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私はペルパーからスマートフォンに映像を転送し、静止させた画像を拡大したものを店の男性に見せた。
「こういうのって、よくあるタトゥーなんでしょうか?」
インクのにおいの立ち込める、明るい南国調の店内。首にも半袖Tシャツから露出する腕にも手指にも色とりどりの刺青をした細身の中年男性は、突然タトゥースタジオを訪れた私にも愛想よく対応してくれたが、私が施術希望の客ではないと知って、あからさまに不審がっている態度を示した。しかし、一応きちんと私が向けた画像を見てくれた。
「うーん。陰になってよく見えないなあ」
顔を近づけて眉をひそめる。
「ですよね。できるだけ見やすくなるように加工したんですけど……」
駅ですれ違った女性の首にあった刺青だった。
「和彫りじゃないのは確かですね。色としてはこんな感じかな。一色でもキマるベーシックなカラーで――」
カタログをめくってみせる。やはり施術させようとしているらしい。
「なんの模様かとかは……」
「なんでしょうね」
ハハッと笑う。
「この人、知り合いじゃないんですか?」
「ええ。じゃあ、この人に見覚えはありませんか?」
次はスマートフォンで弟の写真を見せた。行方不明者のデータベースに掲載されている、弟の証明写真だ。スナップ写真を載せるのが普通らしいが、弟の写真はそれしかなかったらしい。
「ここに客として来たことありませんか?」
「うーん。見覚えないなあ」
「この写真写りが悪くて、実際より十歳くらい老けて見えるんですけど――」
「そんなこと言われてもね。誰なんですか?」
「弟です。四年くらい前に失踪して、行方がわからないんです」
「あ、そういうこと。でも、さっきのタトゥーとなんの関係が?」
「たまたま見かけた女性のタトゥーが弟が入れていたものと似ている気がして。大きさは違いますけど、ニュアンスが。なんかこう、植物みたいな。丸っぽいいろいろな紋章的なものが連なっているといいますか――」
私は自分の腕を示しながら全力を尽くして説明したが、彫師はうるさそうに首を振った。
「言葉で言われてもわかりませんよ。写真とかないんですか?」
「ないんです。ペルパーもない頃でしたし」
「警察は捜査してるんでしょ?」
「それが、失踪前に家を引き払ってたんで、事件に巻き込まれたわけではなく、自ら行方をくらましたんだってことで、あまり捜査に力を入れてくれなかったみたいで」
今まで何度か警察に問い合わせ、邪険な対応をされてから、私は警察というものを信用しなくなった。
「なるほどね。じゃあ、そっとしておいてあげたらいいんじゃないですか?」
「そっとしておく、ですか」
「なんか思うところがあっていなくなったんでしょ。そのうちひょっこり帰ってくるかもしれないし」
「そうでしょうか。もう死んでるかも」
自分で言ってみても、なんの感慨もわかなかった。
「じゃあ、なおさらそっとしておいたほうがいいんじゃないですか。もうそろそろ予約のお客さんが来るんで、いいですかね」
「あの、弟の写真をほかの従業員の方にも見せていただけませんか? なにか知っている方がいれば連絡してください」
いい顔をされなかったが、私は食い下がって彫師と連絡先を交換して写真を送り、店をあとにした。ネットで調べてつくったスマートフォンの中のリストの一番上の店名を指でなぞって線を引く。
弟の周辺地域にある、人間の彫師が在籍しているタトゥースタジオのリストだった。その軒数はそれほど多くなかった。全自動のタトゥースタジオはその倍以上はあった。それらのタトゥースタジオにも弟の写真を送って問い合わせてみたが、予想通り、お客様の個人情報は答えられないと客対応AIが瞬時に返事をよこしてきただけだった。
口にしてみて気づいたが、弟が死んでいたとしても、私はたいしてショックは受けないだろう。もうすでに弟は失われているからだ。考えてみれば、弟が姿を消したことを知った時、喪失感を覚えた私は異常だったかもしれない。疑問や焦りや怒りが生じていいものを、それらはほとんど私の中になかった。
私はとっくに諦めていたはずだった。それは今も変わらない気がする。それなのになぜ脚を動かし、電車に乗って、降りたことのない駅で降りているのだろうか。
次のタトゥースタジオは、看板がボロボロで中は埃とよくわからない汚れにまみれていた。そこにいたのは、百キロは余裕で越えていそうな巨漢だった。いや、声が高めで肌が滑らかなので女性かもしれない。わからない。
その人の刺青は頭と顔にまで及んでいた。首と毛のない頭を覆った波のような鱗のようなルビー色の模様が頬と額にも侵略し、目の周りは青くて繊細な鋭い線で囲まれている。
客ではないことを知らせても、その人は愛想のいい態度を崩さなかった。
「あ、これは自(みずか)さんの作品ですね」
前の彫師には陰になってよく見えないと言われた画像を一目見て、その彫師は言った。
「え?」
あまりの即答に私は拍子抜けして間抜けな声を出してしまう。
「ミズカさん?」
「個人の女性彫師です。自分の自って書いて、ミズカって読みます」
「本当にその人が彫ったものですか?」
「個性的な作風だから間違いないと思います」
「ありがとうございます!」
私は中身の綿が飛び出たソファーから立ち上がった。
「ちょっと待って。自さんは基本的に、何度かメールのやり取りして気に入ったお客さんしか受け付けないんですよ」
「わたし、訊きたいことがあるだけなんです」
「気難しい人だっていう噂だから、どうでしょうね。紹介してあげましょうか?」
「ええ、ぜひお願いします」
「その前に、ここで彫っていきませんか?」
彼もしくは彼女は私に座るように手をひらひらさせる。
「タダでいいですから」
「え? タダで?」
「そう。ほとんど道楽でやってるようなものですから。肌が綺麗な人は無料にしちゃってます。肌が綺麗な人が好きです。お姉さん、スッピンでしょ? 顔に入れてもとっても素敵だと思うんですけど」
「いえ、大丈夫です。私はこれで失礼します」
逃げ出そうとした時、その人は意外にも素早い動きで立ち上がり、私の手首をつかんだ。
「お願いします。彫らせてください」
不覚にも私は震えだしてしまった。
「離してください」
「頑張って彫りますから。後悔はさせません」
「いえ、後悔すると思います……」
「今は簡単に消せるんですよ。再生皮膚をぺたんと張り付けて終わりです。だから絶対後悔しませんよ」
「ありがとうございました」
変形した饅頭のような手をなんとか振り払って店をあとにし、路地裏を走った。
「追っては来ないみたいだよ」
ペルパーの言葉で私はやっと足をとめた。
ペルパーは周辺の防犯カメラと通信することもできるから、嘘はないだろう。
「びっくりした」
「もう少しで通報するところだったよ」
冗談ぽくペルパーが言うのは、私の気持ちをほぐそうとしてくれているからだろうか。
ペルパーの自動通報機能は、犯罪率を大幅に下げた。しかし、絶対に安全とは言い切れない。
「えっと、自さんだったね」
私はペルパーに検索を命じた。
彼女が彫師業をしている場所は、ここから遠く離れた北の先端の自宅らしい。
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