を頼って適当に書こう。出まかせを書くのは超得意なので。世の中は存外優しくできているんだ。みんなが俺に微笑んでいるに決まってる。ルールルルッルー♪今日もいい天気〜♪
心の中だけ日曜日の午後六時半になったところでふと冷静になってしまった。もちろん、いつもこんなにテンションがおかしいわけじゃない。まぁ原因もお察しの通り……いや、少し違うかな。右隣がこちらを向かないとか、終始微笑みをたたえてるとかそれの方がまだマシだったとすら思えてくるからこんなことになっている。
大きくため息をつきながら右側を見遣る。朝礼を終えて、一限がもうじき始まるというこの時間に至ってもまだ、その席はぽっかりと空いたままだった。俺のこの一ヶ月弱の記憶が定かなら、相原は朝礼に遅刻したことはなかったはずだ。俺らと登校していた時は言わずもがなだし、それ以前は俺が教室に着く頃には、必ず席に座っていたと思う。
それが昨日の今日でこれだから気になるってわけ。授業も上の空で、大体そっちの方を向いた。大層呆けた顔をしていたらしく、昼休みに俺の席へやってきた隼人が見せてきた画面には、半目で口を重力に任せて開いている俺の顔を見て思わずげんなりしてしまった。うわ〜……あほくせえ顔してるわ……。一緒に見ていた歩は必死に笑いを堪えていて(←顔真っ赤にしてて可愛い)、梨紗は携帯に転送してもらって(←多分おもちゃにされる、怖い)、隼人は写真を見るたびに吹き出して(←どついた、ウザい)いた。てか盗撮すんな盗撮。こいつ俺が寝てる時も写真撮ってくるんだよね。おねんね松ちゃんじゃねえっつの。そんな名前のフォルダを作るな。
それで午後の授業も似たような感じで過ぎていき、今は終礼後の閑散とした教室。俺と隼人が並んで企業見学のレポートもといレポートを書かされている……とは言っても机に座らされてからかなりの時間が経つが机の上にまします提出用紙様はまだ半分以上が余白。必死に捻り出した記憶も底をつき、ここ二〜三〇分はにらめっこ状態が続いている。うーん、このままじゃ埒があかねえ。ダメ元で隼人に聞いてみるか。案外いろいろ覚えてるかもしれん。
「なぁ隼人」
「おうなんだ雄太」
「俺昨日企業の人が言ってたこと何も覚えてないんだよね。お前何か覚えてないか?」
「ふっ愚問だな我が友よ……。俺が遅れて入ったのを忘れたのか?覚えてるも何も、そもそも俺はほとんど何も聞いてないんだなこれが!」
「そうだった……」
自慢げに胸を張り、俺に見せてきた紙はは半分どころか三行ほどしか埋まっていなかった。しかも『里穂ちゃんに怒られて嬉しかった』って……。ダメだなこりゃ。絶対再提出だろそれ。
「てことでなんも思いつかん。ガハハ‼これが破滅ってやつでござr̶̶ ビシィッ!!!
