第29話 - 二人の気質 -

 路地を駆けていく。東の聖堂までは一本道のように見える。

途中トムの寮の前を通過したが、竜騎士の風貌のプロ戦士が到着し、

討伐を行ったようだ。レミの連絡が届いたのだろう。


 徐々に坂道になっていく。多少蛇行しているものの、

幅は10メートルないくらい、緩やかな傾斜が続く。登っていくと、

道は両側の木の高さを超え始め、左右は崖の絶壁になっていく。


 この坂を登り切ったところの終点に聖堂があるようだ。

残り300メートルほどになると、やがて豆粒のように聖堂が見えてきた。

しかし数十メートル手前まで来たところで、一人の少女が向こうを見て佇んでいた。


――あれは? 実戦科の……。


「あ、ごきげんよう、あなたは、教養科のシラユキさん、ですね」


「ごきげんよう……」


 実戦科のイヴ=ステルシアだった。振り向き、透き通った声で挨拶される。

相変わらず淑女感満載だ。次期聖女候補とも言われ、実戦科主席とも聞く。

高い法力を持ち、野外活動ではリーダーも勤め、見事グループを勝利に導いた。


「あなたも呼ばれたのですか? この先に、聖女様がおられます。

 参りましょう」


「え、ええ」


――二美子から聞いた、私を呼んだ相手は聖女様だったの?

 イヴさんも同時に呼ばれていた。


イヴと共に早足で再び進みだす。


「道中モンスターも、多かったでしょう、大丈夫でしたか?」


「ええ。ちょっとトラブルもあったけれど、クラスメイトに助けられたわ」


「そうでしたか、それでは……」




「――ここで死んでくださる?」



!?



 首から下げた中型のロザリオを引きちぎった瞬間、カズハを突きに来る。

間一髪で交わし、バックステップで距離を取る。


「……いきなりね。どういうつもり?」


「クスクス。不意打ちで当たりもしない。聞いていた通り、無駄にお強いのね」



 二人の同じ長い銀髪同士が風になびく。


「あなたに恨まれるようなことがあったかしらね?

 この学院に入る前忍びをやっていたときに何かあったとか?」


「クス。偉大なるルイ・ナージャ様。私にお力を」


 ブワッ


すさまじい光の魔力がイヴに集まる。全身から発光し、溢れんばかりだ。


「聖女はその先の聖堂にいる。少し前に、私が殺したわ」


「なんですって!?」


「はぁ、何も考えなくていい。悩みもない。

 なぜあなたはそんなにも幸せなの? 不公平じゃない? ねえ」



「――お姉様?」



 !?



「セイントスラッシュ」


ズババッ


「クッ!」


 中級の光術を放って来る。3本のカッター状の閃光がカズハを襲うが回避する。

ローザが20秒の溜めを要した技を、ノータイムで撃って来た。


――お姉様? 姉妹の契り、的な尊いアレじゃないわよね? さすがに。


「やるというのなら容赦しないわよ。イヴ=ステルシア」


ピピッ  キキン


クナイを2本放つ。イブを手をかざすと、到達前に光の障壁で簡単に弾かれる。


――さすが聖女候補といわれるだけある。結界の強さが並みじゃない。

 ともあれ、二美子の依頼主は彼女とみて間違いない。


バババババッ


 イヴの周囲に無数のロザリオが発現する。

手をかざすと一斉にカズハに向けて射出された。


「土遁・砂塵壁」


ズドドドド


 地面に片手をつき、砂の防御壁を盛り上げ迎撃する。


「はぁ、見苦しい技。淑女の欠片もないですよ? お姉様?」


 さらにイヴは光の矢を数発撃ちこむ。防御壁が崩壊し、

砂塵が舞う。やがて視界が晴れてきた。


チャッ

 

 !


 瞬間、イヴの首筋にクナイが当てられた。

背後を取っていたのは、カズハだ。


「そっちは育ちが良すぎるんじゃない? オイタはそこまでよ。

 あなたがこの騒動の首謀者ね? 目的はなに?」


「……。育ちがいい、ですって?」


イヴのトーンが一段階落ちる。やや怒りもにじませていた。


「本当に何も知らないのね」


 バシンッ


カズハのクナイを持つ手を振り払い、向き直る。


「では教えましょう。お姉様。あなたは、ノヴァルティア王家の第四皇女。

 聖女の因子を持つ、正統後継者よ」


「なっ!?」



 イヴから唐突な告知を受ける。


「そして私が第五皇女。歳は一つ下よ。イヴ=アーロタ=ノヴァルティア。

 普段は洗礼名のステルシアを名乗ってるわ。

 所属を聖教会にしていて王室に出入りしないから、意外と皆知らないわね」


思い返す。たしかに王子らも、水色がかった銀髪、カズハやイヴは白に近い銀髪だが、非常に似ている。カズハは驚きを隠せない。


「……」


「ノヴァルティア王家は代々、女児の誰かが聖女の因子を引き継ぐ」


 かつては魔界から切り取ったノヴァルティア領。建国後も、以前魔界であった土地の余波は大きく、たびたび強力なモンスターの発現に悩まされていた。そこで聖教会の力に頼り、ルイ・ナージャの光術で闇の魔族やモンスターの鎮静化を計った。


