第14話 - 野外活動3 -

「さてこれより、一人ひとつずつ、オーブを配ります」


 両科ともに午前午後の実習が終わり、教員団の中の一人から告げられる。ついに来た。この野外活動の終了時に配給されるというオーブ。進級に大きくかかわるものだ。生徒一同が緊張した面持ちとなる。


 オーブは実体のない、淡く光る玉。それぞれの信仰と同じイメージの色をしている。自身の体内に収納したり、取り出したりできる。そこに数値が記載されているらしい。教員団数名が生徒一人ひとりに前に行き、渡していく。


 カズハも受け取った。闇の神サー・ナイアの信仰のため、薄い黒色をしている。

数値は86だった。


――これって高いの? 低いの?


政勝が居たので聞いてみる。101と言っていた。説明が開始された。


「数値が記載されていると思います。基本は100です」


 今回の野外活動で、大きくはないが、いい動きをしていれば若干加点、

悪ければ減点されているとのことだったが、

あくまでプレ期間なので変動は少ないだろうとのことだった。


――ちょっと、86って減点されすぎじゃない?


 なぜだ、と思ったが、思い当たる節が多すぎだ。飯盒の炎を上げまくったり、

歪職者などと名乗っていたのがダメだったのだろう。ゲラゲラ笑う政勝に蹴りを入れる。


「え?」


 オーブの数値が85になった。さらに大爆笑する政勝。

淑女にあるまじき行為は減点。そういう仕組みのようだ。


「……」


 周囲の人もほとんどが100か、微加点の様相だ。がっくりする。

とにかくこのオーブの数値を伸ばすことが、学術試験と同等以上に重要となるようだ。いきなりとんでもないビハインドから始まった。


「さて突然ですが、これより、臨時試験を行います」


――!


 想定通りここで告知された。

わざわざ念入りにクラスリーダーを投票までさせて決めたのだ。

誰もが単にこれだけで終わるとは思っていなかっただろう。場の空気が引き締まる。


「これより、現在分かれている3つのグループで、フラッグの争奪戦を行います」


 内容はこうだった。今現在、実戦科の山道実習の後で、グループが3つに分けられている。14名、14名、12名だ。この3グループにそれぞれ1本の旗を渡し、相手チームの旗を奪う。はたまた自分のチームの旗を奪われないようにする。


「そして、生徒同士の戦闘を許可します」


 !


