6
翌日から俺は相原と仲良くなろう作戦を発動して、こまめに挨拶する仲になった。進展してないって?うっせーな。俺のこと明らかに警戒してるんだもん。ちなみに、これを始めてから梨紗の機嫌も悪くなった。これが四面楚歌というやつである。梨紗は仲間だと思ってたんだが……まぁいい。正確には二面だし、前の席の歩は話しかけてくれるおかげでギリギリ活路を見いだせているからな。
そうそう、相原を観察し始めてからわかったことがある。相原も友達がいない。休み時間はずーっと本を読むかスマホをいじるかしてるし。てか眼鏡取ればもっと明るくなって友達もできると思うんだけどな。まぁ、これくらいの観察をしていると左隣の人からの扱いが雑になってくるわけで。最近は左腕がチクチクします。
そんな作戦を始めてから二日経った水曜日、俺は放課後教室でだべっている時に里穂ちゃんに呼ばれた。
「あ、良かった、まだいた〜。松島くん。ちょっと教員室まで来てもらっていいかな〜?」
「え?まぁいいですけど」
「じゃあ行こっか〜」
「お、おぉ?」
里穂ちゃんは俺の腕をとって強制連行した。ここまで強引とは珍しい。
教員室の、里穂ちゃんの机に到着するとそこにはなんとびっくり、相原がいた。相原もなんだかびっくりしたような気まずいような顔をしている。あいつ今超小声で「ほんとに来ちゃった……」って呟かなかった?
「相原?なんでまたー」
そこまで言いかけてから、身体測定の記憶と、金曜日の記憶が蘇る。俺の体はにわかに震えだした。こいつまさか俺が言いふらすのが怖くて改めて処分を下してもらおうと里穂ちゃんに談判したのか……?
「ま、まさか……俺退学になんの……?」
「なんの話?」
里穂ちゃんは何も覚えてなかったらしい。てことは別の話?なんだろ。
「実はね、企業見学の話なんだけど……」
里穂ちゃんは唐突に企業見学の話を始めた。確かあれは月曜に本調査の紙を渡されて、今日提出だよな?班行動あるって言われたから俺は隼人と歩と梨紗と組んで出したはずなんだけど……名前でも書き忘れたかな。
「相原さんも松島くんの班に入れてもらえないかな〜?」
「は?」
相原が俺の班に?なんでまたそんな突拍子も無い話が出てきたんだ?
「相原さんだけ提出まだでね?友達と一緒に行けば?って聞いたんだけど……」
そこで里穂ちゃんは相原の方に目を動かす。相原は見るからに「やらかした……」という顔をしていた。……ふむ。なんとなく読めてきたぞ。
「で?相原はなんて答えたんです?」
「一番仲がいいのは松島くんですって」
ふぅぅぅぅ〜。大きく息を吐きながらこめかみを抑える俺に、里穂ちゃんは友達に掃除当番の交代を頼むように、手をすりあわせて俺を拝み倒す。
「お願い!相原さん、自宅を企業見学しますって言って聞かないの!」
この前見た⑥、自宅ってのは見間違いじゃないってわけかよ……。しかしまぁ、相原には思うところもある。それに、俺には里穂ちゃんを困らせて悦に浸る趣味はない。
「はぁ……まぁ、いいですよ」
「ほんと?ありがと〜‼︎」
里穂ちゃんはぱぁっと顔を輝かせて微笑んだ。守りたい、この笑顔。この笑顔なら向こう一〇年は焦る必要はないかもしれん。
「じゃあ俺はこれで。……行くぞ相原」
「え?なんd」
「問答無用だ」
「う……はい……」
俺は悪さをした猫のように縮こまった相原を連れて教員室を出た。教室までの道を歩きながら、俺は相原に聞いてみる。
「それで、なんでお前俺の名前出したんだ?」
「いや〜それが私友達いなくてさ〜。パッと直近で話したクラスメイト思い出したら松島くんだったんだよね〜」
なんともヘラヘラした笑顔で言い訳をする相原。お前なんかキャラ変わってね?俺の頭の中の相原はもっと清楚でお淑やかなんだが。構わず相原は続ける。
「でも、私自宅以外は企業見学なんて行かないから、安心してね松島くん!」
そんな自信満々に言われてもな……、と思いながらふと俺は先日の梨紗との会話を思い出した。幼馴染に見栄張った挙句、いいんじゃないと言われてしまっては、こちらも行動するしかあるまいよ?それに、ちょうど目の前にいいイベントが胡座をかいて座ってるじゃねえか。
