第27話 - 変異の異変 -

 その後、臨時の救援を要請した。トムとエイルの居る岩場は、

琴音につり橋を落とされてしまい、孤立していた。

しばらくすると指導教官が転移で現れ、無事帰還することができた。


 教官もトラブル自体は把握したようだが、

なぜか場所が感知できなかったという。

リーダーのトムが変異モンスターについて報告していた。


「すると突然モンスターがもう一体出現したんです。

 そっちをシラユキさんが対応して――」


――!? トム君達からは私が戦ってた相手もモンスターに見えていたの?


 おそらく琴音の仕業だ。あらゆる魔法を駆使して幻術も織り交ぜていたのだろう。

教官が感知できなかったのも琴音の術に阻まれたからだ。


 トムが本部へ試験終了の手続きへ向かう。無事達成となったようだ。

オーブの数値を確認する。


111


――かなり躍進した、と言いたいところだけど、

 あの琴音を退けたんだし、もう卒業でもいいレベルだと思うわ。


しかしカズハは教養科なので戦闘をアピールしても仕方がない。

トム、エイルと挨拶を交わし、解散となった。

寮へ帰るとマーヤも無事、冒険試験の手伝いを達成できたという。



-翌日-


 本日も晴天。マーヤと登校すると、

玄関付近で傘を持った黒基調の女子と普通に鉢合わせした。


「……」


「あらー。ごきげんよう。カズハさん」


「ご、ごきげんよう」


「私決めたわ。なんだかあなたを見ていると元気が出てきちゃって。

 卒業まであなたをじっくり見ていくことにしたの」


カズハは大変疑心暗鬼になる。ならざるを得ない。


「見て、そのあとどうするの?」


「もちろん、十分潤ってからおいしくいただくのよ?」


「……」


――タスケテ。誰かタスケテ。


「うふふふ。それじゃあ、これからもよろしくね」


「琴音」


「?」


一声かける。教室へ向かおうとした琴音が立ち止まり少し振り返る。


「いつか、あなたを救ってみせるわ」


「……ふふっ」



 カズハはマーヤに用があると告げ、教室へ行かずに職員室へ行く。

当然琴音をチクりに行く。


――もちろん私が先に救われなきゃ意味ないわよね。


「シラユキさん。どうしたのですか?」


「先生、紫川さんは不穏要因です。周囲を欺いています。

 オーブの点も不正です。試験もこちらを妨害してきます。

 きっと何かのスパイです。そもそも人間じゃありません」


「シラユキさん? 自分がギリギリの立場だからといって、

 恨み節で優秀な人を貶すのは見苦しいですよ? 他人より自分と向き合いなさい」


「……」


 まるで信じてもらえなかった。

普段から淑女らしくすることの大切さを学んだ。


 朝礼で連絡事項を伝えられる。当面、ダンジョン訓練施設、

周囲の森林地帯への立ち入りが禁止となったようだ。

おそらく変異モンスターの不可解な出現の対応だろう。


 あまり授業に身が入らなかった。考えなければならないことがあった。


――聖女の血。琴音のセリフでは私と何か関係しているように聞こえた。

 でも琴音が一方的に言ってるだけかもしれない。

 調べてはみたいけど……。


カズハも期末試験へ集中しなければならない。オーブの加点があったとはいえ、

進級合格ラインは安全圏ではない。まずは試験に集中しようと決意した。



その次の日、明け方だった。事態は急変する。


「……っ」


――気配がする。なに?


 就寝中のカズハだったが、不意に目が覚める。

その直後だった。


 ジリリリリリ!


「みなさん、警報です! 起床してください!」


 非常ベルが鳴り、じきに寮母から声がかかる。寮内の学生10名ほどが、

部屋着のまま起床してきた。カズハもすぐ食堂の居間へ向かう。

夜明け近く、まだ外は薄暗い。


「全員揃っていますか? 落ち着いて聞いてください。

 たった今、対戦告警報が出されました」


 !


 寮母の話はこうだった。つい先ほど、六芒の城壁内の区画へ、無数のモンスターが発現したということだ。その数は計り知れず、学生は外出禁止となり、術師がいる場合は宿舎に厳重に結界を張るようにとの指示だった。