「隼人くん早く書いてね?今日は部活始まるの遅いとはいえ、部活ちゃんとあるからね?」
最後まで隼人が言う前に机に竹刀が叩きつけられた。恐る恐る竹刀の先を見れば、額に青筋を立てた歩が笑顔で立っている。いや、笑ってるのは口元だけで、目が一言でも言い訳したら首切るぞ?口動かす前に手動かせ?お?なめんな?と語っている。こっわ……歩こっわ……これからは怒らせないようにしよ……。
梨紗はといえば我関せずと言わんばかりの涼しげな顔で本を読んでいた。律儀に俺が終わるのを待ってくれているらしい。……やっぱり友達いないのかな。
「余計なこと考えてないで早く書き終えて」
「「お、押忍……」」
二人して天敵に監視される羽目になっていた。とっとと書き終えてしまおう。再び机に向かってペンを持つ。そういえば人をダメにするクッションがあったな。あれで仕事をするノウハウを教えてもらいたい。自分はあのクッションを使って効率的に仕事をできるとは思えないので、将来は自由度の高い企業ではなく拘束してくる企業に就職するか、より放任な個人事業を行うことを所望する。あ、それと彼女は拘束してこない娘がいいです。
などとつらつら書いていくうちに、ようやく規定されていた最低ラインに達しかけていた。ふう……。出まかせを書き連ねていくのは俺の数少ない特技と言っていい気がしてくる。この調子で残りも書き上げてしまおう。
どうやら隼人は俺よりも少し早く終わっていたようで、いそいそと荷物をまとめていた。後ろでは歩が竹刀でつんつんつつきながら急かしている。心なしか楽しそう。どうやらギリギリ部活前に終わったらしい。よかったなぁ打ち首にならなくて。てか何を俺よりも早く書き終えたんだ?里穂ちゃんへのラブレターだろうか。絶対に再提出くらって欲しい。
「よし準備完了だ、待たせたな歩!」
「ほんとに待ったよもう〜……。罰として今日は素振り一〇倍ね」
「そんな殺生な⁈」
部活へと急ぐ二人。あの調子だと本当にいつもの一〇倍やらされるんだろう。これからも歩は怒らせないと誓いました。いやほんとに。とレポートの最後に付け加えた。これで必要な文字数は満たしたし、大丈夫だろ。……いやぁ、これ俺も再提出くらいそうだなあ。
まぁその時はまたなんか考えよう。俺は刹那に生きるんだ、と思い直してすっと席を立つ。
視界の隅に入った空はもうかなり暮れていて、グラウンドの方からは練習が佳境に入ったのであろう運動部の掛け声が聞こえる。この時間まで教室で課題をやりながらそれとなく来るんじゃないかと期待していたものの、流石にこの時間まで来なければ今日は来ないのだろう。これから毎日来ないなんて事はない……と思いたいが、実際のところはわからん。とりあえず信じて待つしかなさそうだ。ハチ公かよ。
職員室は二階にあるせいで梨紗を連れ立って帰るついでに提出、というわけにもいかない。誰だよ、二階に作ったやつ。一階に移動しろ。まぁ愚痴を垂れてもどうしようもないので、とりあえず職員室までこいつを出しに行ってこよう。
「梨紗、これ出してくるわ」
「わかった。待ってる」
梨紗に軽く断りを入れてから教室を出る。終礼が終わってしばらく経つと校内は閑散としていて、ぺたぺたと俺の上履きがたてる音がよく聞こえてくる。少し暗くなったにしろ電灯をつけるほどでもないこの時間帯、階段は逢魔時の名前に相応しく不気味に暗い。そう、怪談だけにね……。いやこれはつまらんな、などと思いながらいちいち電灯をつけるのも億劫なので階段を駆け上がり、足早に廊下を抜けた。
職員室に着いて、里穂ちゃんの姿を探したがどうやらどこかに出払っているらしい。まぁ机の上置いとけば大丈夫だろう。里穂ちゃんの机の上にレポートを置いて、軽く一礼してから職員室を出た。道中の教室は時折明かりがついていて、談笑が漏れ聞こえてくる。そういえばもうじき中間テストだったか。また梨紗に英語教わらないと…。その時には彼女も一緒だろうか。なんて理想を勝手に描いてしまった。とりあえずはもう一度関係を修復するところから始めないといけないんだけど̶̶
「ですから、その二人はなんの関係もありませんから。何かするなら私だけにしてくださいませんか」
階段を降りようとしたその時、不意に声が微かに聞こえてきた。それはあまりに唐突で、思わず幻聴なんじゃないかと自分の耳を疑った。。だってその声は、今日学校に来ていない彼女の声なのだから。それでも、その声は言葉を紡ぎ続けていく。どうも誰かと口論しているらしい。俺は思わず足を止めて、耳をそばだてた。