「いや、お前は企業見学に来い」
「は?ちょ、何言ってんの?」
「先週お前、俺が承認欲求を満たしてくれるかどうか聞きやがったな。確かに、俺には無理だ。お前は俺のこと大して好きでもないからな。でも、承認欲求を満たす手伝いくらいはしてやれるだろ」
好きな女の子の名前を呼ぶときに頬の筋肉が硬直してるように感じる時があるだろ?ちょうどそんな感じで、口がうまく動かない。緊張か、それとも失敗の先に待つ社会的死の恐れか、全身から力が抜けそうな感覚を覚えつつ、我ながらなんとも恥ずかしいことを口走っているな、自覚する。
こんな恥ずかしいことを廊下で話せるのなんて、物語の主人公くらいなもんだと思ってたわ。俺もまだまだ捨てたもんじゃないのかもしれない。俺らのラブコメはここからだ!それは打ち切られるやつですね……。もしこれで断られた挙句明日の朝にクラス中に知れ渡っていたら、俺は間違いなく不登校になるか転校するかもしれないけれど。
なんて俺が羞恥心に悶えている間に、相原は目をすがめて、ひとしきり俺の全身を舐め回すように見た挙句、鼻で笑いやがった。
「松島くんがそこまで言うなら話くらいは聞いてあげようじゃない」
くっ……ここで引いてはいけない。俺は意を決して口を開く。
「まぁ、あのあと色々調べたんだよ。承認欲求とかそういう話」
「松島くん、実は結構真面目だね?」
「ほっとけ」
こいつ普通に可愛いせいで、屈託ない笑顔で笑わられるとこっちが目をそらす羽目になっちゃうんだよな……。こほん、と咳払いを一つしてから俺は呼吸を整える。
この前相原と話した日、帰ってから俺は承認欲求云々について調べたんだ。承認欲求っつーのは要するに『他者から認められたい』と願うこと、らしい。まぁなんか上位だの対等だの下位だので色々求めるものは変わるらしいけど。どうあれ確定しているのが一つだけある。俺はそれを相原に告げた。
「相原、俺と友達つくろう」
「……俺と友達になろうじゃなくて?」
「今どきジャンプの主人公もそんなストレートなこと言えねえよ」
バカ正直な主人公って減ってきてるよね。マジ絶滅危惧種。
「承認欲求とやらはどう考えても相手がいないと成立しないもんなんじゃないの?それをSNS以外で満たすには友達とか作るしかないと思うんだけど」
「まぁそうだね」
「てことで友達つくろ?」
「彼氏とかそういう考えはなかったの?」
「なんで俺が自分から言うのは自意識過剰で気持ち悪いと思ってわざわざ言わないでいたのをピンポイントで言っちゃうのん?」
その場に膝を屈する俺。戸惑う相原。だってなんかそういう話したらそれ目当てで近寄ったみたいになるじゃん……。
どうやら俺の心の嘆きは口に出ていたらしく、相原は俺の前にしゃがみ込む。パンツ見えそう。こういう時大抵見えないよね。
「まぁ、松島くんの言いたいことはわかったよ。数回話した女の子を結構本気で心配してくれてるのもわかった。いい人なんだね松島くんは」
くっ……殺すなら殺せ!姫騎士の気分になった俺をよそに、一息ついてから相原は人差し指を立てて、少し偉ぶって言葉を続ける。
「じゃあこうしない?私は一定期間、松島くんの私に友達作ろう計画に乗ってあげる。その期間中に私の心が変わらなくて、友達ができなければそれでおしまい。私はツイッターで承認欲求を満たすし、松島くんはただのクラスメイトに戻る。どう?」
てっきり冷たく拒絶されて明日にはクラス全員に知られて梨紗が俺の母さんに告げるところまで頭の中で進んでいた俺は、相原の想定外のオファーに拍子抜けした。こいつ実はいい奴なのかもしれない……。
「そうだな……企業見学が終わるまでっていう約束でどう?」
俺は立ち上がって、制服の埃を払った。こっちが拒否する要素はもちろんない。
「それで頼む」
「ふふっ、それじゃあこれから約三週間、よろしくね?」
俺は相原が差し出した手を握った。晴れて交渉成立だ。
「さっきと打って変わって嬉しそうな顔してるね。もしかして顔に出やすいタイプ?」
……前言撤回。こいつただのヤなやつだわ。俺は目一杯の反撃をしてやる。