 戦闘あり、となった。つまり力ずくで旗を奪えるということだ。

一気に緊張感が高まる。先ほど、一人ひとつのオーブが配られた。

万が一攻撃を受け、一定以上のダメージを受けた場合、

そのオーブが警告の点滅発色をするという。


 点滅してからも攻撃を中止しなかった場合即時退学となる。

命の危険をそこでセーブしているというわけだ。

そこまでの説明の時点ですでに続々と質問の手が上がる。


「オーブが点滅する以前に、即死級の攻撃を受けたらどうなりますか?」


 相手が即死するような攻撃を繰り出すことは禁止で、無論行った場合は即時退学、

刑事罰にも問われるとのことだ。


「先生、この組は人数が他より2名少ないです。不利ではありませんか?」


この組の人数の不足分は、担当教員1名が加入し、埋めるという。しかし、


「実際のところ、この組の動きに至っては、今回あまり成績に加味しません」


 元からそういうメンバーが集められているという。

急な成り行きで入学が決まった者も多く、

まだ試験をする段階にないメンバーとのことだ。たしかにトムのような者もいる。


 14人居る組の一つに教養科のローザ、もう片方の組に実戦科のリーダー、イヴがいるという。教員は主にこの2組に振り分けられた生徒の力量を見たいようだ。


 ローザの組みをA、イヴの組みをB、カズハの居る組みをCと設定された。

聞いて少しC組メンバーは、ほっとする。


「もちろん多少の加点減点は加味します。

 対象外だからといって気を抜いた動きは減点です」


青色のフラッグがその場に刺された。

A組が赤色、B組が黄色のようだ。まだ生徒から手が上がっている。


「教養科の生徒は戦闘が不得手の人もいます。どうすればよいのでしょうか?」


「不得手ならなにもしないのですか? あなたが貴族となった場合、

 戦時となったら領民を置いて逃げますか? 何ができるかも考えてみてください」


なるほど、そういう試験のようだ。戦闘能力が無くてもできることはたくさんある。

というよりも、むしろ全員戦士でサポートスタッフがゼロでは大きな戦は勝てない。

この組はリーダーが居ないので、誰かが臨時で務めて欲しいという話になる。


「木藤君がやりたいそうです」


「なっ てめ!」


 即行で推薦する。この手の常套手段だ。

やり手の先生だとそう発言をした者をリーダーにしてくる意地悪な先生もいる。


「じゃ、木藤、頼むぞ。なに、この組は気楽にやってくれていい」


「わ、わかりました」


 めちゃくちゃ睨まれるがどこ吹く風で交わす。さっきの爆笑分の返礼だ。先ほど加わってくれた教員一名も指示に従ってくれるようだ。


「じゃあみんな、聞いてくれ」


 政勝が作戦を伝えてくる。12名中、半数が光の神ルイナージャの信仰だったので、旗の周囲に結界を張って奪われない作戦で行こうとの話になった。


 そしてさらにその周囲を戦士タイプで固め、

結界を張る術士を守ろうという配置だ。

戦士といってもトムのような者もいる。攻めに出るのは厳しそうだ。


『それでは、臨時試験、フラッグ戦を開始します』


 ピーーーーー!



 アナウンスと共に、開始ブザーが鳴る。

C組術士のメンバーは結界の構築に入った。


「がっちがちねえ」


「他にどうしろってんだよ。お前一人で旗取ってきてくれるか?」


「いいけど?」


「は?」


 返事を聞かずにその場を去った。リーダーの指示なしで行動すれば減点だろう。

取り消しされる前に行動する。どうせここに居てもカズハは守備タイプではない。


「あ、おい! ……はぁ、みんな、あいつのことは無視してくれ」


広場から適当に林の中へ入ったところで木に飛び乗る。


――この85点が無ければ、こんなことしてないのだけどね。

 さすがに初っ端からビハインドすぎる。


成績加味の少ない組とはいえ、旗を奪えばそれなりの評価になるはずだ。

多少のリスクは承知の上だ。ふとオーブを見ると86に戻っていた。

おふざけは減点の対象とはならなかったようだ。

かなり綿密に行動が計算されるのだろう。


 まずはどの組も斥候を送り出すはず。相手の旗や陣形の確認だ。

おそらくA組対B組の直接対決になる。


 あれだけガチガチに固めた上に、教員まで参加しているC組みの旗を狙うのは効率的でないはずだ。先に見えたのはAの旗だった。4人で旗を守備している。かなり攻撃的な陣形だ。斥候を入れても10名が攻めだ。


――Bを確認に行くまでもない。ここを狙う。


 C組を見に行った連中がが攻めれないと分かればおそらく引き返してくる。

今が一番手薄なはずだ。問答無用で飛び出した。


「な! あなたは、シラユキさん!?」


 数名クラスの知った者も居たが関係ない。全速力で旗を奪いに特攻する。


 ガキッ


 しかし結界に阻まれ、旗に近寄れない。

術士を攻撃してスキを作るしかなさそうだ。

瞬間、カズハの背中側から水弾が襲った。

ギリギリで気づいて避ける。振りかえった。


「単騎で特攻とはな。貴様ならありえそうだ。Cはそういう作戦か」


「……お早いお帰りね、クリス君」


 おそらくC組を見に行って、攻略不能と見て、すぐ引き返したのだろう。

クリスは転移が出来る。自陣をマーキングしていたため、直帰できたのだ。


 すでにクリスを倒した上で、さらに術士を弱らせ、

結界を突破するという行程になった。多勢に無勢、正直不可能に近い。

林の茂みに向かい後退する。クリスの追撃はなかった。再び木に飛び乗る。


――望みは薄いけど、Bの確認に行く。


「あらあら、ちょっと待ってくれない?」


 !


