第16話 形勢逆転?

二階整骨院「せいた整骨」

 銃声が下で鳴り響いたのは市守(いちかみ)美香(みか)と独間創人にも分かっていた。だが、二人は丁度整体師に背中を解されており動くことが出来なかった。院内の入口が少し騒がしいので首を待合室の方へ向けると硝子製の引戸に明らかに客ではない影が厳戒態勢を取っている。

 引戸を開けると同時に銃口を四人に向けて声を張る。

「動くんじゃねえ!今からここは俺達が制圧する!命が惜しかったら動くんじゃねえ!」

「………暫くそのままで居て下さい」

「「はい」」

 二人の整体師は施術台でうつ伏せのまま居る二人から手を離すと手を頭の上位に上げた。

「いいぞ。そのまま動くなよ!いいか、下の指示があるまでまずは動くなよ!」

「………」

 暫く市守美香と独間創人と、整体師の二人は不動のまま待機することになる。



 男の指が銃身を神経質に叩く。どうやら男は待つことが出来ないらしい。

 美香は創人に目配せをする。創人は行動がとても早く、うつ伏せからすぐに起き上がると重心が低いまま整体師の間を抜けてテロリストに突進する。

 男は反応が鈍り銃を構える頃には銃口は創人に支配されてしまう。

 続いて美香も男に突進すると男はそのまま倒れて気を失った。

「ふぅ……美香ちゃん突発過ぎるよぉ……」

「だるかったから。コレの方が早いと思って」

「だるいとか………美香ちゃんのだるいは広義的だからイマイチなんだよなぁ…」

「だる…」

 美香はそう言うと、下敷きになっている男から無線機を奪い取って自らの耳に掛けると施術台に戻る。

「はぁああ……手首痺れて痛ぁ……清田(せいた)さんもう少し念入りにお願いします」

「若い子は命知らずだね。ハハ、ちょっと待ってね。念の為脱臼させておこう」

「アザース」

 抜け目ない院長の腕前を見ながら創人は携帯電話を開き三ヶ島みけにメールを書く。










三階カフェ「ブレイクタウン」

 ニャー♪

 お店に和やかな音が響く。その音を聞いて肝を冷やすのは携帯の所有者である三ヶ島みけとみけを庇うように壁際で丸くなる賢木帝と丸井兼清だ。

「おい、何か音しなかったか?」

「そんなこといいだろ。早く一階まで集合させるぞ」

「嗚呼」

 テーブル席の上では二人の男がそう話している。店内にはこのブレイクタウンの常連客の列が作られており、誰もが発砲を恐れて震えている。



 時間を三十分前に遡る。

「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

 みけは創人とリラックスしようとお茶に誘ったが、彼はデパートの入口に着くなり背中が痛いと言い出し、急遽二階のせいた整骨へ向かってしまった。それでもみけは後で彼がお茶を予定していたカフェにやって来るだろうと見込んで、指を二本店員の前で立てる。

「これからもう一人来ますっ」

「かしこまりました。あちらの席へどうぞ」

 店員が手を差出す奥から二番目のテーブル席に足を進めると、その奥で見知った顔の青少年が二人読書をしていた。

「あっ!帝っ、清っ」

「あ。三ケ島だ」

「みけっ!」

 二人もみけの存在に気づくと微笑んで手を振る。

「何読んでるのー?」

 興味津々に尋ねると二人からは苦笑が返ってきて、本の内容を見せてくれる。

「ナンプレだよ」「クロスワード…」

「あ~…」

 それを聞いてみけは顔を少し赤らめる。

「お客様、お冷でございます」

 更にそこに店員が水を持って来てみけの異質さを強調させる。

「あ、はい。ありがとうございます」

 優しく微笑んで立ち去る店員にペコリと頭を下げて席に着くとフードを被って小さくなる。

「恥しぃ」

「可愛い」

「可愛い」

 その様子に二人は可愛いと呟く。みけは顔を赤らめながらも、水を持って二人の座るテーブル席に移動する。

「んもぅ!聞いて二人共っ創人がね、今日は休みだからリラックスしよって言ったんだ。だからね、デパートでリラックスしよって行ったらさ急に嫌な顔するしね、しかもね、突然肩痛いとか、体中ヘンとか言ってね、せいた整骨さんに行っちゃったのっ。どう思う?」

「痴話喧嘩を聞かせる為にこっちに来たの?」

「ちーがーうーっ」

 冗談ぽく言った帝にみけはぷりぷりするが、実際話の内容を聞くと成立していないカップルの痴話喧嘩に捉えられる。

「…創人陰キャじゃん。みけ陽キャだから体と精神がついていけないんだよ。きっと」

 兼清が助言すると帝はそれだ!と反応するが、当の本人は小首を傾げている。

「陰キャ…?よ、うきゃ?」

「その反応がもう陽キャ」

「え?」

「そもそも陰キャ陽キャだなんてオタク用語じゃない?」

「いやパリピ語でしょ」

「どっちも造語なんだよね?」

 論点がズレていることも指摘出来ないままあたふたしていると外で銃声が聞こえた。

 その音に怯えてテーブルの下に隠れたみけを真似て帝と兼清もテーブルの下に隠れる。すると間もなくしてブレイクタウンは店員の悲鳴と銃声、男の威嚇するような声によって制圧されたのだ。


 ここまで隠れられたのはみけの反射神経と震えるみけの傍に寄り添い守ってくれた帝と兼清のおかげである。乱暴に閉められる扉を最後に店内は静寂になる。それでも安心してテーブルから顔を出さずに三人は携帯画面を開く。

「月魅に連絡してみるか?」

「いや、同じ状況かもしれないから…出ないと思う」

「じゃあ、創人だけ電源切られてないってことだよね?」

「……そうだね。撃退したのかもね」

 少し安堵の表情を見せながらみけは届いたメールの内容を二人に見せる。



【差出人:創人   件名:やばい

みけ平気か?このメールを見てるなら平気だな?な?こっちには美香がいて二人でテロリストを一人倒した。多分大勢居るから安全な場所にいろ。いいな?それと、警察に連絡しなさい。いいな?】


「ふむ…創人も大変そうだね」

「取り敢えずここに居た方が安全だ」

「返信するね」

 返信メールを書き込む。

「外は銃を持った黒尽くめでいっぱいだろうな……」

 不安を隠し切れない兼清は眼鏡を外してポケットに突っ込んでいたクロスでレンズを拭く。

「賢木、妙案ないか?」

「あー…人手不足だからさー」

「なら仕方ないか」

「よし、どうしようか?」

「「どうしようね」」

 何も案が無いまま三人は暗いテーブルの下でクロスワードの冊子に手を出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る