第19話 - 貴族のピンチ -


 ある日の朝、カズハが教室へ入ると、めずらしくローザがロイに詰め寄っていた。周囲が見ている中でもおかまいなしだ。むしろオーブ加点のために、悩み事はどんどん打ち明け、助け合うほうが相乗効果が生まれやすかった。


「ええ!? 恋人のフリをして欲しい?」


 半期を過ぎ、もうじき本校の学院祭となる時期だった。教養科、実戦科の生徒は特別出し物等の規定はなく、自由参加だ。


 ローザは難しい状況に迫られていた。実家から見合いをするように、要請されていたのだ。しかもかなり頻度が多いという。連続で週末が潰れることもあり、生活の負荷になっているそうだ。


 そもそも本人にはまだ結婚も婚約の気もないが、両親のプレッシャーが強い。

上流の貴族ではよくある話だった。


 しかし条件の中の1つに、譲歩があった。ローザに意中の相手がいれば、見合いの話は断ると両親から打診されていた。そこで安易に恋人が出来たと嘘を言ってしまったのが裏目に出る。


 学院祭を見に行くので、その場で紹介するように言われてしまったという。家柄がそれなりで、婚約もしていない、条件がそろう者もなかなかおらず、ロイに白羽の矢が立った。


「協力はしたいけど、さすがに僕も決闘の問題を起こしたばかりだ、

 ちょっと自重したいのが本音だよ……」


「そう、ですよね」


「あらロイ君、また問題を起こしてるの?」


 落ち込むローザを尻目に問題起こしの筆頭であるカズハが通りすぎる。オーブ配布以来、周囲もむしろ加点のチャンスのためにトラブルは歓迎という風潮だが、限定的な条件に男子達にもなかなか予定が合う者が現れない。


 上流家庭の男子はすでに相手も決まっている者もおり、それ以外ではローザの家柄に対して身分が釣り合わない。


「 ! そうだ! シラユキさんにまた僕に変装してもらえば」


――えー。


「そ、そうですね! シラユキさん、お願いできませんか?」


――うそん。


「クリス君がやりたいそうよ。そうよね?」


 適当に振る。たしか実家は侯爵家と言っていた。さらにパンツの件を話すぞと、目で威圧する。


「……私に演技は無理だ。それ以前にバーバリー家とは元々交流があり無理だ」


 困ったときはむしろチャンス。それは理解している。カズハも協力自体はやぶさかではない。しかし。


「ご、ごめんなさい、私もカトリーヌ先生にちょっと素行を注意されてて……」


「そこは大丈夫です。『依頼』として行えば、むしろ加点の機会かもしれません」


――なんですって。


 すぐに反応してしまう。いつのまにかカズハの直近の行動理念もオーブの加点に集約されていた。年度も後半となり、皆が数値110前後を得ているなか、未だに89。


 『依頼』は主に実戦科の生徒が経験値向上のために利用する。一般の人の護衛などを請け負い、仕事のようなことを行う。こちらも大小あれどオーブの加点とされる。もちろん相手に迷惑をかければ減点だ。


 教養科の場合なら、困っている人への手助けとすればよいだろう。申請が通る、通らないは担当教員が判断する。


「お、お話を聞くくらいでしたら、やぶさかでもありませんことですわよ?」


恰好つけてレミっぽくセリフを繰り出してみた。当の本人はため息をついていた。



 昼食をローザのグループと共にする。概要はこうだった。学院祭の当日、観覧に来たローザの両親とあいさつを交わす。その後、終日行動を共にし、真剣な交際であることをアピールする。


「私がヘマをしなければ大丈夫そうね、変装はいいのだけど、言葉とかは……」


「もちろんそちらは指南します。共に練習しましょう」


 ひとまず、協力体勢を築いた。次いで放課後、職員室へ2人で向かう。用件はカトリーヌ先生への依頼の申請だ。ここが通らなければ意味がない。先生は若干悩んだ様子も見せたが、


「……いいでしょう。ご両親のお気持ちも分からないではないですが、

 ここは学院。バーバリーさんの自主性、向上心を第一に応援します。

 何より、週末ごとに実家に呼び出されては学業の支障でしょう。

 『依頼』として認定します」


「あ、ありがとうございます」


「シラユキさん、あなたはバーバリーさんをエスコートし、

 見事2人は交際関係であると相手のご両親に認識させられれば、加点とします。

 貴族の目利きは鋭いですよ? 女性であるあなたが男性を演じること、

 短時間といえど並みではありません。ご健闘を」


貴族を目指す場合、”演じる力量も大事”、そういった局面は多く出てくると続けた。


 学院祭までの数日間、ローザと共に過ごし、打合せを詰めていった。慣れと、効率よく行うためお互い名前で呼び合うことにした。


「マーヤ? ここは嫉妬心をむき出しにするシーンよ?」


「カズハちゃん? なにブツブツいってるの?」



「……最近よくカズハさんと一緒にいるあの女子は何者なのかしら?」


なぜか薄っすらと琴音の気配を感じた。

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