 どこからか、声が聞こえた。こんな林の中に居るのは斥候しかいない。

このケースなら斥候同士、気づいてもスルーしようものだが、

なぜか話しかけてくる。よほど有利とみたのだろうか。


――二美子かしら? こんなところに居るのなんて。


 違った。黒髪の長い女性が数メートル前方の木の上にいた。

気のせいか、その目が赤く光って見える。


「お久しぶり。礼拝授業以来かしらねえ、お話しするのは初めてね。うふふ」


 礼拝以来。たしか闇の神サー・ナイアに礼拝していた際、

実戦科の女子と2人だった。その者だろうか。


「私は実戦科、紫川琴音(しかわことね)よろしくね」


 160cm程度、ミステリアスな雰囲気でどこか妖艶な女子だ。

漆黒の羽織を着ている。なおこの実習からはジャージから着替え、

普段使用するの甲冑やローブなどの装備の使用が許可されている。

カズハはめんどくさいのでジャージのままだ。


「……カズハ=シラユキよ。どの組なの?」


「うふふ」


瞬間、サラサラと琴音の姿が黒い霧のように崩れ去っていく。


「あなたの血を吸わせてくれたら、AB答えるわ」


 !


 カズハの立つ木の真横に現れ、笑っていた。真っ赤な目、

そして明らかに長い歯が2本、見えている。


「吸血鬼!」


 飛びのきがてら、瞬時に手裏剣を具現させ、琴音に投げる。

しかし漆黒の羽織を広げるとその中に吸い込まれていってしまう。


――どういう仕組みかさっぱり分からない!


バババババ!


 琴音の目の前に数十本のナイフが発現する。

手をかざすとカズハに向かって飛んで来た。

すかさず木の裏に回り込む。ドドドと木にナイフがヒットする音が聞こえる。

仕切り直そうとすると、目の前に琴音の顔があった。


――はやい!


「いただきまーす」


 ガブッ


カズハの左肩にガブリついた。が、


 ボンッ


その肩が丸太に変わる。カズハは下に降り林から広場に出ていた。


「んもう、丸太なんかかじっちゃったじゃない」


「なんのつもり? そう易々とやらせないわよ?」


 琴音も木から降りてくる。中間地点のため周囲には誰も居ない。

日なたに出る際にフリルのついた黒い日傘をさす。


――日光は苦手のようね。そういえば集合のときも毎度一人だけ日傘を指していた。


 サー・ナイアの信仰は2人だけ。波長の合う相手の血を、

手っ取り早く吸いたいなどと語りだした。今は相手への攻撃がゆるされる時間帯。

狙っていたという。


 しかし点数稼ぎをしたいカズハにこの琴音の相手をしていてもメリットがない。

かといって背を向けてB組を見に行けば、追われ、また攻撃を受けかねない。


「やっぱり、――――の血は、簡単にはいただけないわねえ」


なんと言ったのか。声が小さくよく聞こえなかった。



ビーッ! ピーッ!



 !


 ブザーが鳴る。終了の合図だ。


「あらあら、もうおしまい? 残念。どの組が勝ったのかしら?

 別にどうでもいいけど。 クスクス」


嘲笑う琴音を一瞥し、警戒しながらその場を後にした。

C組の旗の元へ戻る。どうやら取られたわけではなさそうだ。


「ダメだったわ。狙ってはみたものの妨害にあった」


「そりゃそうだろ。というかノーダメージで戻ってきたことに驚きだわ」


 旗はイヴがリーダーを務めるB組が、A組から奪取したようだ。

カズハが離れてから攻防があったのだろう。

クラークやレミの活躍が目覚ましかったのだという。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る