第2話 - 真面目君 -

  初年度は共通となる。次年度に向けて男子は司祭や、貴族、公職などを目指し、

女子は聖職者や、貴族、公職、メイドなどを目指すことになり、この一年で進路を決めて提出せよとのことだ。


 貴族コースを修了すると、卒業と同時に、準子爵の爵位が与えられる。その後は貴族としての扱いを受ける。


 ――どれも適正外だけど、貴族かメイドが無難そうね。ひとまずこの1年で見極めましょう。


 仮にも貴族となり立場や固定収入も得られれば、里長もカズハの帰参を認めてくれるかもしれない。口減らしとされた里に復帰できる可能性がある。


 チラっと袈裟を着た政勝を見る。見た目からして進路に悩む必要はなさそうだ。

司祭、もとい本国の法曹者を目指すのだろう。


「まず迎えるイベントは一か月半後の野外活動です。出身地域によっては林間学校というのかしら? 学びながら存分に親睦も深めてください。晩婚のために」


 ――野外活動? トラップでも解除する訓練かしら。点が稼げそうね。


 前向きに解釈した。次いで席順に自己紹介が進んでいく。


「建二美子(たちふみこ)です。よろしく」


 ――あの女、私と同じ匂いがする。警戒だわ。


 他にも気になる人間が数名いたので頭の片隅に置いた。適当に授業を受け、その日は終了となる。食堂でマーヤと共にする。


「さっきもすでに女子で話題になってたけど、あのロイ君て人がかっこかったよね」


「え、そう?」


 マーヤは人柄もよく、すぐにクラスの女子と馴染んだようだ。話しに出てきた男子は、地元ノヴァルティア出身で編入生、領主で騎士の家柄だが政治家を目指しているのだとか。


「進路って決まってる? 私は貴族コースなんだ、不安だよ。ほんとはメイドがいいのになあ」


 何やらマーヤの家は裕福ではなく、これを期に準子爵の位を獲得し、生活を向上を目指ししたい。両親の願いのようだ。


 正直話を聞く限りでは、この貴族コースが単位さえ取れれば最も無難で楽そうだ。

メイドは仕える家しだいで待遇が運となりそうだし、聖職者はどこの地域に派遣されるか、よくわからない。しかし貴族は居場所も卒業後の生活も保障されている。


 カズハはまだ決めていないと答えておいた。登校で会ったことから、マーヤとは寮も同じのようだ。帰りも共にすることにした。


「朝の事故の書類を取りに行くから、ちょっと中庭で待っててね」


 言うと職員室へまた向かっていった。


「ん? あれは」


 校庭の隅の方に生える薬草を見つける。配合で毒にも薬にもできる優秀な種だ。あまり手に入るものでもない。周囲に花も咲いていたが、目もくれず適当にみ取りに行く。


「土も肥沃ひよくでいい薬草ね」


 プチプチプチプチと抜きまくる。


「やあ、美人さんがそうして花畑にいると、絵になるねえ」


 !


 ――この男は、さっきマーヤが言っていた、スケこまし(嘘)のロイ、だったかしら。


 ナンパ目当てのチャラ男、ではなさそうだ。制服を着ていた。180cm弱程度、赤の入った金髪で整った優男であったが、騎士というだけあって筋力もしっかりついている。


「ああ、すまない。僕はロイ=ラッセル。ノヴァルティアからの編入生だ。慣れないうちはなるべくクラスメイトに声をかけていって欲しいと、先生から言われててね。困ったことがあったら遠慮せず言って欲しい」


 警戒が表情に出てしまったのか、先に謝られる。薬草をさっと隠す。花など無視して草しか抜いていなかった。


「声は間に合ってるわ。現金が間に合わないの」


「はは、なかなか面白い御仁だ」


 政勝と違ってつっこみはこなかった。


「中庭の手入れをもう少し、しっかりやるように、用務科に伝えるよ。さすがに清掃時間でもなく草取りは申し訳ない」


「ありがとう。ゴミ捨て場を教えていただける?」


 聞くとそのまま立ち去っていった。入れ違いでマーヤがやって来たので共に帰宅した。


「もうロイ君と話してたの? うらやましいなあ」


 ――あの男、最初から草しか抜いていないのを見てたのね。素性を疑われてる? 油断ならないわね。


 当然捨てずにきっちり持ち帰った。



 寮は二階建てで10名ほどが入居するとのことだ。内、本校以外の特待生は2人、カズハとマーヤだったようだ。一階が主に食堂と交流場、自室が二階となっている。


-夜-


 引き続き荷物整理をしていた。


「こんな服装じゃ不安で外に出られやしないわ」


 ヒールシューズを改造した。かかとをくり貫いて暗器を仕込む。先端からは簡易ナイフが出るようにした。他の私服やドレスも改造する。内側に暗器を仕込めるように設計した。が、


「布と糸が少ないわね、買いにいきましょう」


 門限まで時間があったので購買へ外出した。指定の学生にはカードが支給されており、決められた店ではをれを提示すれば飲食や物品の購入ができる。


 小型の店舗に入った。入れ違いで男子学生が出てくる。会計を済ませた直後なだけに、店員がいなくなていた。トイレにでも行ったのだろうか。夜のため1名しかいないようだ。買い物を進めた後レジに来る。しかし遅すぎてまだ店員が出てこない。


 ――遅い。なんなら盗んでもいいのよ? 忍び舐めてるの?


 数分経つ。腹でも壊したのだろうか。いつまでかかるかも分からない。メモに名前を書置きをして店を出た。



「待ちたまえ」


 !