 モンスターからの攻撃を防ぐためためだ。結界は基礎があれば、術師の能力がそれなりでもかなり強固なものが構築できる。内をしっかり固めれば、外からは破られにくい。


「さらにモンスターは全て変異種とのうわさもあります」


 一同驚く。先日に引き続き、またしても変異種。

ベテランの戦士が亡くなったばかりだ。それが無数にいるという。

ひとまず、寮内の術師で寮に結界を張るようにという伝達を優先する。


 この女子寮はカズハとマーヤの特待生、他8名が本校の生徒で計10名だ。

心得のある者がすぐに結界の構築にかかる。ふと寮母がカズハの下へ来た。


「シラユキさん、実は学院からの指示がもう一つあります」


「?」


 それは連絡手段だった。通信手段が途切れるのは時間の問題なので、連絡係として、各寮内で最も腕に自信のある者1~2名が、学院に登校するように、との話だった。


「もちろん、自信の無い場合は待機で構わないとのことですが……」


「分かりました。やらせていただきます。元より得意分野です」


即答する。周囲のメンバーも気遣いを見せてくれるが、心配無用と断りを入れる。


「カズハちゃん、気を付けてね」


「まかせて。これも加点になるのかしら?」


「い、いつも通りだね。その様子なら大丈夫そうだね」


 さすがだなあという顔でマーヤも軽く笑みを見せる。事態の急変に寮のメンバーも未だ不安一色の面持ちだ。すぐにしたくを整え、寮を出た。


「隠遁」


シュッ


 景色と同化し、姿を消す。人がしっかりと凝視すれば発見できる程度の迷彩だが、

モンスターではまず見つかりはしない。


 屋外へ出ると、ひとまずモンスターは見当たらなかった。

しかし遠くでうめき声は聞こえる。気配は本当に無数にあった。

そして空に注目する。うっすらと全体に瘴気が充満していた。


すでに日が昇っている時刻になっていたが、薄暗いままだ。


――これは、人為的なもの、な気がする。何者かが、術を使ってるわね。


すぐに駆けて学院へ向かった。



警戒しながら登校する一人の男子を発見する。


「クリス君」


「ぬ!?」


驚いて振り向く。カズハが隠遁していたため、気づかなかったようだ。


「シ、シラユキか、脅かしおって」


 男子寮の一つでクリスが代表になったようだ。途中モンスターがいたため、

大分迂回させられたという。それでも転移魔法の使えるクリスはかなり早く移動してきたほうだ。


 二人で学院の玄関前に到着し、その後続々と寮のリーダーとなった生徒が登校してくる。カトリーヌ先生も現れた。動じた所など見たことが無い先生の表情が、やや曇っている。


「みなさん、急な招集で申し訳ありません。今回の騒動について連絡します」


 カトリーヌ先生からの説明が始まる。昨夜、急に聖女様が倒れられたそうだ。

元より、体調が思わしくないという情報は囁かれていた。ノヴァルティアの聖女はこの一帯のモンスターの治安を法術で管理している。


 数百年ほど昔、もとは魔界領だったこの地域をノヴァルティアが切り取って建国した。しかしながら、数百年以上たった今でも、その地の気質から魔物が出現しやすく、それで当時、東北の位置のカレーマという小国の世界聖教会に助けを求めた。


 聖教会とよしみを通じ、ノヴァルティアが独自で聖女を輩出することによって、その強力な法術によって魔物モンスターの治安維持を行っていた。


 しかし聖女が倒れたタイミングを狙って、何者かが術を発動し、

この騒動を引き起こしているという観測をしているとのことだった。


「今から食料などについて――」


「がは、ハァ、ハァ」


 !


 先生が説明を続けようとしたところでボロボロになったクラークが手に膝を

つきながら満身創痍で現れた。


「クラーク君! どうしたのですか? 戦闘は厳禁と連絡したでしょう」


「バ、バカヤロウ、うちの寮は、結界張る術師が確保できなかった、

 クソデカイ変異の蜘蛛に襲われて、寮は全壊だ……!」


「な、なんですって!?」


「く、蜘蛛野郎は全員で討伐した、だが俺以外、重症で動けねえ……」


 クラークを含め、実戦系の男子10名でギリギリの討伐だったという。幸い死者は出さなかったが、動けたのはクラークのみ、やっとのことで学院に到着したようだ。

改めて変異種の並み外れた強さに周囲も絶句する。


「……! すぐに回復職の派遣を……」


「カトリーヌ先生、学生のみの派遣は危険ですぞ!」


 方針を決めようとするがもう一人の男性講師の先生から反対が入る。

実戦科の担任すらおらず、プロの戦士や術師は総出で到底間に合う状況にない。


――!?


「あ、あれは!?」


 一瞬の視線を感じ、学院の屋上を見上げる。すぐに姿を消したが、

あきらかに目を細めながら笑みを浮かべ、カズハを見た存在がいた。


――一瞬だったけど、間違いない。二美子だった。


 ワザと姿をさらし、カズハにだけ意図的に気づくようにサインを出した。

カズハに用があるのは明白だ。


「せ、先生、少しお花を摘みに……」


 言うが教員同士で協議に入っていて、話せるような感じではない。

校舎の壁を駆け上がりたかったが、目立つのでやめて、そのまま校舎内へ駆け込んだ。


「む、どこへ行く!」


クリスから背中越しに声がかかるが無視した。

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