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翌日の午前中、俺は惰眠を貪り尽くした。目を覚ましたら一一時半。だって一三時集合って言われた高校生が午前中何するかって寝る以外ない。夜更かしとかしてたら寝坊するまである。
「おはよ〜、って誰もいないか〜」
母さんは今日はヨガだかランチだかに出かけたらしい。机の上に置かれた朝兼昼ごはんのチャーハンを適当に温めてもぐもぐしながら俺はスマホでゆめこさんのアカウントを開いた。新着の投稿には『学校に遅刻しちゃったよ〜』と書かれていた。
「遅刻にしては寝すぎだな、これは確信犯」
適当に独りごちてゆめこさんのフォローを解除……しようとしたのだがまだやらなくてもいいだろう、うん。まだ大丈夫。梨紗は俺を殺さない。
チャーハンを食べ終え、皿を洗ってから身支度をしているとそろそろ出た方がいい時間帯になってきた。さてと、そろそろ行きますか。
今日は体操服以外特に持ち物はないはずだ。俺はバッグの中に体操服を詰めて家を出た。
学校について俺はC組の扉を元気よく開けた。
「おはよー、って早くはないか」
って男子はB組集合なんだったわ、間違えた。俺は教室の中を見る。流石に女子はいないだろうけど、いたらごめん。
「 」
世の中は得てしてうまくいかないものである。○○じゃないだろ、という時ほどそうである時が多い。……要するにC組にはまだ女子がいた。しかもバッチリ着替え中の、口をパクパクさせて顔を真っ赤にした女子生徒が一人。着替え中ゆえメガネをかけていなかったので普段の四割り増しくらいで可愛く見えて一瞬誰だかわからなかったが、あれは多分……相原だ。
「あー……いやすまん、本当にナチュラルに教室間違えた。悪気はなかった。」
謝罪の言葉を口にしながら、俺は彼女のあられもない下着姿をまじまじと見つめてしまった。いつもより露わになった真っ白い肌は、透き通るような茶髪と儚げな調和をなして、触れればたやすく崩れてしまいそうだった。その美しさが教室というありふれた背景と対照的で、より一層際立っている。やっぱメガネかけてないと超垢抜けるなこいつ。めっちゃ可愛いじゃん。胸元にホクロがあるな……てかあの下着この前どこかで……って待て待て、そんな悠長に描写してる場合じゃない。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
相原は当たり前の反応をしてくれた。まぁ普通はそうなる。俺はもうダメだ。父さん母さん、今までお世話になりました。良ければ停学、悪ければ退学かなぁなどと考えているうちに、騒ぎを聞きつけてやってきた里穂ちゃんと、野次馬根性溢れるC組男子が扉の前に集まってくる。
「松島くん、ちょっと……」
里穂ちゃんはビミョーな笑みを浮かべてこちらを見ている。俺はどうするべきかって?そんなの一つに決まってんだろ。ほかに選択肢はない。ひとまずC組から出て、扉を閉める。秘密の花園をクソ野次馬どもに見せてはいけない。そしてシャツの襟を正し、右、左と順に膝を折って、背筋を一直線に伸ばして正座をする。さながら切腹の準備にかかる武士のように美しく、儚く。そして三つ指をついて俺は腹の底から声を出した。
「ほんっと、マジですんませんでしたぁ‼︎‼︎」
……結局誤解だということがわかって、俺は里穂ちゃんに軽くお叱りを受けただけで済んだ。はーよかったよかった……。みんなと比べて若干遅れたお陰でなじられることはなかったが、校門を出た頃には夕方ごろになっていた。校門前にはぽつんと立っている人影が一つ。あれはもしかして……。
「ん?梨紗か。こんなところに立ってどうしたんだ?もしかして俺を待っててくれてー」
「何してんのこの変態‼︎」
待っていたのは合っていたけどどうやらブチ切れに来たみたいだ。今にも噛みつかんとする勢いで梨紗はまくし立てる。待て!こいつどこからその話を仕入れやがった⁈
「違うんだ梨紗!聞いてくれ!話せばわかる!」
「問答無用おおおおおおお‼︎」
本日はアレクセイ・イグナチョフもかくやという鋭い膝蹴りが飛んできた。あっさりKOです。その場に倒れ込んだ。レフェリーがいたらテンカウントの前に試合を止めていたことだろう。その後、梨紗は俺の三メートル前を歩き続け、ついぞ帰り道で口を聞いてくれなかった。
その日の夜、俺は梨紗にメールをで説明をし、許しを乞い、なんとか誤解を解くことができた。まぁ来週の日曜日に昼飯を奢ることで許しを得ただけなんだけど。今月はもう他に何もできんなぁ……。てか梨紗さん、最近俺へのあたり強くない?
「あ、そういえばゆめこさんはなんか投稿してるかな」
言いながら、我ながら懲りない男だと思った。でもまぁ、気になるものがあったら見てしまうのが好奇心旺盛な高校生男子ってもんだと世の高校生男子は頷いてくれると信じたい。
俺は自分のフォロー欄からゆめこと名のついたアカウントを探し出す。
「今日は新しい投稿はしてないのか〜……」
仕方ないので、俺はゆめこさんの画像欄を遡った。いやいや、断じてエッチな写真を見ようと思ったワケじゃない。ほんとだよ?ただ……。
「今日の相原のアレ、やっぱりどこかで見たことある気がするんだよなぁ〜……」
ひとりごちながら俺は自分の記憶を探る。女性の下着姿なんて滅多に見ることはない。あるとしたら秘蔵のエロ本コレクションかツイッターくらいだ。最近は梨紗が頻繁に部屋に来るようになったので、ちょっとばかしめんどくさいところに分散させて隠している。リスクマネジメントってやつだ。だからほとんど持ち出してみることはない。
「となるとやっぱりコレに至るよなぁ……っと、あったあった」
俺は隼人が俺をだまくらかそうとした画像を見つける。胸元のホクロ、艶のある茶髪ロング、そして、やっぱり今日見た下着にそっくりなデザイン。我ながらやっていることが気持ち悪いという自覚が出てきて、それ以上考えることを躊躇させた。
「まぁいっか。他人の秘密を詮索するのもよくないわな」
俺はスマホを充電して、寝ることにした。いつか相原を話す機会があったら話のタネにでもしてみようかな。
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