第9話 - ミッション -

 20時を過ぎた辺りで、棟梁ゼブの家に到着する。すでに外で待ち構えていた。腕を組み、指をトントンと動かしている。


「こんばんは、遅れましたか?」


「いや、問題ねえ。早速だが、作戦を詰めたい」


 屋外だが、簡素な机とイスが3つ、最低限の灯りが用意されていた。腰かけて机上の地図を囲む。ゼブの説明が開始された。


「今からこのポイントBに移動してもらう」


 そこで魔導車の荷台に入り込んで、カズハとマーヤは身を隠す。

この荷車にヒネキが積んである。今日は相手をおびき出すために多めに積まれた。間違いなく襲って来るはずとのことだ。


 マーヤの魔力は元から一般人と同程度、カズハは気配が消せる。

中に刺客が潜んでいてもまず外からは見抜けない。


 街道を通り、そのままこの街へ入る。昨日伝えたポイントAで、ほぼ襲ってくる。運転手にはそのまま待機してもらう。相手も運び屋が居なくなるのは困るから、抵抗しなければ運転手は襲われないと続けた。


 ヒネキの木材に火を放ってくるが、そちらは無視して、シュウの討伐に専念して欲しいとのことだった。


「シュウは来るの? 用心棒だけでできる仕事に思えるわ」


「用心棒では材木の種類が見抜けねえんだ。必ずシュウも同行する」


 事が済んだら、ここに戻ってくるか、状況が難しければポイントCの小屋へ行き、身を隠して一夜を過ごせとのことだった。


「棟梁の俺は動向を感知されている。街から出れば連絡が行き、

 連中は警戒して出てこない可能性がある。悪いが同行はできねえ」


「吉報を待つ」


 作戦会議が終わり、ポイントBへ向かった。やや大きめのリュックを背負い、旅の2人組を装う。カズハも今日は大分準備した。毒類こそないが忍具はバッチリだ。


 街を出て2キロほど行くと、指定の位置に多くの貨物車が止まっていた。運輸の拠点となっているようだ。荷物を積む人、休憩中の運転手などが点々と見られる。指定の駐車場まで向かった。貨物車の前に日焼けした男性が佇む。


「ん? あんたらが、そうか? 若いな。こっちだ」


 貨物車の後ろに回る。荷台へ上がると、木材のスキ間に隠れられるスペースが作ってあった。


「ここに潜んでくれ。出発はあと2時間後、0時だ。

 それまで適当に辺りでリラックスしててくれ」


マーヤはかなり緊張した面持ちだった。カズハも初陣はこんな様子だったろうか。世間話でもしながら時間を潰し、少し作戦を立てた。やがて告げられた時刻の10分前となる。


「出発だ。荷台へ潜ってくれ。以後会話はない。

 俺はあんたらの存在を知らないってことになってる。頼むぞ」


頷いて荷台へ入った。新品の材木の匂いがすさまじい。時刻ちょうどとなり、魔導貨物車が動き出した。非常に速度はゆっくりだ。もともと全速でもせいぜい20-30キロだが、貨物車ともなると徒歩よりやや速い程度だ。


15分ほどが立つ。


『だれかが荷車に魔力を当てている……!』


『えっ?』



『だれかが魔力を当てている……!』


『えっ?』


 貨物車全体に魔法が照射されてるのを感知した。おそらく材木を識別している。魔導貨物車が停止した。じきに外で声が聞こえだした。


「おい運転手、下りろ、歩いてそのまま帰れ。でないと殺す」


 なんとか隙間から状況を覗き見る。3人組だ。用心棒と思われる2人、小太りの者がいた。


「くそっ!」


 運転手は魔導車を降り勢いよくドアをバンと閉め、そのままズカズカ歩いて去る。やや大げさだが演技だろう。


「よし、燃やしな」


 小太りの小柄な者が指示を出すのが聞こえた。

マーヤと顔を見合わせ、頷き合ったあと、飛び出した。


「まってください!」


 !


マーヤが出る。


「あん? なんだ嬢ちゃんー?」


「そ、その、シュウって人を引き渡してください!

 そうしたら、見逃してあげます……!」


3人は顔を見合わせる。


「ギャハハハハハ! お嬢ちゃん、面白いねえ。

 さあこっちへおいで、今からもっと面白いことしようかー」


笑いこけるが否定しないところを見ると、シュウとその用心棒で間違いなさそうだ。

確認は取れた。


「じゃ、じゃあ覚悟してください!」


マーヤが駆け出す。が、躓いて転んでしまう。


「ぎゃっ」


「はぁ、ったく。捕えな」


シュウはもはや笑いもやめ、飽きれて指示を出す。


「ヒャホーウ」


指示を受けた用心棒の一人がマーヤへと飛び掛かる。


「待てマイク! 止まれ!」


 !?


瞬間、転んだマーヤが歪に膨らみだす。そして爆発した。


 ボンッ!


 爆風が吹き荒れる。中からカズハが現れる。

マイクと呼ばれた者は間一髪で回避した。同時に放たれたクナイを叩き落す。


 次いで荷台から、本物のマーヤがが現れ、

手をかざし荷台全体に結界を構築した。


「ちっ よく見抜いたわねえ」


「普通深夜の貨物車から小娘が出てくるわけねえだろ。

 てめえ、忍びだな? ナニモンだ?」


相手もどう見ても忍びだ。忍び同士なら名乗ったほうがいい。

名が売れるとそれだけで同業者に優位に立てる。


「私こそが、変幻自在のカズハよ」


「知ってるか?」


「いや」


「……」


 ピッ!


