第28話 - 暗躍者 -
クリスから背中越しにかかる声を無視し、校舎内へ入る。
廊下を進み、階段をすっ飛ばし、瞬く間に屋上へ到着する。
勢いよくドアを開けた。中央付近で、茶髪をなびかせ、予想通り、二美子が佇む。
一人のようだ。制服でなくレンジャータイプのスーツを着用している。
「はぁい。シラユキさん。待ってたわーん」
セクシーポーズを決めながらカズハに話しかけてくる。
こんな状況でも余裕の表情、明らかにこの騒動の”首謀者側”だ。
「二美子、あなたが一枚咬んでるのね。これは一体なに? 何が目的なの?」
「んもう、せっかちよーん? でも、アタシもあんまり知らないのよねえ。
仕事でやってるだけだし?」
「……」
その態度に違和感はない。かつてカズハもそうであった。依頼の任務さえ行えば、
その実際の目的が何であろうと関係ない。遂行するのみだ。
「――というわけで、手始めにー?」
ドスッ
次のセリフは真後ろから聞こえた。短刀が後ろからカズハの胸を突き抜ける。
「……」
ボンッ
そのカズハが消え去った。後ろから刺した二美子のさらに後ろのカズハが現れ、
短刀を繰り出す。すぐに振り向き二美子も応戦する。
ガキンッ
短刀同士が交差し、離れる。
「って、やっぱり分身よねえ? あっけなく刺さったと思ったわん」
「当たり前よ? あなた相手にスキを晒すわけないわ。
先に言っておくけど、この私も分身よ」
――どうする? ここで二美子と戦っても全く意味がない。
例え情報を持っていたとして、捕縛して尋問したって口を割る相手じゃない。
二美子もカズハ同様、闇に生きてきた者。その習性は熟知している。
「うふん。シラユキさん? 聖女について、探ってるんでしょ?」
――!
「なぜそれを? 琴音から聞いたの?」
「ぶっぶー。あんなおっかない人となんて、話したこともないわーん。
答えを知りたければ、”東の聖堂”に来てねん。たしかに伝えたわよん」
言うとそのまま徐々に後退し始め、屋上の端まで下がる。
以前のようにまた飛び降りるのだろう。
「……東の聖堂よ? ちゃんと来てねえ?」
もう一度言い直して、バク宙がてら飛び降りて行った。
カズハの性格からしてそのまますっぽかして帰る可能性もあると思ったのだろう。
――おそらく二美子は雇われた伝言役ね。
私と会いたい別の者が存在する。聖女の情報を餌に釣る気ね。
「めんどくさいし帰ろうかしら?」
カズハは普通に階段を降り、玄関前へ出て、先ほどの寮の代表が集まる輪に戻った。
――昨日オーブの点を優先させようって決めたばかりだし、当然よね。
先生から非常食の保管庫や臨時の避難所などについて説明を受ける。
一度寮に戻って情報を寮生に伝えるようにとの指示で、解散となった。
キアァァッ!
突如、モンスターが現れる。パワータイプの変異した大猿だ。
一気に学生のいる輪に向かって突っ込んできた。
しかしながらさすがにこの場には腕に自信がある者が多く、
一斉に攻撃が放たれ撃破する。
「くっ 私の”真・晩婚結界”をもう突破してきているなんて……、
みなさん、急いでください。くれぐれも気をつけて」
ここまでの道中、気配の割にモンスターが少なかったのは、カトリーヌ先生の結界のおかげだったようだ。すでに大きく消費しているため、顔色が優れなかったのだろう。
改めて先生から指示があり、一斉に散開する。
クラークの寮へは講師の先生が付き添うことになった。
カズハも寮へ向けて帰宅する。
▼
「ぐあああ!」
!?
道中、通路の東の林の奥のほうから聞きおぼえのある声が聞こえた。
――今の声、トム君!?
林の奥を見る、が、瘴気もあってか見通しが悪い。
仕方なくそのまま突っ込んだ。
50メートルほど進むと別の通路へ抜き出る。男子寮へと続く道だ。
見るとそこには、変異した一つ目の巨体なモンスターの攻撃に耐えるトムが居た。
そしてそのすこし奥には、二美子の姿が。
「トム君!」
「あー! ちょっとー? ほんとに帰るなんて信じらんなーい」
二美子が苦情してきた。おそらく帰ろうとしたカズハを無理やり振り向かせるために、トムを巻き込んだのだろう。
「シ、シラユキさん、僕の寮も、襲われてて、もうあまり持ちません!
僕は大丈夫なので、救援を!」
「くっ!」
救援要請に来る途中で捕まってしまったようだ。というよりも二美子がワザと仕組んだのだろう。いくら頑丈なトムでも、この巨体の変異モンスタ―相手にソロでは敗北も時間の問題だ。加勢したいが、二美子がカズハを睨んでおり、うかつに動けない。
「……分かったわ、あなたの言う通りにするから、まずはトム君を解放しなさい」
「えーそれ無理ー。手引きはしたんだけどー、
コントロールできるわけじゃないのよん? 別にのろまだし逃げれる相手よ?
彼は何でがんばっちゃってるのん?」
見ると手元に笛のようなものを持っていた。あれでモンスターをおびき出せるようだ。しかし言うことを聞くわけではないという。
二美子もカズハ同様、隠遁ができる。このような無法地帯の局面ではヘイトをかわしやすく、自在に動きやすい。モンスターおびき寄せ、適当に人に
ヒョロロロ~
見ると笛を鳴らし、さらに変異モンスターの増援を催促し始めた。
瞬時に二美子にクナイを投げる。しかし軽く交わされ、木の上に着地する。
「さ、追ってくるのも、ここでそのおチビ君と心中するも、あなた次第よん?」
じゃあねえ」
グォォォ!
