第26話 - 漆黒の愁い -

「アンブレイルクレイドル」


ギュルッ


 一瞬で真横に現れた琴音から強烈な傘の闇の突きが放たれる。

一足飛びでなんとか横に交わすが、すさまじい威力に、

突きの放たれた直線状の地形が抉れてしまう。


「このっ 雷神の術」 バチバチ


「うふふふ」


雷撃を纏うが全く意に介さず、効いてもいない。


――聖女!? 一体なに? 考えがまとまらない!


「さあ、カズハさーん?」


琴音の周囲に闇の禍々しい魔法陣が展開する。


「ち、血ってどのくらい必要なの!?」


 危険を察知し、慌てて得意のコミュニケーションで時間稼ぎする。

急な問いかけにひとまず魔法陣は収まった。


「んー? そうねえ。ハズハさんがひからびて干物になるくらい?」


「……」


ちょっと分けてあげる代わりに窮地を脱するような量ではなかった。


「そ、それでどうなるの?」


「んー、私がツヤツヤになって、カズハさんがゾンビになったり?」


「……」


――ぜったい嫌!


意地でも抵抗すると決意して武器を構え直す。




「――私の目的は、死ぬこと」




――!


 突拍子もなく、琴音が語りだした。

カズハの顔が驚きに変わる、


「私はとっくにその生を全うしたわ。ところが、とある”事”によって、

 死ねなくなってしまったの」


「でも死ぬためにただ一つの方法がある。

 それが純水な聖女の血を飲み干すということ。

 それがあなたよ。カズハさん」


「……そ、そんな、私は、聖女なんかじゃないわ」


「そんなの知らないわよ。さあ、私と一緒にあの世で尊く生きましょうね」


――それ死んでなくない?


再び琴音の周囲に魔法陣が展開し始める。


――時間は稼いだ。今の間で作戦は思いついた。琴音を拘束する!


「影縫い」


 琴音の影にクナイを放つ。地面に刺さる。


「効かないわよ?」


 すぐにクナイへ向けて手をかざし、スポッと抜かれてしまう。


ボンッ


 瞬間、起爆した。


「う!?」


「隠投」 シャシャッ


 クナイを2本投げる。これはフェイクだ。琴音は闇の矢で撃ち落とす。

短刀に光術をかけ、真横から琴音を突きに行く。

 サー・ナイアの信仰だが、多少の光術が扱えることは当初の授業で分かった。

琴音を倒すには物理、魔法のどちらも必要になる。


 ズガンッ


「かはっ」


しかし、突く寸前、琴音の傘がカズハの横腹に刺さっていた。


「ふふっ 読んでいたわよ?」


「……」


ボンッ


!?


瞬間、カズハが消える。分身だった。


ドスッ


「ぐふっ」


 反対側から琴音を短刀で突いた。

琴音のカウンターまで読み切って、脇腹を突く。


「すぐ手当はするわ。琴音、投降しなさい」


「そ、そんな! ……なんてね。ふふふふ」


サラサラと琴音が霧のように崩れていく。


――向こうも分身! これでも倒せないの!?


コウモリが一気に集まってきて数メートル向こうに琴音が現れる。


「カズハさーん? 死にたいって言ってるんだから、手当は不要よ?

 どうにも、いまいち本気になれないようね? じゃあ――」


キィィィン ブォォン


「な、なにを?」


 琴音の目が光り、何かの技が発動する。

瞬間、向こう側の岩場で戦闘を繰り広げるコカトリスに異変が起こる。

エイルはどうにか復帰し、トムと共に攻防を繰り広げていた。


 コカトリスから放つオーラがみるみる禍々しくなり、目が赤く光だす。

闇のオーラが充満し始めた。


――これは!


 先日のローザとの一件の火龍を思い出す。同じような変異が起こり、

モンスターのランクが数段階上がった。


 同時に、変異したコカトリスの攻撃がトムとエイルを襲う。

急激なコカトリスの強化に、2人の苦痛な声が漏れる。


「こ、琴音! やめなさい! あなただったのね、これを仕掛けていたのは!」


「ん? やったのは久々だけど、どうかしたの?

 それよりも自分の心配をしてはどうかしらねえ?」


「くっ! こんなことをして、教官の先生がじきに来るわよ?」


「残念。周囲に結界を張ってるわ。指導教官では、

 とても私の結界を感知、突破できないでしょうね」


 さすがにあの変異モンスタークラスを、トムとエイルの2人で撃破するのは不可能だろう。どうにかして合流したいが、琴音を倒さねば先へは進めない。意を決する。



「……琴音。クラスメイトを巻き込むのは感心しないわ。

 あなたを下す。覚悟は、いいかしら?」


完全に実戦モードに切り替える。吸血されれば自身は死ぬだろう。

ならば、琴音を仕留めるしかない。

トム達を巻き込んだのは、冗談のつもりではないという琴音の意思表示だ。


「もちろんよカズハさん? でも私をどう倒すのかしらねえ?」


「さあ? それでも、私こそが、変幻自在よ」


――さっきから琴音には攻撃をヒットさせても一切手ごたえがない。

 おそらく私が全力を出しても、全くかなわない次元の違う相手に思える。


さきほどの琴音のセリフから、信仰の授業を思い出す。

おそらく、根本から闇の神、サー・ナイアの資質である琴音にダメージを与えるには光術しかない。


短刀を出し、カトリーヌ先生に言われたように光のイメージを集中する。


フワワワッ


 !


