嘘つきは強がり

べいっち

第1話

 ――どうしていつも、好きだと言ってくれない人を、好きになるんだろう。


『⋯⋯ごめん。あおいさんとは付き合えない』


 放課後。

 体育館の裏に呼び出し、告白をした。


 結果は失敗。

 見事振られ、一人寂しく家へと帰っている。


「これで七回目、か」


 失恋記録は過去最多を更新している。と言っても、告白したのは今回が初めてだった。


「はぁーっ⋯⋯」


 思わず深いため息がでる。

 眩しいほどの夕日と、前を歩くカップルの姿。蜻蛉とんぼまでつがいになって寄り添っている。目がやられそうだ。


 あぁ、今までの中で一番いい雰囲気だと思っていたのに。やっぱりダメだったな。


 最初はいつも同じ車両で同じ席に座ってる君が気になっただけだったのに。


 制服が同じだったから、校内を移動する時は君を探してて。

 やっと見つけたと思ったら一つ下の二年生だってわかって。


 いつも景色を見て音楽を聴いている姿しか見ていない私は、友達とはしゃいで笑ってるところにキュンときて。


 簡単に恋に落ちた。


 毎日どうやって仲良くなろうか考えたっけ。


 結局電車で話しかけることにして、私から連絡先を聞いたな。

 あっ、今思えば逆ナンってやつだったのかも。随分と大胆なことしたなぁ。


 それからは電車で見かけると会釈をするようになって、次第に喋るようになって。


 たわいのない話をして、好きなアーティストが一緒でライブ行きたいねなんて話して。


 一ヶ月くらい経ってから、私の友達と君の友達も混ぜて四人で遊んだよね。

 スポッチャなんて久しぶりだったから、すごくはしゃいだのを覚えてる。

 君は運動神経がいいからなにをしても様になってて、歌もうまいからずるいなって思ったよ。


 体育祭では君が赤組で私は青組。

 負けないよって敵対視してたけど、結果は白組が一位で、青と赤組は同率二位。一緒じゃんって大笑い。ツーショット撮ろうって言ってくれて、とっても嬉しかったのを覚えてる。


 学年が違っても、異性でも。

 こんなに仲良くなれるんだって、心の底から思った。


 最初はメールで喋ることが多かったけど、次第に学校でも喋るようになって、話しかけてくれるようになった。


「でも、やっぱりダメだった」


 すごくいい雰囲気で、なんなら両想いなんじゃないかって思う時もあった。


 でも、仲良くなればなるほど、別の女の子とも仲がいいってわかった。


 ⋯⋯薄々、脈ナシだと気づいていた。


 ほかの女の子の方が私より距離が近いこと。君からの返信が丸三日来なかったこともあったし、他のSNSには出没しているのに、私のメッセージへの返信はないこと。


 ストーリーにはクラスの女子と戯れる動画。


 暇電しようなんてのもあったけど、私は勇気が出なくて「はい」を押せなかった。


 でもそのあとのストーリーで、名前を隠した通話時間を載せて、「面白すぎ笑! また通話しような」ってコメントを載せるの。

 ストーリーに映るアイコンは女子二人のプリクラで、よく見たら右の子は戯れていた女子だった。


 私よりこの子の方が仲がよく見えるのは、気のせいじゃない。

 クラスを覗いた時にいい雰囲気だったし、付き合う前の一番楽しいときってやつに見えた。


 でも見ないふりをして。


 諦められなくて、同い年だったらとか考えて、嫉妬をして。


 どうしようもなく好きになるばかりで。


 告白したら気になってくれるんじゃないかとか、あの女の子は妹みたいな存在で、恋愛感情はもってないとか。


 そんな都合のいいことを考えて。


 いつもなら脈ナシだと諦めていたのに、初めて告白をしたの。


 でも、やっぱり、うまくいかなくて。


「俺、好きな人がいるんだ」なんて、私じゃない人を想う顔で言われて。


「そっか、応援してるね」なんて、思ってもいないことを口に出して。


「葵さんはいい人だけど、お姉ちゃんみたいな印象が抜けない」なんて、言われたくないことをストレートに言われて。


 ⋯⋯やっぱり、君も、私の言ってほしいことを言ってくれないんだね。


 いつも、私の好きな人は、ほかの誰かを好きでいるのね。


 いつもみたいに諦めていれば、こんな思いはしなかったのかな。


 ――告白なんて、しなきゃよかった。


 なにがダメだったんだろう。これ以上なにを直せば好いてくれるんだろう。なにをしたら両想いになれるの?


 あー、センチメンタルな気分だ。これが夏だったら、きっと泣いているだろうな。


 澄んだ空気に金木犀の香りが混ざる。

 涼しい秋風が、酷く心に刺さった。


 都合のいい異性の幼馴染みも、密かに私のことを想う人もいない。聞いたことがない。私のことが好きな人が慰めてくれるなんてイベントは、今回も発生しなかった。


 Nuicaをかざし、駅の改札を通る。電車はまだ来ない。


 スマホにイヤホンをさし、失恋ソングを大量にピックアップ。


 いつもより音量をあげて、浴びるように聞いた。


 あぁ耳が痛い、びっくりした。脳が揺れる。


 なんだか失恋した気分になるな。私、失恋したんだっけ? 身に覚えがないなぁ、って。現実逃避。


 大丈夫大丈夫。私強いもの。七回目の失恋なんて、もう涙すら出ないんだから。


 私はこの曲たちみたいに、失恋をして強くなったの。次の恋も、笑顔で探すの。

 人生に一度きりの初告白は失敗に終わったけど、時が経てば思い出になるから。


 だから大丈夫。


 べつに、全然。悲しくなんて、ないのよ? 全くもって一ミリも。


 だってもう、あんな人好きじゃないし。


「⋯⋯⋯⋯」


 ⋯⋯さすがに言い過ぎというかなんというか、嘘をついてしまった。


 強がってしまう、私の悪い癖。


 こういうのは妹みたいな子が口を膨らませて言うと可愛いんだろう。それこそあの女の子みたいな、可愛い子がするといいんだろう。


 私は長女でお姉ちゃんだし、可愛くない。負け犬の遠吠えにしかならない。


「可愛げのある子になりたかった」


 独り言は大音量の失恋ソングでかき消される。音漏れしてそうだな。そんなに人が乗ってないにせよ迷惑だよね。音量下げとこう。


 ⋯⋯あぁ、明日からは違う車両に乗らなきゃ。


 君の連絡先も消して、今週末は友達とカラオケに行こう。


 君が好きで私も好きだったアーティストの曲は歌わない。私が好きな曲を歌おう。⋯⋯なにがあったっけ。歌える曲が少なくなっちゃうな。


 スマホに入った写真。カメラロールを遡る。

 君の写真、君との写真はどうしようか。


 あぁ、傍から見たら悲劇のヒロインぶってるとか、失恋した自分に酔ってるとか思われるんだろうね。


 でもさ、失恋したときしか失恋の気分は味わえないんだよ。

 だから失恋したときくらい、失恋した気になってもいいでしょう?


 車窓越しに夕日が沈むのが見え、空には夕焼け雲が浮かぶ。

 綺麗な景色の反対には、嘘つきの顔が映り、頬には水滴が流れているように見えた。

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