 しかしいつまでも聖教会の力に頼ることはできず、王国独自で闇の勢力に対応ができるように舵を切った。その過程で、強力な光術が扱える聖女の因子を王族が引き継げるように、聖教会から紹介された禁忌の神聖書を使い、契約を行った。


 王家が自らその責務を全うできるように、王族内で闇のモンスターを鎮静化できるように対策したのだ。女児が生まれると、その中に一人、必ず聖女の因子を持つ者が現れる。


 しかしそれが、後の世になって徐々に問題となる。いわゆる王族の子供の世話役にあてがわれる貴族の中で、争いが起こるようになったのだ。聖女の因子を持つ女児の世話役になれれば、その後大きな権勢を保有できるからだ。


 男児が生まれれば、次期国王は長男から優先権があったが、女児の場合は誰に聖女の因子が受け継がれるかが分からない。聖女の因子の発現は10歳前後であることが多いためだ。


 世話役候補の上流貴族たちは、王家に女児が生まれる前からすでに、自らが聖女の因子を持つ女児の世話役になれるように、駆け引きの争いを始めるようになった。時代が経つにつれ、その争いが醜いものへとなっていった。


 そして現国王も、自分の姉妹たちが争いの渦中に巻き込まれてきたことを憂いた。現国王は、独自に研究し、自分の子に女児が生まれる前から、聖女の因子が誰に発現するか、見極められる用法を密かに考案した。


「そして、聖女の因子がお姉様に現れることを事前に察知した国王は、

 あなたが生まれた瞬間に、知人の伝説のくノ一と謳われた忍びに預けて、

 隠してしまった。周囲には死産だったと報告した」


――それが里長! 

 かつて国王とパーティを組んで冒険したこともあると言ってたけれど、

 今の話なら合点がいく。


「で、でもそれじゃあ、聖女の因子を持つ者がいなくなってしまうんじゃ?」


「そう。そこで早世した第一皇女を除き、第二、第三の皇女と私の三名の内で、

 聖女の因子を持つ者がいるはずだが、発現が遅れていると父、国王は周知した」


しかし第三皇女までは異母姉妹で、光術の才能がまるでなかった。

必然的に光術の才能が高かったイヴが、聖女の因子を発現させるだろうとして、そのように育てられた。


「滑稽よね? どれだけ修業したところで、聖女の因子なんか発現しないのに。

 ひたすら修業を積まされた」


「……。私を、恨んでいるのね?」


「恨みなどないわ。あなた個人なんて些細なこと。

 もう、呪われているのよ。私達一族は」


 現聖女は、カズハとイヴの叔母にあたる、国王の妹がその任についている。

イヴの教育も熱心に行った。しかしいつまでたっても聖女の因子が発現せず、

責任感から自分を追い込み、ついには体調を崩すまでに至ってしまった。


――それで聖女の力が衰え、異常なモンスターが発現していたのね。


「父は完全に目測を誤ったのよ。聖女の因子がなくても、

 数年の研究を行えば、この元魔界であった地域を浄化できると考えていた」


しかしそれは叶わなかった。自身の家族を負の連鎖から救うために、策を弄すも

結果的に失敗し、民間人に犠牲が出てしまった。


「間もなく叔母はプレッシャーに耐えかね、正気を失ってしまった。それも必然、

 歴代聖女皆に出来ていたことが、自分にだけできなかったのだから」


「民間人に犠牲が出てからは、食事も通らず、自傷までするようになってしまった」


「見ていられなかった。血を吐きながらも、周囲の制止を振り切り、

 祈りを捧げに行こうとする叔母を。だから、私が殺した……。

 そして覚悟も決めた」


「つまり、この騒動は……」


「そう。父、国王に、王家に罰を下すものよ。変異モンスターを操ってね。

 ノヴァルティア王家は、もはや王族から降りねばならない」


「……。イヴ。考え直して。私も協力する。一緒に――」


「それは出来ないわ。もう、私の手は汚れてしまった。王家は滅ぼす。

 まずは聖女の因子を持った、あなたよ。お姉様。打開したいなら方法は一つだけ。 私を倒し、聖女の力でこの私の術を浄化するしかない」


「さあ、どうするの? 答えは?」


「……なら、教えてあげるわ。私こそが、変幻自在よ」

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