「確かに私の投稿の中から学校を特定し得るものは多かったかもしれませんがそれが先輩方にとってどんな損害になったとお考えなのでしょうか?」
「いやそーゆーんじゃないっしょ?なんてゆーの?下級生がそーゆーのやるのってちょっとチョーシ乗ってね?先輩としてはオキューを据えてあげないといけないじゃん?あーしはなんでもいいけどあんたとその周りにはわからせないといけなくない?」
「だからその貴方のおっしゃる周りに心当たりがないと言っているんです。私がしたことには落とし前でもなんでもつけてくださって結構です」
どうも会話を聞くに相原が話しているのは三年生らしい。俺のところまで聞こえてくるし二階の教室だな……。ということはさっき通った教室のどこかか。確か三年生の教室もいくつかあったはずだ。というかこいつらは一体なんの話をしているんだ?そーゆーのってどういうのだよ、指示語使うな指示語。
俺は静かに元来た道を引き返した。階段のすぐ横の教室から声は聞こえてくる。他人の会話を覗き見ることに多少の後ろめたさを覚えながら、そっと教室の中を覗いた。背後から忍び寄る黒ずくめの組織の仲間とか来ませんように。幼馴染の西木梨紗の父親は探偵やってないので居候坊主にはなれません。
明かりの付いていない教室には斜陽が射しこみ、薄闇に覆われた教室の中に朱色の陽だまりを落とす。どうも扉に背を向けている女子生徒が数名、その奥の女子生徒を取り囲んでいるらしい。後ろ姿からも分かるくらい派手な格好をしている。金髪って校則違反じゃねえのかよ。対して窓に背を向けている方も顔は逆光で影になり、視認することはできない。ただ、夕陽が照らしたその髪が透き通るような琥珀色だと分かった瞬間に、俺は心臓を誰かに掴まれるような思いがした。徐々に動悸が早まって全身から嫌な汗が吹き出してくる。そんなはずはない、お前は今日学校に来ていないはずじゃないか。と自分に言い聞かせた刹那、その盲信はいとも簡単に瓦解した。
「相原さん?さぁ、年功序列って知ってる?あーしたち別にあんたのことはキョーミないけどさー、チヤホヤされてるの見るとイラつくわけ、わかる?」
派手女たちの中央に立つ頭領格と思しきやつが苛立たしげに腕を組む。言葉の端から刺々しさが見え隠れしている。いや論理もへったくれもないなこいつの言い分。聞いてるだけで苛々してきたわ。対して相原は毅然とした対応を続けている。
「それはもう十分わかりましたから。私にやりたいことがあるならいくらでもなさってください。別に私は先生に言いつけたりもしませんから」
「チッ、その態度がウザいんだっつーの。やっぱこいつの友達の黒髪の子とかつるんでた男とかの方にちょっかい出した方がよくなーい?」
同調する配下数人とは逆に、相原は顔を俯ける。表情は窺い知れないが、今の話で全てが氷解した。どうして突然距離を置いたのか。あの日メッセージにはなんと届いていたのか。心のなかに蟠っていたもどかしさがすっと消えていった。なんだよ、そういうことかよ。
きっとあの日、彼女のもとに届いたのはこいつらの誰かが送った脅迫じみたメッセージで、なおかつ俺とか梨紗に危害を加えるだのなんだのと書かれていたのだろう。それで、相原は俺らは関係ないって言い張って自分にだけ何かさせようってわけかい。
アホかあいつ。何考えてんだ。友達出来たことなさすぎだろ。もどかしいことしてないでとっとと俺と梨紗を頼れよ。ふつふつと怒りに近い感情が沸いてくる。これは絶対にあいつにぶつけてやらないと。また一つ関わる理由ができたわ。
ドア越しに見ている俺のことなど知らずに、なおも二人(とその取り巻き)態度の応酬は続いていた。相原はすっと前に歩み出て、強気な態度で言葉を発し続けている。
「とりあえず私にやりたいこと全部やってください。二人にはどうか何もしないでください」
「へーえ、言うじゃん。とりあえずこいつの髪長くてジャマだから切ってあげよーか?キャハハwあーしやっぱテンサイじゃね?ねー誰かハサミ持ってるぅ?」
「ウチ持ってるよ~。はいゆーみ」
「おーやるじゃーん!じゃあ今からユメコちゃんの断髪式はじめm̶̶̶̶ 「やめろ」