「まあまあ! これよこれ。カズハさん、やっぱりあなたは――」


「フッ!」


 聖職者志望のクラスメイトがたまにやるように、強化の魔法を短刀にかける。

そのまま一足飛びで琴音を突きにいく。


 ガキッ ガンッ ガンッ


琴音が傘で応じる。五分の打ち合いになる。


「うふふ。動きは一流だけど、光術がまるで弱いわよ?

 それじゃあ当たったところで大した威力じゃなさそうねえ?」


暗瘴降霧フォグミワイス


ブアァァァ


「くっ 風遁・含呼!」


 手数が緩慢になってきたところで、琴音が広範囲に瘴気を放つ。

さらに漆黒の雨が降り始める。

対してカズハは汚染される前に、一気に空気を集め肺に溜めこむ。吸気を止めた。


――息は全力で動いても3分くらい続くけど……、琴音を攻撃する手がない……!


 しかし忍術を使ったため、光術の強化が無くなってしまった。

さらに黒い雨が体力をみるみる奪っていく。


「イヴィルサーキューション」


 !


ギュオオオオ!


 琴音の左真横に直径3メートルほどの闇の空間のようなものが発現する。

放たれた瘴気や雨は吸い込まれ、無くなってしまうが、

すさまじい吸引力に足を取られそうになる。慌てて靴底からスパイクを出し、

地面に刺し、防御姿勢を取る。


――吸引力が強い!


「動けないようね? チェックメイトよ。カズハさん」


身動きの取れないカズハに対し、琴音は指をかざした。魔力が圧縮する。


闇界・必殺の一撃デス・ローティテイカー


「くぅ!」


――魔法のサイクルがいくらなんでも早過ぎる! なんて力量なの? 

 次から次へと、トップクラスでもここまでの魔法は扱えない。


繰り出す魔法全てが無段階詠唱だ。最高位魔法ですらノータイムで飛んでくる。

忍はジョブでは最速クラスであるにもかかわらず、そのカズハが後手に回る勢いだ。

琴音の指先から闇の死線が撃たれようとした瞬間――


「うっ ごほ!」


琴音が咳き込み、血を吐く。慌てて技を中止する。闇の空間も消えた。


「な、なにを、したの?」


「はぁ、はぁ、なんとか効いたみたいね……、猛毒を撒いたのよ。

 吸い込んだ行先が、あなたの中だったみたいだから」


粉末状の猛毒を散布し、それが闇の吸引空間に吸い込まれ、

それが琴音の体内に入った。


「や、やるわねえ。私とここまで戦えるのなんてカズハさんくらいよ?

 別に戦いが専門じゃないけれど」


――冗談じゃない。こっちは本来戦いが専門なのに。


改めて短刀に光術をかける。休息は与えずにまた一足飛びで突きにいく。

対して琴音は迎撃しようとするが、


「え、魔法が出ない?」


「神経毒よ。あなたならじきに回復しそうだけど、それまでに決める!」


 ガキッ キンッ


ハズハが猛攻に出る。琴音も傘でなんとか迎撃するが、防戦一方になる。


――もう魔力がない、ここで決めなきゃ、勝ちはない!


 傘の突きが放たれる。短刀を使わずに体の捻りで交わすことができた。

千載一遇のチャンスがめぐる。


カズハが蹴りを琴音の手首に放つ。


「ぐっ!」


 傘を持つ手が緩んだ。初めて琴音の表情に余裕がなくなる。

もう片方の手で傘を強く握り直すのが見えた。


「アンブレイルクレイドル!」


「土遁・砂塵壁!」


ズザンッ


 琴音必殺の闇の傘の突きが来る。

瞬時に地面に片手を突き、砂の壁で突きを軽減する。

突き破りきれず、傘の先端がカズハの顔の目前で止まった。


「はああああ!」


 短刀を逆手に持ち、逆の手を添え、喉元へ突きに行く。

カウンターの渾身の刺突を放つ。光術はまだギリギリ残っていた。


 ズンッ


「か……は……」


琴音の瞳孔が開き、吐血する。


「はぁ、はぁ、琴音……」


――手ごたえは、あった。


 サラサラサラ……


琴音の姿が崩れていく。


「うふふふふ」


 !?


瞬間、後ろから声がした。


「そ、そんな」


――ここまでやって、倒せないなんて。


 しかし、振り向いた先に立っていた琴音は、なぜか切ない顔をしていた。

口元から血は流している。攻撃自体は通っていたようだ。


「言ったでしょ。私は死なないって。でも、そう。諦めないのね。あなたは」


「ふふっ お見事。あなたの勝ちよ。カズハさん」


傘を開く。回転させると、その中に闇のように消えていった。


……!



「……そ、そうだ、あっちの2人は!」


 カズハも満身創痍だが、トム、エイルとコカトリスのほうの戦場へ振り向く。

コカトリスの変異は琴音の消失とともに解かれたようだ。

ボロボロのトムがなんとか耐えていた。

エイルも歯を食いしばりながら応戦している。


――さ、さすがトム君、変異モンスターの攻撃にもまだ耐えているなんて。


 しかし飛翔体にエイルの砲撃が当てられず、決め手が無いようだ。

すぐに最も近づけるポイントまで移動する。


 向こうの岩場までの移動手段はないが、声を掛ける。

コカトリスが近接におり、影が見えた。


「エイルさん! 狙って!」


――影縫い!


 クナイを2本放つ。コカトリスの岩の影に刺さり、動きを拘束した。


「うりゃあああ! くたばりゃああああ!」


ズドドドド! ズガン!


 エイルからとてつもない砲撃が繰り出された。

コカトリスが、消失した。


「ハァ、ハァ」


なんとか試験をクリアし、3人ともその場へへたり込んだ。

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