「お前の秘密クラスにばらまくぞ」
「それはあんまりだよぅ⁈」
何はともあれ、俺は相原の優しい(?)言葉でなんとか心を持ち直し、教室に向かって再び歩き出した。
「それで?松島くんは私に何をしてくれるのかな?」
挑発的な笑みを浮かべる相原。黙る俺。まぁ取れる方策とか一つしかないよな。女友達とか梨紗しかいないし。二人の性格が噛み合えばいいけど。
「いずれ分かる」
俺は相原と目を合わせないように、相原を置いて早足で歩く。C組の扉を開けると、俺が連行された時と同じように梨紗と歩と隼人がいた。いや、正確には梨紗は本を読んでいて、隼人は寝てる。歩はこちらに気づくと、にぱっという音が聞こえてきそうな朗らかな笑みを浮かべて俺に話しかけてくれた。あぁ、アヴァロンはここにあったんだ……。
「あ、帰ってきた。雄太くんお帰り〜」
歩の声で俺が帰ってきたことに気づいた梨紗は一瞥をくれて、また本に視線を戻して……ばっとこちらを二度見した。どうしたんだろう。俺は自席に近づき、呑気に我が領土で寝ている隼人をぱこんと一発叩いた。
「ほぁ?」
「ほぁ?じゃねえ起きろ」
「あぁ雄太か……なんで起こすんだよ」
「俺の席で寝んな。荷物まとめるから起きろ」
「ねえ雄太?その後ろの女は誰」
俺と隼人の話をぶった斬った梨紗は、キラウエア火山大噴火間近と言わんレベルにぷるぷる震えている。漫画だったらさぞかし後ろにゴゴゴゴ……と効果音が描かれているに違いない。そんなキレる要素ありました?
「ふーん、そっかぁ……」
その上、さらに面倒なことに何やら相原が含みのある顔をして何事か呟いている。とりあえず変なことをし始めない前に梨紗に相原のことを話しておきたい。
「俺の隣……つまりお前の隣の隣の席の相原だ俺の……うーん……」
「松島くんとはぁ〜いま、訳あって共生関係を結んでまぁ〜す☆」
願い叶わず。こいつやりやがった。うまく説明しようと頑張ったのに。龍の逆鱗に触れるどころかアッパーで打ち抜きやがった。
「あ?殺されてえのか?このアマ」
こっわ……。梨紗姐さんこっわ……。極道じゃん完全に……。こいつのパパただの大学教授なのに……どうやってヤクザ遺伝子発現したんだよ……。
相原はといえば、とっくに俺の後ろに回り込んで、既に半泣きで平謝り状態である。
「やばいやばいマジで殺されるマジでごめんなさいいや本当に何でもしますからぁぁぁぁぁぁ‼︎」
「それで、雄太。この女は」
華麗に無視を決め込む梨紗。俺は龍を刺激しない言葉選びをする。
「あーなんつーかその〜なんか企業見学の班にあぶれたらしくて?俺らの班に入れてくれないか?みたいな?里穂ちゃんが?」
「雄太ダッセー……」
先程の仕返しか、隼人が茶々を入れてくる。うるせぇ。対面してみろ。
「この女が例のね」
どうやら日曜の話を梨紗は覚えていたらしい。俺は頷いた。
「例のって……もしかしてあれだけ秘密にしてって言ったのに話したワケ?」
ぼそぼそと相原が耳打ちしてきた。うっ……痛いところを突かれてしまった。俺が冷や汗をかきながら返答に迷っていると、相原は顔を引きつらせながら軽くため息をついて言った。
「いや……まぁでもあの眼光はしかたないわ……。西木さんだっけ?もしかしてヤのつく自由業の家庭?」
「いや断じて違う」
「そ、そっか……」
若干困惑気味ながらも納得してくれたらしい。この状況を打破するためには……とりあえず撤退しよう。俺は鞄を持ってできる限り明るい声を出す。
「そ、そろそろ帰るか!」
「ぼくもそろそろ部活行こうかな……!」
「あ!やべぇ本当に部活始まる!なんで誰も起こしてくれなかったんだ!」
「いや起こしてやっただろ……」
歩と隼人は実は剣道部である。何回か大会を見にいったこともあるんだが、驚いたことに歩はめちゃくちゃ強い。県大会の上位常連である。二人は大急ぎで準備を終え、ドタバタと教室から退散していった。っておい、なんで俺と梨紗と相原だけを残しやがった。この二人に挟まれながら帰るのかよ……。
二人は何やら目で闘っていた……いや正確には梨紗の目線が相原を蹂躙していた。
