第16話 - 衝突 -
翌日、登校すると、なにやら普段と雰囲気が違った。
『これは……、ひどいですね』 『一体だれが……』
マーヤと2人で様子を見に行く。ロイの席の周囲に人が集まっていた。
「くそっ 誰がこんなことを! 文句があるなら直接言えばいい!」
見ると、机にバカだの死ねだの、大量の落書きがあった。
嫌がらせだ。ロイは消すことに労力を強いられていた。
「えと、犯人ならしってるけど……」
呟くと一斉に周囲がカズハを見た。
「シ、シラユキさん? 一体誰なんだ!? 教えてくれないか?」
ロイがすぐに食い下がってきた。普通にクラークだ。
昨日の補習でその席に座っていた。一生懸命何か書いているかと思ったが、
ノートでなく机に落書きをしていたようだ。
カズハが一連の説明を終える。
「……決闘だ」
!
周囲が驚く。ロイは我慢の限界だ、といった様相だ。
「もう許せない。アイツは僕が気に入らないってのは分かってる。
でもこれはやりすぎだ。白黒決着をつける!」
勢いよくクラスを出て行った。数秒後、実戦科のクラスから、ざわめきがすぐに聞こえた。そしてクラークと思われる特徴的な笑い声も聞こえた。
――大丈夫なのかしら?
どうみてもクラーク君の挑発の作戦に乗っかってるようにも思える。
噂はあっという間に広がった。教養科のロイと実戦科のクラークの決闘。放課後2人で申し込み、正式に受理されたようだ。
決闘はお互いの言い分を要求をする場でもある。ロイはクラークへ、嫌がらせの謝罪と損害の補填、教養科クラス全員へも謝罪を要求した。ダンス実習の妨害の詫びとのことだ。加えて教養科の生徒にはもう関わらないという条件だ。
対してクラークの要求条件は厳しいものだった。ロイの自主退学。申し込まれたのはクラークの方なので、かなり強気の条件だ。しかしロイは怒り心頭で、躊躇なくこれを受けた。
▼
寮でマーヤと夕食を取っていた。
「なぜあの2人は以前からいがみ合ってるの?」
「えっと、私も人づてに聞いただけなんだけどね?」
話は心境的も複雑だった。ロイは地方の子爵家で、規模は大きくないものの、人口5000人程度の村内の領主を務める家柄とのことだ。
そしてクラークもこの村内出身の民間人だった。同級生なので、小さいころからの知り合いなのだが、クラークは幼少から身体能力が高く、主に実技では何をやっても大抵トップだった。
しかしそれが問題となっていた。ロイも能力が低かったわけではないが、大抵クラークの影に隠れ、実技では2番手以下に甘んじることが多かった。それを子爵家は良しとしなかった。
どうしてもトップが取れず、実績が作り難かったロイに対して、子爵家はいわゆる示し合わせを行った。実際クラークが勝っていた実技を、判定でロイの勝ちになどにし始めたのだ。ロイの実績作りを行った。
当然クラークの関係者は怒ったが、子爵の周囲の役人によってうまくやりこめられ、恨みが募る形となってきた。
しかしそれはあくまでロイの家が行ったことで、ロイ自身の本意ではない。当人同士でそれがたびたび口論になっていた。そして現在に至っているようだ。
「ロイ君も、この決闘ではっきりとクラーク君より実技も上だって、
証明したいみたい」
「そうだったのね」
「カズハちゃんから見て、どっちが勝つとおもう?」
はっきり言えば、クラークだろう。ロイとクラークが旧知の間柄でも、教養科と実戦科では学びの差が開いているはず。実戦の決闘は実戦科の本分だ。
カズハもそうだが、実戦をやる者とやらない者はで、果てしなき差があるのだ。
ロイも経験こそあるかもしれないが、クラークとは場数が違うだろう。
▼
中間試験の全科目の成績が集計されたようだ。本日正午に、生徒のオーブの数値が一斉に更新される。授業が終わり昼休憩となっていたが、食事を取る者はおらず、皆緊張した面持ちとなっていた。
ジャスト12:00となり数値が更新される。周囲から安堵ともとれる反応が続々と聞こえてきた。
――さて、どうなったのかしら。
恐る恐る数値を見る。ちなみにカズハは4科目赤点でクラークと連日補習を受けていた。
72
「……」
――ヤバくない? ねえこれヤバくない?
