第2話

 彼女はその後も、落ち着いた推し活を続けていた。かと思われたのだが、ある日、泣きながら電話をかけてきた。

 例のアイドルグループが、一年ぶりのインストアイベントを開催することになったのだという。

「まさか当たると思わなくて……ヒック、ずずず。なんどなく、なんとなく、応募してみただけでえ。行ぐつもりなんか、なくて」

 なだめながらゆっくり話を聞いてみたところ、詳細がわかってきた。

 そのイベントは、世界的音楽プロデューサーによる新曲の発表会とメンバー握手会を兼ねたものらしい。新曲の完全受注生産限定レコードを予約した客の中から抽選で、そのイベントに参加できるのだという。

 彼らはどんな方向性を目指しているのだろうかと困惑していると、彼女は、抽選に当たってしまったから、代わりに行ってほしいと頼んできた。

「わたしが行くんですか? どうして?」

 驚くわたしに、落ち着きを取り戻してきた彼女は、きっぱりと言った。

「迷惑なのはわかってる。でも、わたしの代わりに、行ってきてほしいんだ」

「バイト休めないんですか?」

「そういうことじゃない。やっぱり、だめなんだ。握手会なんか行ってしまったら、わたしの中のストーカー気質が目覚めてしまうような気がして」

「大丈夫ですよ。あんなに反省したじゃないですか」

「わたしはわたしを信じられない。きみが行けないんだったら、イベント参加権利は放棄する」

「ちょっと待ってくださいよ。本当に行かないんですか?」

「絶対に行かない。そもそも応募なんかするべきじゃなかった。ただの気の迷いだったんだ。でも、当選したからには、きみに行ってもらって、現場の雰囲気だけでも、話を聞かせてもらいたいんだ」

「でも、握手するんですよね? わたし、握手はだめですよ」

「手を触った相手の未来が見えるからか?」

「はい。あなたの透明変身能力は嘘でも、わたしの未来予知能力は本物なんですよ」

 だから、わたしは誰の手も触らないように細心の注意を払って生きてきた。超能力会に入ったのは、自分を受け入れる努力をすれば、ずっと抱えてきたつらさが薄れるのではないかと思ったからだ。この能力を隠し通そうとするせいで、わたしは固定された人間関係を極度に嫌うようになってしまい、定職に就けず、アルバイトを転々としてきた。そんな自分を変えたくて超能力会に入ったが、役に立たなかった。幸いにも、彼女の手には一度も触れていない。

「意志の力で見ないようにすることは不可能なんだっけ?」

「そんなことできたら苦労しませんよ」

 逆に、念じることで、ある特定の未来の場面を選んで見ることはできる。しかし、なにも念じないと、触れた相手のランダムな未来の場面が勝手に自分の中に流れ込んできてしまうのだ。

「握手は拒否することもできる」

「拒否って、どうすれば……」

「整理番号順に並んで、うちの推しの前に行ってくれ」

 彼女はいつも、「うちの夫」的なノリで「うちの推し」と言う。

「そして、『握手は大丈夫です。友達の代わりに来ました』とかなんとかテキトーに言ってくれれば大丈夫だ」

「えー、できるかな……」

「なんだったら、手袋をして、手が不自由なフリをしてもいい。『応援してます』とか、ファンのフリをしてもいいし」

「うーん」

 どちらも失礼なのではないかと思ったが、相手は所詮、ファンを前にしたアイドルだ。一人一人のことを認識する間もないだろう。

 結局、わたしは彼女の勢いに押されて、依頼を受けてしまった。わたしが代わりに行くことが彼女にとってどんな意味を持つのか、いまいちよくわからなかったが、現場のレポートがほしいなら、しっかり見てきて報告してあげるのが、わたしが友達としてしてあげられることだろう。

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