ハサミが相原の髪にかかる直前、俺は教室のドアを開いてつかつかと歩み寄って左手でハサミの刃を握っていた。正直ちょっとカッコつけすぎたかなと思う。勢いでハサミの刃掴んだけどマジでいてえしこれ手のひら切れたろ……。ただ、それがあまり気にならず自分のそんな気障な所作を許してしまうくらいには感情が高ぶっていたことに違いはない。俺は自分が傷ついてもいいと思ってしまうくらいには、あの流水のように清く美しい長髪が切られてしまうのは嫌だったし、悪意だけに満ちた空間にこれ以上彼女を晒したくなかった。
「なん、で、ここ、に……」
ちら、と後ろを振り向くと啞然とした表情の相原がいる。そりゃそうだよな。突然知り合いに入って来られたらビビるよな。今回ばかりは本当にたまたまなんだけれど、それはおいおい説明してやろう。いやそれだといつもは恣意的みたいだな……。着替えを見たのもたまたまなんですよ。ほんとに‼
「やめろつってんだよ、人を傷つけんのがそんなに楽しいかよセンパイ」
自制しているつもりはあったんだけどそれでも自然と語気が強くなってしまった。
ハサミを持ったゆーきだかゆーかだかは一瞬の困惑ののち俺を誰か認識したらしく、一周まわって魅力的とすら思えてしまいそうな嗜虐的な笑みを浮かべた。
「え~なに~?王子様登場って感じ~?ずっとカッコよく登場できるところを待ってた感じ?wうっそやだマジうけるんデスケドw」
そう言いながら俺の手からハサミを引き抜こうとする。ちょおまえばかマジやめろよそれほんとに痛い。痛みで顔はさぞかし歪んでいることだろう。あ、やべえ視界が滲んできた。それでも何とか必死にこらえて、言葉をひねり出す。
「ちげーよ、そいつ曰く俺とそいつは無関係なんだろ。俺はただ職員室にようがあった帰りにたまたま見かけちまっただけだよ。人がいじめられてんだからほっとくわけにもいかんだろ」
「あ?何それマジでキモい。てかウザい。ちっ、しつけーな……放せっつーの……」
ギャルは俺の自己満足に溢れた弁をいっそ清々しいほどに拒絶する。それから、いつまでたってもハサミを手放そうとしない俺にイライラが募ったのか、次第に蹴りなどが入ってくる。痛い!痛いです!ここに高校生がいます!!!!いや股間はやめろ股間は。マジで容赦ないな。
などとギャルとくんずほぐれつしているうちに俺の手がハサミから離れた。力を込めていた腕が唐突に離されたことで、ギャルは体勢を崩す。それに伴って俺の身体もいくつかの机を巻き込みつつ投げ出された。金属が床に落ちる重々しい音が、教室中を盛大に駆け巡る。これはラッキースケベあるのでは…?と手の感触を確かめてみたが感じるのは床の冷たさだけ。そりゃまぁ逆側に倒れ込んだからね。仕方ないね。
てか痛え…。どうも今、転んで手をついた拍子に手首をひねったらしい。実にツイてない。
冗談はさておき、いつまでも痛みで転げまわっているわけにもいかない。俺はネイマールじゃないんでね。それにアドレナリンが出ているのか、我慢できないほどの痛みではない。ふと左手をみれば血まみれになっていた。えぇハサミすご……。これ後で絶対痛いやつだな……と思いつつ何とか立ち上がり、軽く服についた埃をはらう。ギャル集団を見回すと、あからさまに動揺の波に飲み込まれていた。
「げ、ヤバくね?こんだけ大きい音出したら職員室まで聞こえね?」
「セン公達来るくね?」
「逃げんべ?」
一人が逃げたのを皮切りの次から次へと教室からわらわらと逃げていくギャルたち。うーわ、小物くせー……。そしてお約束のように聞こえる先生の怒鳴り声。あの声は体育科の誰かだったかな。今頃は黒ジャージにサンダル姿で彼女らを追いかけているんだろう。教室に残されたのは、俺と相原と頭領格の派手女だけ。はっはっは。これで形勢逆転だなあ⁈
「なんなんだしあいつら!!!!!マジ調子乗んなよ!!!!!」
ボスが一人むなしくキレている。明日校内の窓ガラスが割れてたら多分こいつのせいだろう。知らんけど。目いっぱい偉ぶってこいつに接すれば勝てるぞ、これ。そのさみしげな背中に大声で声をかける。
「まぁ今ここで観念して消えてくれれば何もしないでやるよ?教師にも言いつけないでやるよ?この辺が年貢の納め時だぜ?おん?どうする?お?お?」
「…………………チクショーーー‼‼‼覚えとけよこのクソガキ‼‼‼‼‼」
ボスはこちらを振り向いて吐き捨ててから、大急ぎでドアを出て行った。いやー、いかにも負け犬くさい。一周周って才能すら感じる。これで合計二週周っちゃったな。
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