第7話 - 結晶の価値 -
次の日の朝、打合せ通り朝食を済まし、さっそく城下町へ向かう準備をする。休みの連絡を入れておいた。
「調べた限りだと、骨董品屋にあるみたいだよ。まずいってみよう」
寮から反対方向の南へ出発する。城の外壁区間を抜けると、すぐに城下町だ。平日ながら人が多かった。ほとんどが仕事中の人だろう。個人の商店が並ぶ街道を進む。
地図に示される通り、じきにその骨董品屋は見つかる。カウンターのみのごく小さなお店だ。入店した。客はいない。見た目気の良さそうな、白いヒゲの初老の男性が、新聞を読んでいた。
「ん、いらっしゃい。学生さんかな?」
「すみません、龍の角の結晶は置いてませんか?
後学のため、本物を見てみたいんです」
早速マーヤが問い合わせてみる。
「ああ、レポートでも書くのかな? 2つ置いてるよ。
結晶についてどのくらい知ってるのかな?」
「それが、ほとんど知らなくて……」
それなら拝見がてら、説明するよと言われ、ショーケースに保管されていた結晶が取り出され、資料も出された。
「まずこっちの一番安くて流通の多い、青の結晶。これが500万ナン」
「ご、ごひゃく万!?」
2人して驚いてしまった。一番安くてその金額とは。
「うーん、これでも最近は安いんだよ? 竜騎士の間で金策の問題があってね。
討伐せずに、器用に角だけ落としちゃうんだ」
以前は倍近くしていたようだ。角が生えるたびに切り落とす手法で乱獲が発生しており、値段は下がったが、虐待が問題視され、じきに条約で禁止になる可能性もあるという。
この青の結晶は1回使い切り、魔蔵限界値を20上げられるが、1度上げると、同じ青の結晶では2回目から使用しても効果がないという。
「次にこの黄色の結晶。今は店にないね。流通が少ないんだ。
土龍と水龍からしか取れなくて、遭遇率が低いからね」
こちらの価格が、3000万ナン。すでに破格だ。家が建てられてしまう。効果は魔蔵限界値が10上げられる。上昇数値は青の半分だが、何度も使用できる。
「最後にこの最も高価な、赤の結晶。黒龍のみから取れる。
黒龍の討伐など、誰でも名前を知ってる冒険者くらいでないと無理だ。
出回っているのは、寿命を迎えた黒龍から取ったものが ほとんどだね」
赤の結晶の価格は1億5000万ナン。使用目的よりも、金持ちのコレクションとしての取引がメインのようだ。効果は何度でも魔蔵限界値を20ずつ引き上げれる。
「ちょっとケタが違ってありえないわね」
「さすがに、これは……」
気持ちが暗くなった。学生の手が出る価格帯ではない。2人で数日の労働でどうこうできるレベルではなかった。
「ん? 学習でなく、入手がしたいのかい?」
実は、どれでもいいので1つ求めていると伝えた。学生の身分では少し難しいだろうという反応を受けたので、あえなく店を出る。
「学生さんたち、ちょっといいかい?」
後ろから店主に呼び止められる。
「腕は立つのかい? そちらのお嬢さんは心得がありそうだが」
地図を見せられる。指で示された場所に棟梁のゼブという者がいるらしい。用心棒を探していて、報酬に青の結晶を提示しているとのことだった。
「骨董屋のゴンタの紹介だと言えばいい。とっつきにくいが、話しは聞くはずだ」
「ありがとうございます」
他に行くアテもないし、行ってみようという流れになった。場所も1キロも離れていない。じきに到着した。材木加工の工場のようだった。
「すみませーん、どなたか、いらっしゃいますか?」
▼
しばらくすると足音が聞こえ、奥の方から出てきた中年の男性が現われた。短髪で茶色のちょびヒゲで堀が深い顔、気難しそうだ。背はさほどないが、がっしり筋肉もついていた。
「なんでえ?」
ボソっと声がかかる。
「あの、すみません、ゴンタさんの紹介できました。
マーヤといいます。用心棒を探しているのだとか……」
すぐに眉をひそめられる。女学生が2人だ。用心棒とは程遠い。
「ま、紹介なら見た目で判断はしねえ。ちと待ってろ」
説明するものを持ちに行ったようだ。じきに地図を持って戻ってきた。
「依頼は討伐だ。地上げ屋のシュウ。コイツを殺して欲しい。
報酬は聞いての通り、青の龍の角の結晶。本物だ」
!
同時に持参したケースの蓋を開ける。先程見たものと同じ、結晶の現物を見せられる。しかしまさかの殺しの依頼だった。カズハはまったく気に留めないが、マーヤは少したじろぐ。
「このシュウ自体は大したことは無い。だが腕のいい用心棒を2人雇ってる。
こっちがやっかいだ」
「討伐しないと、ダメなんでしょうか?」
「ああ。なにせ仲間を2人殺されてる。命1つじゃ足らないくらいだ」
一見寡黙な人物だが棟梁ゼブの目には多少の怒りも見える。
「後ろを見てくれ」
材木の山があった。このうち、ヒネキの木だけが、圧倒的に不足しているという。理由は、材木を搬入する業者をこの地上げ屋のシュウが狩っているらしい。
「シュウの目的は木材の相場の価格操作だ。ヒネキを意図的に高騰させ、
莫大な利益を得ている」
すでに1か月ほど、この状態が続いているという。ヒネキの木が7割も不足しており、棟梁達が作る建造物の予定が4割ほどしか達成されていないようだ。
国に報告したが、護衛の騎士を派遣してくれるだけ。費用はきっちり請求される上に、相手は狡猾で、騎士が居る日は襲ってこない。怒った棟梁2名が襲撃を掛けたが、返り討ちにあって死亡したようだ。
ヒネキを中に隠し、周囲を偽装して運んだこともあったが、魔力で識別され、やはり狙われるという。
「どのみちこのままじゃ食い倒れなんだ。いずれ俺もそうなる」
「……」
「引き受けましょう。シュウを暗殺して、終わりよ。簡単だわ」
――!
マーヤが簡単というカズハに驚きの反応をする。
「ほう。べっぴんさんよ、腕は立つとみたが、
用心棒2人の存在を忘れちゃいないか?」
「別に。スキを見てシュウそのものを殺ればいい」
「ところがだ」
シュウは非常に用心深く、毎日居場所もねぐらも変えるようだ。まず捕まりはしない。これ以外にも黒い商売に手を染め、多く恨みを買っているためだ。
搬入の魔導貨物車を囮にして、おびき出して接触しないと、
遭遇はまず無理だという。
「用心棒自体からなんとかしないとダメなわけね。どうするのマーヤ?
私は構わないわ。龍を直接狩りにいくより、余程条件はいい」
「……カズハちゃん、お願い、手伝ってくれる?」
「ええ」
ニコっと笑い合った。久々にマーヤの笑顔が見れたとき、つっかえが取れた。カズハの取った道が間違いでないと、確信した。
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