目を配った瞬間の動作で、シュウへ手裏剣を投げる。


「ホワッシュ!」


 カキンッ


簡単に用心棒の忍びに弾き落される。


「シュウの姉御、逃げてくれ! コイツを始末する!」


 ――女だった!


小太りながらなかなか早いダッシュで逃げだす。しかし。


 バチンッ


 結界に阻まれ、一定以上から出られない。この展開を想定して、昨日マーヤと下見の際に仕込んでおいた。マーヤの結界発動に呼応して、こちらも発動するようにしておいた。


「術者を倒すぞ」


「応ッ!」


「俺たちは、イング兄弟、マイク&ケン!」


「知らないわ。いくわよイ○ポ兄弟」


 一人がカズハへ、もう一人がマーヤへ向かう。

互いの距離は10メートルほど空いている。


「ホーワッシャー!」


 カキンッ


 マーヤへの一撃は結界に阻まれる。マーヤは目を瞑ってしまっているが、易々とは打開できはしない。昨日2人でほとんど魔力を使い切って、この辺り一体の結界の構築をした。2日分の魔力で戦える。



「小娘の結界が硬い! 先に2人でくノ一を狙うぞ!」


「ふんっ 雷神の術」


「フォーウ! 土遁ンンンン土嚢壁!」


 バチバチッ ドドン!


 雷撃を放つが土の壁で防がれる。

やけに掛け声がうざったい連中だ。

 やむなくマイクと呼ばれたほうに近接へ飛び込まれる。

カズハは短刀を具現させた。


 ガキッ ガキッ


 短刀同士の打ち合いとなる。しかしケンも注視せねばならない。

すでに何か印を結んで魔力が集中している。


「そのワンピースの肩紐をプチっと狙うぜえええ!」


やけに具体的な狙いのマイクだった。やらせはしない。


「土遁! 陥・凹・撃!」


 ケンの術で足場に穴がランダムでボコボコと凹みだす。

地面を不規則にさせ、踏ん張りを効かなくさせるつもりだ。


 ――土遁が多い。だが。


 ドカッ


 マイクに蹴りを当てて、距離を取る。

マイクはステップし、そのままケンの隣まで引き下がった。


「てめっ 抜け忍だな? どこ出身だあああ?」


「違うっ! ケン! 避けろおおお!」


 !?


カズハの姿をした者が、なぜかそう叫んだ。


 ズブシッ


瞬間、隣のマイクがケンの腹を刺す。


「弱すぎるわ」


「がっ、は…… な、いつの、まに」


 ケンが脇腹を抱え、よろよろと後退する。蹴りを普通に防御したので変わり身を撃ち込んで、カズハとマイクを入れ替えた。


 ここですぐに術の解除すらできないようでは、

カズハとは勝負にならない。


 ボボン! 


カズハとマイクの姿が元に戻る。


「ケン! 大丈夫か! っきっしょうが!」


「ちょっとあんたたち、何やってんだい! いくら払ってると思ってんの!」


シュウがピンチを予感し、叫び出す。


「るっせえんだよババア! 報酬と見合ってねえんだよ!

 足で変わり身を撃てるレベルの奴とやってられっか!」


「変幻自在のカズハ! 覚えとくぜえ! ラァーニン!」


 ドロン!


 転移玉を使って2人は逃げていった。土遁で練った玉だろう。結界の無い地面下の龍脈を通ったようだ。シュウに向き直る。あっというまに縄で縛り固めた。


「終幕ね」


 マーヤが結界を解除する。もう危険はない。

ゆっくりカズハと転がるシュウの元へマーヤが歩いてくる。


「反省してください。棟梁さんを殺害して、

 しかも材木の価格を私利私欲で操作するなんて」


「ひいいいい! ゆ、許しておくれ! 賠償はする!」


「悪いわね。それはできない契約なの」


さあ、とマーヤに短刀を渡す。受け取り、マーヤはしばらく目を瞑った。


「……」



そして――



「ごめん、カズハちゃん、せっかくここまできたのに、

 やっぱり私には、できないよ」


「……」


「契約は、捕縛じゃないわ。殺さなければ、成立しない」


「うん。分かってる、でもいいんだ。そこまでして、学院に通っても……

 それにほとんどカズハちゃんがやって、自分の実力じゃないよ」


「なぜ? マーヤの信仰、ルイ・ナージャは、やり直しを認める神様よ。

 そしてそれぞれの得意な役割をこなしたにすぎないわ」


マーヤは、ほほ笑むと、短刀を返してきた。


「カズハちゃん、ありがとう」


 ――意思は、固そうだ。もう何も言うまい。


 シュウをその場に転がしたまま、2人で帰路についた。次に見つかるのが仲間なら助かり、敵ならお仕舞いだ。


 近かったので、ポイントCの小屋に向かった。先ほどの運転手が居た。経緯を説明すると、そのまま出ていく。貨物車を再度運転し、街まで運び入れるそうだ。


夜もふけており、そのまま2人で仮眠を取った。ほとんど言葉は交わさなかった。

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