6
半年後、私はほかの従業員とともに予定通り解雇された。同僚の中にはほかの旧式のホテルに移ったり、別の仕事を始めたりする人たちもいるようだ。中には、この機会に世界一周旅行に出かけるという人もいた。あなたはどうするの、と長くお世話になった先輩に訊かれ、しばらくゆっくりしたいと思います、と答えると、それがいいね、とだけ言われた。
高校を卒業してから、約十年務めた職場の最終勤務日、解散会と称した飲み会に出た。今まで、職務外の職場の集まりには一度も出たことがなかったが、最後だから。私はただ黙って、先輩が勧めてくれたよくわからない種類の薄いお酒を飲んだ。まったく酔えなかったが、話しかけられた言葉への返事を考えているうちに、周りはどんどん違う話題に移って、私がなにかを言っても誰も返事をしなかった。気がつかないうちに酔っているのかとも思ったが、やはり酔っていないと思い直す。学生の頃も同じようなことが何度もあったことを思い出したから。私の頭の回転が遅いからか、声が小さいのか、多分両方とその他の理由で、会話が成り立たない。それでも別によかった。困ることはない。
帰り際、ろくに話をしたことのない後輩がみんなにハグをして回り、最後に私のところに回ってきた時には彼女の頬は涙にぬれていた。私にもまったくためらいのない力で抱きついてきた時、迷惑に思いながらも尊敬の念を抱いた。自分とはまったく違う人のことは自然と尊敬してしまう。
その後輩以外の対応はあっさりしたものだった。私は少しほっとして帰路に着き、気分よく眠った。
翌日から、私はなにかを探すように近くの商業施設や図書館をさまよった。しかし、もともとない欲しいものを見つけることもできず、読書専用の端末と昔ながらの紙の本が所狭しと並ぶガラス張りの図書館でも、私の視線は書名の上を滑るだけだった。
「どうしたの、ユキ」
ペルパーが話しかけてきた時、私は図書館の外のベンチに座ってぼうっとしていた。なにもしていない時に話しかけてくるなんて普通はないことだった。
「別にどうもしないけど。私そんなに変?」
「もう一時間も座ってるよ」
「あ、まだそんななんだ」
五時間くらいは経っているかと思った。いや、まだ日があるのだからそんなに経っているはずはない。
「寒いから風邪ひくかもしれないよ。室内に入ったら?」
「そうだね」
そう言って歩き出したものの、風邪をひいてはいけない理由もないよな、と考えた。
「暇だなあ。ペルパー、なにかやることないかな」
「そうだなあ。ご両親のお墓参りにでも行ったら?」
「うわお、すごい提案してきたなあ」
ペルパーに両親の話をしたことなどない。しかし、両親が亡くなっているという情報はインプットしてある。親戚の連絡先を登録した時に備考として入れたのだ、確か。
「お墓ないの?」
時々、ペルパーが本当の少年のような気がすることがある。
「あるよ。お墓っていうか、納骨堂だけど。あ!」
私はすぐにペルパーに、両親の骨が収められている納骨堂のホームページにアクセスするように言った。
両親の骨壺にお参りをした人の履歴を閲覧することができることをずっと忘れていた。
パスワードをつぶやいて入力し、ペルパーに情報を読み上げてもらう。
最新履歴は約十年前。私自身だった。
「それ以降は誰も来てないの?」
私は念を押す。
「来てないよ」
「そっか」
しばらく沈黙が続き、私は駅前のベンチに座ってぼうっとした。人々は私に目もくれない。
「ユキ、室内に入ったほうがいいよ」
再びペルパーが言う。
「あ、そうだった」
私ははじかれたように歩きだす。
「ちょっと様子が変だよ。カウンセリングにでも行く?」
ペルパーがカウンセリングを勧めるのは別に変わったことではない。きっとペルパーを開発した企業はカウンセラー団体とつながっているのだろう。
「いや、大丈夫」
「じゃあやっぱりお墓参りに行く?」
「それもいい」
「そっか」
「弟が住んでたところに行ってみよう。今から」
ペルパーにルート検索を指示した。
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