5

相原の秘密が俺にバレたその週の日曜日、俺は自宅前で待ち合わせをしていた。四月も半ばを過ぎて、朝でも春の陽気が十分に感じられるほど暖かい。

「おはよう雄太」

「おう、おはよう」

相手はもちろん梨紗で、無論いつぞやの買い物……とついでに昼飯とパフェを奢る約束を果たすためだ。流石の俺も女の子との約束を忘れるような人間じゃない。余裕を持って家の前で待ってた。

いつも学校がないときはパーカーにジーンズくらいの男友達と危うく間違えそうになる(以前この話を梨紗にしたら殴られた。服は変わらなかったけど)ラフな格好をしているけど、今日の梨紗は若草色が基調となったチェック柄のワンピースを着ていた。いかにも春らしい服装に俺は思わず息をのんだ。正直ちょっと見惚れた。どうしちまったん?こいつ。

「い、いつもの服装じゃないんだな」

「うん、今日は二人でお出かけだから」

ちょやーめーろーよー!『二人きりでお出かけ』と改めて口に出されるとなんだか恥ずかしくなってくるじゃん……。登下校もいわば二人きりでお出かけだろうがよ。梨紗の口調もいつもより柔らかくて優しい。俺は気を取り直して、深呼吸を一つしてから仕切りなおすことにする。

「ちゃんと似合ってるぜ。んで、どこいくんだ?」

「ありがと。ららぽーと行こうかなって」

ふぅ〜なんとかいつも通りに戻れたぜ。それにしてもららぼーとね。まぁでも千葉で女の子が買い物といえばららぽーとかイオン幕張新都心だよな。知らんけど。津田沼周辺も悪い選択じゃないが、わざわざ約束して行くようなところではない。ヘイトじゃないよ?一番近くて好きなの津田沼だし。

「それじゃ行くか」

「ん」

俺と梨紗はバス停に向かって歩き出した。空気は暖かいけれど、その合間を縫って吹く風は依然涼しい。もうしばらくすればこの風も暖かくなっていくだろうか、なんて気を紛らわせようと平日には通らない道を見ながら思った。

バスで駅に向かい、そこから電車に揺られること数駅、南船橋駅に到着した。ららぽーとの辺りは賑やかだけど都会ではないと思う。ちなみに俺の思う千葉三大都会は千葉駅周辺、船橋駅周辺、津田沼駅周辺だ。近年できたイオン幕張新都心はこちらもバカでかいショッピングモールなのであって都会ではないというのが俺の見解。まぁこの自説には特に意味がないけど。柏駅周辺?あれはどっちでもないです。

駅を降りてから歩くこと少々、俺らは目的地のららぽーとに到着した。流石に日曜日なだけあって、結構な人数がいる。

「おー……」

俺は思わず感嘆の声をあげる。ガキの頃は両親に連れられて車でよく来たもんだが、中学上がったあたりからめっきり来ることは減ったからな、来るのは結構久しぶりだ。梨紗の家族とうちの家族で行ったことも幾度となくあったはずだが、梨紗と二人は初めてじゃね?

「雄太……」

梨紗は不安そうな顔をして、俺の袖を控えめにきゅっと掴んできた。そういえばこいつ人が多いところ苦手なんだよな……。借りてきた猫みたいだぜ。いつもこうだったら……それはそれで張り合いがなくて困るからやめてもらおう。俺は甘んじて梨紗の行動を受け入れた。まあまあ恥ずかしいけれど。

「へいへい、そんでどこから回るんだ」

「……服、見たい」

「りょーかい」

俺は梨紗を先導して人混みに入っていった。

「梨紗は結構ららぽーと来るのか?」

「あんまり。ママとたまに」

「まぁよく来るようなところでもないか」

てか広いな……。さすがららぽーと日本最大面積。イオン幕張新都心もイオンの中で最大面積店舗だよね。なんならコストコの幕張倉庫も日本のコストコの中で最大面積である。千葉県土地余りすぎだろ。

俺も梨紗もあまり口数は多くないので、移動中に話すことなんてそこまで多くない。こういう時気の利いた言葉をかけられりゃ俺もモテるんだろうが……まぁ無理だ。それに、俺はこの距離感が嫌いじゃない。付かず離れずというか……互いにいい感じに無関心というか……なんだか言葉にしにくいな。いつもならこういう時に俺はスマホをいじったり、時には本を読んだりするけど今日はしない。いくら気の置けない幼馴染とは言っても、女の子と二人きりで出かけてる時にそんな無粋なことはしないさ。