「ひぃぃぃ助けて松島くん私殺されるぅゔ……」
相原は助けを求めるように俺の腕にすがってきた。半泣きどころか八割泣いてる。あれほど煽っておいて、何とも情けねえ……。それにしてもおっぱいでっっかいなこいつ。写真では知ってたけど。腕に柔らかい感触が……いやいや待て待て。そんなこと言ってる場合じゃない。何に気を悪くしたのか、さっきよりも梨紗は怒っている。怒りすぎて言葉が出てきてない。
「わ、わたっ……ゆうたにっ……そ、しょんなちかづいたことぉッ……」
「げっやば‼︎」
挙げ句の果てに、相原と梨紗が教室内で追いかけっこを始めやがった。どうも相原は口先の達者さと危機管理能力だけはいっちょまえに備わっていて、他はてんで持っていやがらないらしい。俺はなんとか事態の収拾を図る。
「お、おーいお二人さん?そろそろ帰りましょ?ね?」
……結局、梨紗をなだめて教室を出るのにそこから一五分かかった。
校門を出て、俺ら三人は同じ方向に歩き出した。相原の家を聞いてみればなんとびっくり、我が家のすぐ近くだった。むしろなんで今まで会わなかったのか不思議だ。
「それにしても二人の気が合いそうでよかったわ」
「雄太は私とコレの気が合いそうだと思ったの。目に腐った肉でも詰め込んでるの」
「松島くん、シマウマがライオンに食べられてるところを見て仲が良いと思うのはちょっぴり……ううん、かなり異常だよ」
酷い言われようだ……。でもまぁ、喧嘩するほど仲がいいというし、俺をいじめるところで息ぴったりだし、梨紗が感情を見せることなんて滅多にないんだぜ?こんなことを言うと梨紗はまた怒るし相原も加勢するだろうから俺は心の中にそっととどめておくけど。
「雄太、今日後で雄太のとこまで行くから」
「急になんだ?」
「な、なんでもいいでしょ‼︎」
「えぇ〜……?」
「なにそれずる〜い!私も混ぜて♪」
「あ?引っ込んでろメンヘラ」
相原まで加勢してきやがった。なんか、梨紗さん相原に対するあたり強くね?しかしそんなライオンからの威嚇にも相原はめげなかった。
「いいもん秘密で行くもんね〜」
「わ、私が二四時間体制でお前が来ないように見張る」
「いやちょっと待て。俺の部屋を怪盗vs刑事の戦場にするな」
「雄太は黙って」
「首突っ込まない方がいいよ〜松島くん」
首突っ込むも何もお前らが俺の首元でやりあってんだろうがよ……。それにしても相原がとても生き生きしてる。目のハイライトがいつもの四割増しくらい。あとで痛い目に合わなければいいんだけど。
「とりあえず落ち着いてくれ、今日はもう遅いし今度……そう、週末とかにしよう。な?古来よりサッカーもアウェーゲーム、ホームゲームをどっちも行うし、とりあえず互いの家でバトってくれ頼む」
俺は必死に懇願した。何を隠そう、今の俺の部屋は梨紗が二週間近く来てなかったこともあって、エロ本の隠匿がおざなりになっているのだ。今来られたらヤバい。間違いなく俺は殺される。
「怪しいんだけど」
訝る梨紗。や、やはりここは本当のことをおとなしく話すべきか……?実際部屋に入られるよりは被害も少ないことだろう。主に肉体的な。俺が意を決して梨紗に本当のことを話すべく口を開こうとすると、相原がそれを遮った。
「仕方ないなぁ今日は西木さん家行こ、それじゃあ松島くんまた明日ね」
「お、おぉ……?」
必死に言い訳を考えているうちに家の前に着いていたらしく、相原は梨紗の手を取り、梨紗には見えないように俺に目配せをしてから離れていった。とりあえず助かったぜ……。帰ったら急いで隠蔽処理を施さねばならん。俺は急いで自分の部屋に赴き、仕事を開始した。
……ちなみに後で『そういうのはちゃんと後片付けしようね』と知らないアドレスからメールが来ていた。そういやあの時相原からアドレス貰わなかったんだったな。一応登録しといておこう。にしてもバレてたか……。なんか俺の心を読みがちなやつが多い気がするんだが。そんなに顔に出てるのかな……。
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