第23話 - 背水の陣(攻め) -

「おはよう政勝、ねえ決闘しない?」


「なんとかマスター目指す連中かよ。目が合うだけでふっかけるなっての」


 後期も中盤に差し掛かった現在、カズハのオーブの数値は未だに101だった。

オーブ配布以来、クラス全体にピンチをチャンスに変える習慣が付き、

クラスメイトのトラブルや苦境の際には率先して皆が動くようになっていた。


 カズハもなんとか機を見ては行動しているが、あれから2点の加点にとどまっていた。カズハの場合は加点が鈍る原因があった。それはまだ進路を決めていないことである。貴族か、聖職者か、公職か、メイドか。大きく分けるとこの選択肢となる。


  実技試験もわずかずつはあるものの、残された大きな加点の望めるイベントは期末試験のみ。カズハの苦手なジャンルだ。


――先にちゃんと進路を決めて、対象を絞って加点を狙ったほうがいいのかしら。


 専門分野の行動を行った際は加点が大きい。進路未決定では、何かの加点行動をこなしても、点の伸びが悪いのだ。



「公職、を目指すのですか?」


 昼休憩の時間、カトリーヌ先生の下を訪れていた。進路を決定し、加点を捗らせる方向で動いてみた。消去法で公職と伝えた。


 元々カズハは特化タイプだ。広い視野が必要で、トータルさを求められる貴族やメイドは性格からして難しいだろう。聖職者に至っては信仰柄ありえない。


「あくまで、教養科としての公職です。具体的な進路の特徴を理解していますか?」


 淑女をめざずのが前提だ。実戦科での公職なら、有事の際のモンスター討伐や、他国との戦などの職につけるだろう。こちらのほうが本来のカズハ向けだった。


 しかし教養科ではどうか。要人の付き人や、秘書官、教育機関の教員など、先行知識の必要なものが多い。学業の成績が悪いカズハには厳しい。カトリーヌ先生も疑念の表情だ。


「……どうやら、オーブの加点狙いで無理に進路を決定したいようですね?

 あなたは未だ、自分と向き合えていません。残念ですが、今回受理はできません」


「……」


 たしかにその通りだが、進路は自由のはずだ。なぜ受理の拒否までされねばならないのか。不満の表情を浮かべるが、あなた一人だけではないと諭され、渋々職員室を後にした。


――うーん。じゃあ別の進路なら受理させるの?

 それとも理由付けを行った上で提出が必要ということ?



「ごきげんようクリス君。私と決闘しない?」


「……。経験としての興味はあるが断る。政治家志望の私には価値観は薄い。

 加えてシラユキと決闘する具体的な理由もない」


相変わらず真面目に答えてきた。こちらは冗談として本題を聞く。進路の提出時、どうやって受理されたか聞いてみる。しかし何の問答もなく、普通に受付されたという。


――個人によって差があるようね。家柄と同じ進路の人だけ、と思ったけど、

 そうでもない。マーヤも貴族志望ですぐ受理されている。


「ところで入手したパンツはその後どうしたの?」


「な!? きっ貴様!」


 言うだけ言ってそそくさとクリスの席を去った。その動きを見た、聖職者志望のクラスメイト達が続々と寄ってくる。悩みを相談して欲しいとのことだ。そのまま打ち明けるが、解決には至らなかった。