何はともあれなんとか梨紗のお目当てだったらしい、いくつかの店を回って夏物の服を見て回った。途中で目当てのものも買えたようで、久しぶりに梨紗は機嫌のいい顔をしている。俺?俺は梨紗が見ている間、店の外で大人しくしていた。梨紗もこんなのが彼氏とは思われたくないだろうし、そもそも店員さんの俺を見る目に耐えられなかった。クソ、あいつら人をストーカーだか変質者だかだと思いやがって……。まぁいい。俺は気を取り直して店から出てきた梨紗に聞いた。

「そろそろ昼飯食うか」

「うん。おなかもうぺこぺこ」

こいつがぺこぺこなんて表現を使うとは……。今日の梨紗は本当に機嫌が良いらしい。俺とのお出かけがそんな楽しみだったのかな。違いますね。欲しい服買えたからですね。わかってますよ。……しかし、機嫌が良い時の梨紗は贔屓目抜きにしてもとても可愛い。いつもこうだったらいいのに。怒らせてるの俺だけど。俺はそんな可愛い幼馴染から少し目をそらしてたずねる。

「何食いたい?」

「高級中華」

「もう少し財布に優しいものでお願いします梨紗さん」

「ふふっ、冗談。雄太に任せる」

おぉう……そう来たか。ラーメン……はダメだな。ハンバーガー……は論外。ここはギリギリ財布が死なない程度にオシャレっぽそうなイタリアンで行こう。

「ここなんてどう……かな?」

「いいよ、別にラーメンでもハンバーガーでもよかったけど」

梨紗は微笑みながら頷く。どうやら俺の考えはバレバレだったらしい。……にしても今日のこいつはなんかいつもと雰囲気が違う。目つきに釣り合わない可愛らしい服を着ていやがるからだろうか。なんとなく梨紗をチラチラ見てしまうし、それに気づかれるのがちょっと恥ずかしくて(きっと梨紗はそれに気づいてるんだろうけれど。俺も梨紗がチラチラ見てきたら気づくし。)、俺は照れ隠し半分で叫んだ。

「心を読むな!」


パスタ一つでラーメンが二杯ほど食える値段のイタリアンでバッチリ財布の中身を削られたところで梨紗は買い物を再開した。今日の俺はラーメンを四杯食ったことになる。いや、食ったことにする。ふゥ〜〜〜〜。

まぁいいんだ。いつも世話になってる、怒ってばっかりの幼馴染にお礼ができて笑顔が見られるんならそれくらい安いもんだ。

午後はウィンドウショッピングが中心だった。午前中梨紗が買ってたのと同じようなやつでも、値段が倍くらい違っててすげえびっくりしたわ。なんか服ってよくわかんねえなぁ……。

「雄太も何か服買えば」

「ご冗談を」

梨紗の提案に対して、俺は大げさに肩をすくめた。自慢じゃないけど俺は普通の高校生だ。そして世の男子高校生、ましてや二年生の初めの方なんてマトモな服を持っちゃいねえ。そもそも興味がねえ。平日は制服だしな。ユニクロ万歳。

「ユニクロもあるよ」

「マジかよ、守備範囲広いな流石ららぽーとさん。……だからなんで心読めちゃうのさ。まぁ欲しい服とかないし服とか買ったら破産するからな。俺はいいや」

「そ」

「で、他に回りたいところは?」

「あと一つかな」

「了解、じゃあそこ行くか」

俺らが最後に向かったのはアクセサリーショップだった。梨紗は鼻歌交じりに見て回っている。どうやらこの店は男子用もあるらしい。俺は興味本位で梨紗の後ろについて覗いてみることにした。ふむふむ……。おっ、このブレスレットとかちょっとかっこいいな。値段は……高ェ〜……。マジかよ。これ一個で一万五千円もすんの?俺は見たことのない世界に直面して戦慄した。ユウタの知らないアクセサリーの世界。俺の中でのアクセサリーは優衣が昔買ってたセボンスターのアレで止まってる。断じてタバコではない。お値段なんと税別一五〇円。なんとチョコまで付いてくる。超お得だぜ。