「政勝、いくつになったの?」
「108だな。期末で120あればほぼ進級らしい。まずまずじゃないか? お前は?」
「私? 除夜の鐘っぽく政勝の頭に木槌を撃ち込みたい気分なの」
「死ぬわ。どんだけ打ち込みたいんだよ。
つーかその無駄すぎる発想力を勉強に回せよ」
逆に50を割ると退学の危機となるらしい。非常にまずい事態となってきた。マーヤ、政勝と共に学食へ行くのに廊下へ出る。すると向かってきた人物と目が合い、瞬時に政勝とマーヤを壁にし、後ろに隠れた。
「あら、ごきげんよう。カズハさん」
「ご、ごきげんよう。あなたが吸いたいのはマーヤ? それとも政勝?」
「もちろんあなたよ? カズハさん。うふふ。あーあ、教養科に入ればよかったわ」
言うまでも無く紫川琴音だ。クスクスと笑いながら去っていく。いつの間にか名前のほうで呼ばれていた。琴音ならどちらのクラスでも問題なさそうだ。他2人は何のことやらといった表情だ。
「あの人も美人だよね。あんまり目立たないけど」
「だな。いつも外で傘さしてるのにイマイチ印象に残らない」
「騙されちゃダメよ? 奇怪な技で相手を欺くのが得意なの」
「そんなことするのお前だけだって」
「カズハちゃん、やたらなこと言っちゃ失礼だよ?」
「……」
▼
ロイとクラークの決闘日まであと3日となっていた。
「落とし前つけろや」
「ご、ごめんなさい!」
教養科のクラスは騒然としていた。クラークがマーヤに難癖をつけていた。廊下ですれ違った際、ジュースを飲んでいたクラークにマーヤがぶつかった。ジュースをこぼしたクラークの服が汚れてしまい、クラークが怒った。
「もう何回も詫びはいらねえんだよ。洗浄しろや。魔導士なんだろ?」
「それは……」
服をクリーニングしろという。魔導士でも全ての魔法が使えるわけではない。得意不得意ももちろんある。マーヤはできないようだ。周囲の生徒はクラークの威圧にすっかり怯えてしまっている。
――でもマーヤ、強くなったわ。
受け手になりつつも、クラークの威圧に対してしっかり相手の目を見据えている。魔蔵値引き上げの一件以来、明らかに本人の中で自信と成長が見られていた。このピンチも、あわよくばチャンスにつなげようとしているようにさえ見える。
手を貸そうとも思ったが、そのしっかりした意志にカズハも様子を見ることにした。本人で解決できそうだ。
遠目にロイが怒りをあらわにしながら、歯と拳を食いしばっていた。クラークにモノ申したいのだろうが、できないのだ。トラブル防止のため、決闘までは必要最低限以外の当人同士の接触を禁止されているためだ。
もし破れば、決闘は中止され、さらにその後の利用にも制限がかかる。
――明らかに、作為的ね。
カズハは思考していた。ひとまず席から成り行きを見守る。マーヤと共に行動していたので、ここまでの経緯を見てきている。
クラークはいつしかカズハに対して行ったように、ほぼワザとマーヤにぶつかった。さらにジュースも自分自身へワザとかかるように動いた。意図的に難癖をつけるために行動したようにしか見えなかった。
そしてローザやレミのようなリーダー気質で力のある者が、計ったようにちょうど教室に居ないタイミング。
――ロイ君がここで怒りに任せてトラブルを起こすように仕向けているのかしら?
そうすれば単純にクラークの立場は圧倒的に優位になるが、そう簡単でもない。なにせ目撃者が多く、マーヤを擁護する者も多いだろう。
グシャ ビシャッ
!
クラークが残りのジュースを握り潰し、マーヤの机の上にかけた。一部の文房具類の上にかかり、汚れてしまう。
「てめえ! いいかげんにしろよ!」
ガシッ
怒ったのは政勝だった。クラークの胸倉をつかみ上げる。
「あ? んだてめーは? 放せよ糞坊主。やられたからやり返しただけだぜ」
「謝れよ。やりすぎだろこれは」
「い、いいんだよ政勝君、これで気が済んでくれれば……」
「カカカ。じゃあこうするか」
クラークが政勝の手をビシっと払うと、話し出した。
次の決闘に条件を加える。ロイに加えてマーヤも同時に出場する。
ロイ側が勝てば、クラークはジュースの件を謝罪する。
しかしクラークが勝てば、マーヤも一緒に土下座し、クリーニングの弁償もする。
「ざけんな! お前からぶつかってきたんだろうが!」
「てめえは黙ってろよ部外者。おい、どうなんだ?」
ロイに振る。
「……クラーク、女子を巻き込まないと決闘が怖いのか?」
「なんだと? っといけねえな。ここでロイと口論すると決闘が無効になっちまう。
カカッ。ま、好きにしろや」
クラークはニヤリと笑うと、そのままあっさりと踵を返し、戻っていった。2対1になっても何とも思わないようだ。カズハは常に周囲を注視していた。
マーヤはすぐにロイの元に行き、一緒に出場しようと説得を始める。2対1のほうが断然有利だろう。最初は渋ったロイだが、マーヤの要望も無碍にはできず、結局押される形で引き受けた。
というのも、マーヤは貴族課程を目指している。領主としての能力が求められるが、本人の性格や能力柄、どうしても荒事のオーブの加点が望みにくいため、この手のトラブルはぜひチャンスにしたい意気込みだ。
――特に怪しい者もいない。二美子も普通ね。
クラークは意図的に他を巻き込んで事を大きくしようとしているように見える。マーヤがロイと話し込む中、本人の居ないにもかかわらず、マーヤの席に心配した周囲のメンバーが集まっていた。
メイド課程を目指すメンバー達が率先して掃除を始める。機転とサポート力。こちらもオーブの加点の成績に繋がる。
オーブの配布。これは実に効果的に、生徒の自主性を向上させていた。クラスの雰囲気もすっかり変わりつつあった。結果的に、初めは成績のためかもしれないが、生徒が率先して周囲の手助けに動く風潮が出来上がってきていた。
逆に気持ちはあっても、気恥ずかしさやプライドから行動できなかったタイプでも、成績のためにやる、と言い訳ができる。見て見ぬふりをするものは居なくなっていた。機能的なシステムだ。
「粗暴だが、以前はあんな奴じゃなかったんだ。
策を弄さず、真っ向勝負する奴だった」
ロイと政勝の会話が聞こえてきた。
――クラーク君は単に欲で2対1で勝ってさらに大きな加点を得ようとしている?
それとも誰かが、別の目的で裏で入れ知恵している?
下校時にマーヤと話す。カズハほどでないにしろ、中間試験があまり振るわず、
チャンスをものにしたいと意気込んでいた。
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