第2話 お見舞い
タイミング良く風邪をひいた。レポートの提出期限や重要な試験はまだ遠く、お見舞いイベントを達成するにはちょうどの時期だ。
症状は辛いが、先輩がきてくれるなら、先輩が俺の看病をしてくれるなら、いろいろ差し引いてもラッキーだ。
先輩は同じサークルに属している3年生だ。彼女はなかなかのクールビューティーで、彼氏の俺に対してもその態度を未だ崩していない。
先輩と俺はサークル内カップルというやつで、先週俺の方から告白して付き合い始めた。O Kをもらった時は、憧れの先輩と付き合えるなんてと熱くなってしまった。
風邪をひいたとの旨を先輩に連絡したのが今朝。既読は数時間前についているのでそのうち何かしらのリアクションがあるだろう。そう思いながらボロアパート一人暮らし、布団の中で丸まって病魔と戦っているとインターホンが鳴った。
来客だ。
まさかと思い携帯をチラリと見るが特に連絡が来ている様子もない。
がっかりしながら玄関へ向かう。また新聞か何かの勧誘か。
少しだけ期待してしまった自分に軽く毒づきながら古いタイプのドアスコープを除くと、そこにはなんと待ち望んだ先輩の姿があった。
授業終わりといった格好だが、手には何やらビニール袋を下げている。何か買ってきてくれたのだろうか。
俺は慌てて鍵を開け、彼女を部屋に招き入れた。
「大丈夫?」
後ろ手にドアをロックした彼女は入ってくるなりそう言った。こちらの手やら額やらをペタペタとさわり、大丈夫と再び聞いてくる先輩。
普段感情に乏しい先輩のかんばせは穏やかな笑みを浮かべており、これが彼氏彼女の関係か……と嬉しさを噛み締めてしまう。
外では見せない仮面の下の表情を見せてくれているのだろう。いつもの先輩のクールな表情を思い出してギャップに悶える。
憧れの先輩が看病のために自分の家に訪れ──
ずっと夢見ていたシチュエーションに俺の体温は上昇し続けていた。
発熱のせいか興奮のせいかわからないほどだ。
何せこの部屋に先輩を入れるのは初めてのことで、もしかしたらとついつい考えてしまう。
浮かんでしまった邪な考えを、首を振って追い出す。少し冷静になった俺は悪寒に襲われブルリと震えた。
そういえばかなりきつい病症だった。
緊張しているのを悟られたくなかった俺は「どうぞ汚いですが」と言って彼女を招き入れた。彼女と顔を見合わせ続けていれば心臓がもたないことは明白だった。
二人して向かい合うのは気まずかったので、体調を理由に布団に潜った。
暇ならテレビでもどうぞと背中越しに勧めてみるも彼女は大丈夫と言って断った。気を遣ってくれているのだろう。優しい眼差しを背中で感じる。
無言の間が辛くなって上半身を起こし、彼女の方を向く。
いつになくニコニコしている彼女は俺に見られているのに気づくと、大丈夫大丈夫と言って布団に俺を押し込んできた。
まるで普段とは違う甘々な表情と積極的なボディタッチにドギマギしてしまう。
調子づいたのか、彼女はついに布団にまで入り込んできた。
俺も自分が風邪をひいていることを忘れて布団の中でニマニマとしていた。
先輩に後ろからギュッと抱きしめられて幸せを噛み締めていると、枕元に放り出していた携帯の通知音がなった。
邪魔されて萎えながらも携帯をとり、ロックを解除した。
先輩からの返事が来ていた。
『〇〇くん?体調はどうですか?今授業が終わったのでお見舞いに向かいます。住所を教えてくれると嬉しいです』
そういえばまだ先輩を家に呼んだことはなかった。じゃあ今俺を後ろから抱きしめている彼女は──
「ダイジョウブ?」
俺のスマホを覗き込みながら先輩が耳元でそう言った。
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