「う〜……」

俺が恐怖で冷や汗をかいている間、梨紗は隣でうんうん唸っていた。

「なんか欲しいもんあった?」

「あることにはあるけど、今日買うのは無理そう」

そう言いながら梨紗はペンダントを見ている。値段は……七六〇〇円。高いな。横の三日月型のヘアピン?みたいなやつの方が似合うと思うんだけどな……。俺にはよくわからんな……。とは言えないので、わかったような顔をして頷く。

「なるほどねぇ……」

「安心して。買ってもらおうとは思ってない」

「おい」

ちょっと梨紗ちゃん。お店でそんなこと言わないで。店員さんが「ハッ、ヘタレ彼氏がよ」って顔でこっち見てるから。

「次来た時にまだあったら買おうかな」

そう言いつつ梨紗は店の外に出た。

「さてと、じゃあ……」

「パフェ、食べに行く」

「わーってるよ」

さて、財布の中身は足りるかな……などと頭の中で勘定しながら店の中に入り、俺と梨紗はようやく腰を下ろした。注文を済ませてから一息つく。なんだかんだ結構歩いて疲れたな……。やがてパフェが運ばれてきた。俺?フッ、アイスコーヒー飲んでるよ。ほんとはお茶の方が好きだけど大抵コーヒーのほうが安いよな。ちなみにアイスティーを飲んだらバスに乗れないし、パフェを食ったらここから歩いて帰ることになります。金欠は一〇円単位で破産の縁をさまよいがち。

「それで」

ひとしきりパフェを食べ、残りも少なくなってきたところで梨紗が改まる。なんだ?

「雄太は何に悩んでるの」

「ぶっ⁈」

俺は盛大にアイスコーヒーを噴き出す羽目になった。

「なんの話だ?藪から棒に」

「今日の雄太心ここに在らずだった。こういう時いつも何かに悩んでる」

は〜……幼馴染眼はすごいな、そんなところまでわかってしまうのか……。つってもなぁ……。

「今回に関しては本当に心当たりがないんだが……」

「じゃあ私が当てるからこっち向いてて」

え、言動でそんなとこまでわかるの?メンタリストRISAさんかよ。梨紗は真っ直ぐ俺を見据えながらゆっくりと質問した。

「家族のこと」

「違う……と思う」

「学校のこと?」

「うーん……」

「女のこと」

「うー……ぐぇっ⁈」

いきなり胸ぐらを掴まれて変な声が出た。なんだなんだ⁈何が始まるんです?第三次世界大戦?いや違うけどね。

「どういうこと雄太」

「何が⁈」

「今女のことって聞いた瞬間に目が泳いだ。悩んでるのは絶対にそれ」

「えぇ〜……」

俺は必死に記憶をあさる。女……女……うーんと……。

「あ」

っべー……確かに一つだけ心当たりがあるな。

「早く話せ」

「わかったから……梨紗さん……そろそろギブです」

「チッ」

梨紗は舌打ちをして俺を解放し、苛立たしげに座り直してから足を組む。ふぅ〜〜……。死ぬかと思ったぜ。絞め技まで上手いとはな……。グレイシー一家なのかしらん。俺は呼吸を整えながらこの話の開始地点を探す。なにしろ一歩間違えれば梨紗に殺されかねない。なにせ俺がこれから話そうと思ってるのはもちろんどこぞのメンヘラ女の話だからな……。

相原に口止めされているんだけど……まぁ、あいつにはあとで謝っておこう。それに梨紗なら口外すまい。する友達おらんし。というか言わなきゃ俺が殺される。黙秘苦手すぎるな。将来の夢から国家公安は消しておこう……。安室さんになりたかったのに。

 とりあえず共有情報の再確認から始めるべきだな、と思いつつ話を切り出す。

「前に『ゆめこ』ってアカウントの話があったろ?」

「ツイッターの女はやめとけってあれだけ言ったの覚えてなかったの」

やっべ……開始地点を間違えたらしい。早々に俺は特大の地雷を踏み抜いてしまった。一瞬にして鬼の形相になる梨紗。怒髪天を突くという表現がまさにふさわしい。目つきの悪さも相まって女装したヤクザみたいだ。女装したヤクザを見たことはないけれど。

「ちょッ……待ってくだひゃい梨紗さん‼︎お願いだから‼︎」

幼馴染の怒りに恐怖を感じて噛んでしまうとは情けない限りだぜ……。いやでもほんとに怖いんすよ……。

「弁明の余地をあげる」

梨紗の指ははひっきりなしに机をコツコツとリズミカルに叩く。目つきも悪くなっていく。将来は検察か刑事さんかな……?