言うと二美子は立ち去る。さらなる変異モンスターが一体現れた。
変異した小型の土龍だった。
「う、嘘でしょ!? よりによってミニドラゴンの土龍なんて!」
ハンデ付きだったとはいえ、ローザと2人でようやく撃破したミニドラゴンのモンスター。属性違いだが、それがさらに変異モンスターとして現れた。
「トム君! 逃げるわよ!」
「シ、シラユキさん、行ってください、あの人を、追ってください!」
しかしトム一人でこの二体の変異モンスターでは耐えれるわけがない。
だがあくまでトムは撤退せず、食い止めるつもりだ。
――寮の救援要請を? いやでもトム君が、どうすれば!
ミニ土龍からも、爪がトムへ振り下ろされた。
「あ、危ない!」
▼
ミニ土龍からも、爪がトムへ振り下ろされた。
「あ、危ない!」
ダメ元でカズハがクナイを投げようとした瞬間――
「トルネディスレイド」
ズババババンッ
ブシャッ ボトボト ドササ
!?
トムと向かい合っていた、一つ目の巨体の変異モンスターが一瞬で輪切りの肉片になった。さらに何かの魔法が発動し、土龍は林の中まで飛ばされる。額のド真ん中から血が流れていた。
「な、なんて技なの!」
カズハ、トム共に驚きをあげる。技を放った当人の方へ振り替える。
魔力の気質も、日ごろよく知った人物がこちらへ歩いて来た。
「レ、レミ……」
「なにをやっているのです? 先生の指示は寮で待機のはず。
勝手な行動は見過ごせませんわ」
――レミは見えない魔法を使うって噂だったけど、
まさか変異モンスターを一撃で倒すなんて。
つまりこの騒動の犯人は、
1.レミしかいない
2.やっぱり二美子
3.どうみても琴音
4.カトリーヌ先生
「レ――」
「つまらないことを言うと、あなたもこうですわよ?」
「うそうそうそ」
レミに掻い摘んで状況を説明する。すぐに状況を察し、レミは独自の魔法による通信を使って、本校のほうへ、トムの所属する寮の救援を要請した。その非常に高い能力から、単独の行動を許可され、
「さあ、この場を離れますわよ」
「……レミ、悪いわね。私は、することがある」
このまま、また引き下がっても、二美子は別の何かにちょっかいをかけ、
カズハを振り向かせようとするだろう。東の聖堂へ向かうことを決意する。
「独断行動は認められませんが、何かあるようですわね。
まあ、分かりました。オカダさん? 行きますわよ」
いつになく真剣なカズハの目を見て、何かを察したのだろう。
元々レミは本質を見抜く目を持っている。改めてトムへ立ち退きを催促する。
「いえ、できません。僕は残ります」
「?」
グォォォォッ
見ると土龍が起き上がり、体勢を立て直しつつあった。さらに奥から、
先ほどの一つ目の変異モンスターが3体も向かってきていた。
全て赤く目が光っている。
「スパイドスレイド」
ビシビシビシッ
レミの魔法の発動によって、黄金の細い糸状の結界のようなものが無数に張り巡らされた。網にかかるように、4体もの変異モンスターがこちらへ接近することができなくなる。
「解せませんわね。ここに残って、あなたに何が出来るというのです?
実戦科でも、あいにく戦果に乏しいと聞き及んでいます」
「……」
レミがトムの言動に疑念を抱き、抗議する。
時間もないのでその口調も厳しい。
「……僕は、もう失いたくたいんです」
!
「僕がここから立ち退けば、このモンスター達は別の寮や施設を襲うでしょう。
でも僕を相手にしている限り、その被害はなくなる」
「そういう問題では――」
言いかけたレミの肩に、カズハは手を乗せ止める。トムの言葉を待った。
「ヤケになってるわけじゃないです。僕だって怖い。でも、これが僕なんです。
戦士を目指した理由なんです」
「誰かが、誰かの愛する人が一人でも、この瞬間の時間で逃げる時間ができるなら。
僕は、規律なんかよりも、そっちを選びます」
「……」
「馬鹿だと言われてもかまいません。いえ、実際馬鹿なんですけど、
弱くたって、できることはある。例え無謀であっても。
僕より未来のある、誰かのために」
「愛する、誰か……」
「レミ。私だって好きに行動する気でいる。ここはトム君の意思を――」
「ほ、惚れましたわ……」
――え?
「愛する、人……。弱き、者。そう、それなのです!
あなたが私の運命の相手だったのですわね!」
――ええええええ?
「お婆様が言っていました。あなたは、弱き人の強き部分を認め、愛することで、
真の自分を手に入れることができる。トム=オカダさん、あなたのことですわ」
「え? な、なんですか?」
「さあ! トムさん! この場を私と乗り切りましょう!
そして困難を克服した二人は結ばれるのですわ!」
――レミ。天才なのにとっても残念な娘だったのね。
「あらカズハ? まだいましたの? さっさとお行きなさいな。
私達はこれから二人だけの世界に入るのです」
――ひどすぎ。
すぐに路地を東に向けて駆け出した。
レミが加勢するならおそらく心配無用だろう。
じきに背後からモンスターの断末魔が聞こえてきた。
あれだけの強さだ。おそらくトムが何もしなくても、
レミ一人で変異モンスターの四体くらいどうとでもなる。
任せて東の聖堂を目指し、速度を上げた。
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