「政勝も法曹関係者だから相談にのってくれるのよね?」


「チッ ……あーはい。どうぞ」


「今舌打ちしなかった?」


「気のせいでございますー」


 手を合わせてジャラジャラしだした。むやみに相談を拒否した場合のオーブの減点を嫌がったのだろう。渋々こちらに向き直った。


「心頭を滅却すれば火もまた涼しー」

「三人寄れば文珠の知恵ー」

「寺の隣に鬼がすむー」

「隣の席に鬼がすむー」


「……」


ゴリ押しでやっかい払いする気のようだ。まったくアテにならなかった。



「一週間後、実戦科による実習があります。もし手伝いを要請された場合は、

 極力協力をしてあげてください」


朝礼でカトリーヌ先生からの知らせがあった。実戦科では、冒険試験による、パーティで行う課題があるのだという。


 しかしメンバーが実戦科のクラスのみでうまく組めるわけではないので、教養科にも手伝いの声がかかった場合、協力して欲しいとのことだ。もちろんオーブの加点もされる。


カズハにとっては千載一遇のチャンスが巡ってきた。


――これをモノにするしかないわね。


 すでに学期末が近く、残す大きなイベントは学科の期末試験しかない。普段の生活による加点のみではカズハは厳しい立場となっていた。


 放課後、実戦科のクラスの前で待ち伏せをする。目当ての人物が歩いてきた。


「ごきげんようクラーク君。友達いないでしょう? 冒険試験、私と組まない?」


「……チッ」


 ポケットに手をつっこんだまま、急にカズハに話しかけられ舌打ちする。一応立ち止まった。周囲もクラークに自分から話しかけるカズハに驚いていた。


「誰がてめえと組むかよ。他当たれや。……と、言いたいところだが」


 何やらクラークもオーブの点が厳しいしらしく、より加点を望むため、ソロによる高難易度の設定試験を受けるようだ。したがって誰とも組まないという。


――唯一のアテが。困ったわ。


「シラユキさん? 掲示板のほうにメンバー募集が出るそうよ?」


 クラスの女子が教えてくれた。実戦科でメンバーを探している者は、そちらに希望している人員を貼りだすようだ。さっそく見に行ってみる。いくつか募集の貼り紙があった。


――うーん、やっぱり聖職者ばかりね。


 どうしても攻撃寄りのメンバーの多い実戦科では回復職が不足してしまう。こぞって回復職の募集ばかりだった。カズハは進路が決まっていないので、聖職者と名乗るのは難しい。というより回復魔法など使えない。


 マーヤが隣に来た。何枚かピックアップしてメモを取って行ってしまう。加点を狙っているようだ。マーヤは貴族進路だが、ルイ・ナージャの信仰で回復が使える。それをアピールするのだろう。


 ふと見ると、一枚だけ”フリー、誰でも募集”との内容があった。すぐに飛びついたが、募集主の名前を見て躊躇してしまう。野外活動で鈍くさい動きを存分に披露したトムだった。


――う、どうしよう。


 しかし他にフリーの募集はない。早いモノ勝ちのものだ。待っていて、他の誰かに取られてしまえばチャンスを逃す。ええい、ままよと紙を取って、トムの元へ向かった。



 実戦科の教室を訪ねる。メンバー集めがあるため、放課後となってもほとんどの生徒がまだ残っていた。少数の集団がいくつか形成されていた。おそらく組むメンバー同士だろう。マーヤも先に訪ねており、すでに一つの輪の中にいた。


 トムの姿を見つける。女子一人とペアで座っていた。すぐにその席へと向かう。

取った用紙を手渡しながら話しかける。


「ごきげんよう、トム君。募集を見たの。私ではどうかしら?」


「シラユキさん! ありがとうございます、クラーク君との試合は見ました。

 レンジャーですよね、願ったりかなったりです。これでいける!」


「こちらがもう一人の方かしら? えと、……うげ」


 いつしかのポエマー、エイル=ワーヘッドだった。ヘッドホンをしながら空想に浸っている。ように見える。


 カズハと同じような色白だが、一見か弱そうな印象は相変わらずだ。薄い緑のショートカット、制服を着ているので本校からの編入生のようだ。


「あ、お知り合いでしたか」


「知り合い、とういうほどでもないけれど……」


――しょうじきまともに会話が成立するのか怪しい。

 いくらコミュ強の私でも。


トムから概要を聞き始める。トムは盾役、エイルは火力職なので、レンジャーとしての機動力をカズハに頼みたいとのことだ。忍なので特に問題ないだろう。


「3人でいいの? 回復は?」


「大丈夫です。僕は攻撃力はあんまりですが、頑丈さには自身あるんです。

 エイルさんは超火力だし、シラユキさんも強い」


あんまりというか、攻撃力皆無のトムは、防御面では自身があるとのことだ。エイルとカズハがすぐにモンスターを仕留めれば、問題ないだろういう。


「でもエイルさんだけで十分だと思いますよ?

 シラユキさんにはトラップの対応メインでお願いしたいです」


「わかったわ」


  選択した科目は山道を進み、モンスターやトラップをかいくぐりながら、山頂を目指し、ボスユニットを討伐すれば完了。戦果に応じてオーブの加点となる冒険試験コースようだ。


ウォーン ウォーン



突如、いつしかのようにまた校内サイレンが鳴る。


『区域内に上級モンスターが発現しました。生徒はすみやかに下校してください』


 各種打合せ中だったクラス内も、またなのか? という雰囲気になる。トムとエイルに挨拶し、マーヤと合流して下校した。


 マーヤは回復職ということで、実戦科のパーティの一つに加入が決まったようだ。

大きな加点は望まず、着実に行程をこなす安定重視のパーティとのことだ。


――私はトム君とエイルさんという不気味なパーティだし、

 さらなる加点の為には冒険の中で、別の意味で冒険が必要になりそうね。


しかし翌日、凶報を聞くことになる。前日、ノヴァルティア中心地の区域内に現れたモンスター、コカトリスの対応に当たった戦士が、一名死亡したという。


 上位コカトリスとはいえ、対応するのは歴戦の戦士だ。手傷を負うこと自体がまれであるにもかかわらず、死亡の一報に学内も驚きにつつまれた。


 クラス内にて離れた席から遠目ながら、一瞬ローザと視線があう。同じことを考えていたようだ。あの日戦った、突然変異した火龍。あきらかに強さのクラスが違っていた。あの手のモンスターが出たのではないか。

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