「いや〜それが止むに止まれぬ理由で『ゆめこ』さんに鉢合わせてしまったというか……実は知り合いだったというか……」

「はァ?」

こっわ!梨紗ちゃんこっわ!ちびるわこんなん!

「その〜なんていうんですか?あの……隣の席の相原さんが実は『ゆめこ』だってわかってしまったというか……」

「で?」

「いや、他に言うことはないけど……」

「嘘。今のはどうでもいいこと。他にもっと悩んでることがある。……どうでもよくないけど」

「最後聞き取れなかったわ、いまなんて言った?」

「と、とにかく!他に何に悩んでるの!」

やれやれ、幼馴染さんの目はどうにも誤魔化せないらしい。俺は諦めて全部を話すことにした。俺は化学実験をやむなくサボってしまった時の相原との会話を思い出しつつ梨紗に話す。ひとしきり説明し終えてからアイスコーヒーを一気に煽る。苦ぇ。飲み干したグラスの底では溶け始めた氷がからんと音を立てた。コップの底に残ったわずかなコーヒーが、溶け出した水で薄められて徐々に茶色へ変わってゆくのを眺めながら、梨紗の返答を待つ。

「ふーん、で?」

「なんつーか……無視できなくてさ。」

思ったより淡白な返答で、若干拍子抜けした。これまで散々こういうのに引っかかってきたからいくら知り合いだったとはいえ烈火のごとく怒られると思ったんだよな。まぁいいや。俺はぽつりぽつりと自分の意見を言葉で紡ぐ。こういうのはあまりやらないからなんだか小っ恥ずかしい。そんな俺の言葉を梨紗は何も言わずに、優しく(そう信じたい)聴いてくれた。

「SNSにどっぷり浸かってる俺が言うのも変な話だけどさ。相原が寂しいと思ってたのはきっと嘘じゃないと思うんだ」

「雄太は、どうしたいの」

お見通しかよ。俺は一呼吸おいてから言った。

「まぁ、ちょっとばかし助けてやれねえかな〜とか思ったり……思わなかったり……」

俺の声は尻すぼみに小さくなってゆく。だってしょうがねえだろ!目つきがどんどん険悪になってくんだよ。梨紗は俺の目をもう一度見据えてから、諦めたように大きなため息をついた。

「はぁ……雄太は本当にお人好し」

「ばっかお前そういうのじゃねえよ。……だいたい二人で出かけてる時に他の女の子の話されてキレて帰らないお前の方がよっぽどお人好しだっつの」

「なッ……バカ‼︎」

「えぇ〜?」

せっかく褒めたのに梨紗は頰を紅潮させている。ここ怒るところじゃなくねえ?梨紗は目線を落として、空になったパフェのグラスに付いているクリームをスプーンですくいながらぼそっと呟いた。

「まぁ……いいんじゃない」

珍しく梨紗からの肯定を頂いた。ありがたき幸せ。いぇすまいまじぇすてぃー。

「ただなぁ……」

「今度は何」

「いやぁ、こういう時どうすればいいのかわかんなくてさ」

「そんなの知んない。自分で考えれば?バカ。もう時間遅くなってきたし帰る」

梨紗はおもむろに席を立った。腕時計を見てみれば、もうすでに四時半を回っていた。

「そんな殺生な〜……。あ、でももうこんな時間かよ。結構話しこんじゃったな」

「……今日は最後以外良かった」

「へいへい、ごめんて。じゃあ帰るか」

「……うん」

俺と梨紗は立ち上がって店を出た。相原の件は自分で考えてみることにしよう。梨紗に頼ってばかりなのもだめだしな。かくいう梨紗は帰り道も駅にたどり着くまで俺の袖口をちょこんと引っ張り続けていた。どんだけ人混み苦手なのこいつ。

ちなみに家に帰ってから財布の中身を確認すると、茶色い硬貨が二枚だけだった。俺の脳内計算機も案外捨てたもんじゃないな……。はぁ。

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