 帰路につこうとしたところで、不意に後ろから声がかかる。振り向くと、先ほど入店前にすれ違った男子がいた。


「同じクラスのシラユキだな? 私はクリス=ハンセン。昼間自己紹介でも言ったが、フォルナンデスからの留学生だ」


「……何か用かしら?」


「分かっているだろう? 会計を済ませていないな?」


「ストーカー?」


「……おほん、たしかに敷地内のものは支給品だ。だが記録が残り、そこから商品納入の計画も行われる。正しく報告すべきだ」


 生真面目な性格のようだ。店員不在のまま店を出たことに疑念を持ったのだろう。背は170~175cm程度だろうか。黒から紺くらいの髪をやや立て気味にしている。がっしりしているが魔力も高い。格式の高い家の出と見える。


 事情を説明してもよかったが、面白いのでそのままにしておく。


「途中で職務を放棄しているのが悪いのよ。どうしてもというなら力づくでやってみるのね」


「ほう。ならばそうしよう」


 言質は取ったと言わんばかりに、スッっと前方へ手を構える。瞬間、風圧のようなもので強く押される。


 !


 ――魔導士! 風? いや水のエレメントを感じる。これは、水蒸気?


 大きく後ろへ跳躍し、片手を地面に付いて着地する。


 ピピッ


 魔力で具現させた手裏剣を2つ放つ。が、水壁の防御陣を展開され防がれる。

カズハは忍だが、元の魔力が比較的高く、魔力による忍具の具現や属性術を得意とする。


 ――やるわねクリス君。今日はあまり武器を持っていないし、どこまでやろうかしらね。


「ちょっと、私闘は禁止よ?」


 一応、真意を確認する。


「これは私闘ではない。私は窃盗者を捕縛しようとしているにすぎない」


 この学院は腕が立つ者が多い為か、学生同士の私闘を禁止してる。しかし届け出を行い許可が出れば、決闘が可能だ。切磋琢磨が目的と言うが、何か学院の考えがありそうだ。


 ――そんないつまでも流暢りゅうちょうに水壁を展開してていいのかしらねえ。


「雷神の術」


 バチバチッ


 そこまで威力は高くないが、カズハが好んで良く使う、ノータイムで雷を撃つ技だ。水壁から漏電してクリスがたじろぐ。水壁をひっこめた。


「ぐっ 魔法も使えるのか」


 ボンッ


 煙玉を投げつけ視界を奪う。真横の店の屋根の上に一足飛びで上がり、姿勢を低くする。姿が見えた時点でシビレ薬を塗ったクナイを投げ刺して、終幕だが、今日はそこまで準備できていない。


 ――というわけで、姿が見えたら飛び込んで首を打って気を失わせておしまいね。明日会ったらすっとぼければいい。


「とんだ淑女だな。なぜこっちのクラスにいるのか分からん」


 !?


 しかし。転移で後ろを取られていた。頭の後ろに手のひらがあった。


「あなたもね」


 苦笑いで言う。お坊ちゃんと舐めていたとはいえ、後ろを取られるなど訓練以来だ。


「私は政治家志望だ。このクラスでなんら不思議ではない」


「そう。私も政治家志望なの」


「む? そうだったのか」


 信じやすかった。じゃ、そういうことでと帰ろうとするが、そうはさせてくれない。手に魔力が籠る。


「反省の気がないなら、このまま窃盗で拘束する」


「あらそう。でも私こそが、変幻自在」


 容赦なく水弾が撃たれた。粘着性の水弾に見えた。

動きを奪って拘束する気だろう。


 ドンッ


「ぬ!?」


 カズハに直撃するが、直後その姿が崩れ去る。店舗の下、先ほどまでクリスが居た位置にカズハが立っていた。


「分身、か。奇怪な」


「ふふ、あなたは何を買ったの? ん、本? もう参考書を? 真面目君かしら」


 さらによくみると、カズハの手の買い物袋が2つになっていた。あの一瞬でクリスから奪ったようだ。買い物袋の中身をのぞき込む。


「な!? ま、まて!」


 クリスが店舗上から飛び降り、ダッシュで迫る。袋の中身の本を確認した。



 エロ本だった。



「……」


「……」


 何も言わず、スッっと買い物袋を手渡した。クリスも無言でそれを受け取る。次いでそのままカズハは店舗の入り口へ向かった。


「……どこへ行く?」


「どこって、会計だけど? あなたが言ったことよ。もう店員も戻ってるし」


 ササッとクリスが回り込んで進路を塞ぐ。通さないつもりだ。


「み、みのがしてやってもいい」


「いえ結構よ? 別に手間じゃないし」


 エロ本のことを知られた以上、盗みと合わせて互いの秘密をイーブンにしたい魂胆のようだ。そもそも店員がメモを見ていれば盗みにもならない。そして今から会計を済ませれば、一方的にクリスの弱みを握れる。


 押しのけてそのまま中へ入る。クリスも抵抗せずに、唇を噛みしめながら後に続き入店してきた。カードを渡し、会計を済ませる。終わると次にクリスがエロ本の返品手続きを始めた。


「間違えて購入したものを返品したい! 間違えたのだ! 別のものと!」


 去ろうとするカズハにわざと聞こえるようにやたらと大きな声をだ出していた。購入品の誤りで押し通す気のようだ。店を出た。次いでクリスも出てくる。


「残念だったわね。私に絡んだせいで、店内で終始一人になれる、めったに無い機会を棒に振るなんて」


「……くそっ 分かっているとはおもうが――」


「エロ本を買ったけど、私に見られて慌てて返品した。よね?」


「違うわ! 間違えた物を返品したのだ!」


 一応念を押しておいた。これでカズハの素性をむやみに言いふらしはしないだろう。

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