3分で読める怖い話

半戸ルネーム

第1話 嵐の夜、駆け込んだ民家にて

「お嬢ちゃん。悪いが、一つ話をさせて欲しい。泊めてやった宿代の代わりだとでも思って聞いてくれ。この辺りには嬢ちゃんみたいな別嬪さんはいないんだわ。老い先短いジジイのボロ家に転がり込んだのが運の尽きだってな。ハハハ。


 つい最近のことだ。こないだここらにすごい嵐がきた。ちょうど今日くらいのやつだ。風も強いが何より雨がまずいわな。なんでも、記録史上初だそうじゃないか。こんなにひどく降られるなんざ、嬢ちゃんも運がなかったな。それにしても嬢ちゃんが来たのがワシがいる時でよかった。昼間は大体いつも外にいるからな。そん時にこられても留守ってわけだ。


 すまん。少し話がそれた。ええと──そうだ、嵐がとにかく酷かったってことだ。その日も雨と風がひどいもんで、雨戸を閉めるのにも苦労するくらいでな。昼間に用があって外出て帰ってきたら降り出したんだ。

 この家、だいぶ古いだろ。その上見ての通り雨漏りもする。おかげでその日は戸締りした後に屋根塞ぐ羽目になっちまったんだ。朝起きてびしょ濡れだったら風邪ひいちまうからな。そう思ってワシは釘と板を持ってそこの梯子から屋根裏に登ったんだ。

 真っ暗の屋根裏で懐中電灯咥えてトンカントンカンやってるとだ。ドンドン、ドンドンと外から音がした。そいつはドアを叩く音だった。かなりもう遅い時間だったんだがよ。そん時、部屋が汚れれてよ、人様にあんまり見せられるようなもんじゃなかったからよ。屋根裏から降りてって、ドア越しに何の用か聞いたんだ。そしたら男の声でこう返事が返ってきた。


『すみません。うちの娘を見ませんでしたか』


 話を聞いてると、その男は昼間出掛けてから、まだ帰ってきてない娘を探しているってことだった。そいつの娘さんは、髪の長い中学生だったそうだ。

 髪の長い……って少し引っかかることもあったんだけどよ。

 こっちには答えられることもないしよ。仕方がないから帰ってもらったんだ。


 その日の夜のことだ。軽く修理したおかげでなんとか布団置けるくらいには雨漏りを減らせてな。でもよ、その後に昼間の作業の続きもやってたら、すっかり遅くなっちまったんだ。2時を少し過ぎた頃にやっとこさ布団に入れたんだ。


 電気も消して、しばらくたったときのことだ。雨の音がザーッと強くなったかと思ったら急に寒気がしてきた。

 仕舞いには体が動かないときたもんだ。金縛りってやつだ。

 そう思った時に、ふと枕元で何かの気配がした。さっき訪ねてきた男の話もあったから、不気味に思ってブルブル震えてたんだが、1分、2分と経ってもなんも起きなかった。

 ああ、気のせいだった。そりゃあそうかってほっとした時だった。


 ──ぴちゃり。

 水音がした。雨漏りか。そう思った途端──




 ──ぴちゃり……ぴちゃり、ぴちゃりぴちゃりぴちゃり──


 そいつはまるで足音みたいな音だったんだ。ずぶ濡れの奴が歩いてきたような感じだわな。その上その音はだんだんこっちに近づいてきやがった。


『これは間違いない、幽霊だ』


 そう思ったらどんどん怖くなってきた。足音はさらにさらに近づいてくる。





 ──ぴちゃりぴちゃりぴちゃりぴちゃりぴちゃり…………ぴちゃ。


『あ。止まった。』足音がワシのすぐそばで止まった。

 それと同時に生暖かい風が吹いてきたんだ。金縛りが酷くて声も上げられない。


 どうしようもないから、ギュッと目を閉じた。ここまでかとも思った。

 でも、しばらくしたらあたりの空気が急に軽くなった。


『よかった。治まった』そう思って目を開けたんだ。そうしたらだ。








 ──ぴちゃりぴちゃりぴちゃりぴちゃりぴちゃりぴちゃりぴちゃりぴちゃりぴちゃりぴちゃりぴちゃりぴちゃりぴちゃりぴちゃりぴちゃりぴちゃりぴちゃりぴちゃりぴちゃり


 屋根裏から足音が尋常じゃなく聞こえてきて、まるで外にいるのと変わらないくらいの雨漏りがし出したんだ。足音の方も一人のもんじゃない。何人分かもわからないくらいだ。


 ワシはあまりのことに『アッ』と情けない情けない叫び声をあげちまった。そう。声を出せた。金縛りが解けてたんだ。

 すぐさま布団に潜り込んで丸まった。すると足音がまた近づいてきて、今度は体が重くなった。なんかに乗られたような感触なんだわ。

 そいつは酷く冷たくて、ビショビショだった。そして布団越しに耳元でこういうんだ。


『返せ、返せ』


 声はだんだん増えていって、背中の奴もどんどん重くなっていった……





 んでだ。気がついたら朝になってて、嵐の音もしなくなってた。寝る前のことが嘘だったみたいだった。


 悪い夢を見たな。と思って布団から出てみるとだ。あたり一面水浸しになってやがる。ああ、後片付けが大変だな、なんてぼやきながら立ち上げった時──





 ──ぴちゃり。

 顔に水が落ちてきたんだ。なんだ雨漏りかと思って天井を見上げてみるとだ。





 天井一面に濡れた長い髪の毛が張り付いてた。





 背筋がぞおっとしたわ。


 でもすぐに気がついた。

 なんだ、屋根裏に集めてたのをしまい忘れてただけかってな。昨日の雨で流れ出しちまったらしかった。


 そう言えば昨日の昼間に、出先で捕まえたのを家でバラしてたんだわ。


 髪が長くて綺麗だったからよ。


 ところで、嬢ちゃん……

 一つ相談なんだが────あんたの髪もあの娘みたいに綺麗だな」

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