第15話 悪い雰囲気

一階食品生活品売場

 大きな銃声がフロアを凍りつかせた。それを機に広いここでは花火の様にあちこちで銃声が鳴り響き、フロア全体は悲鳴を上げず硬直した。

「おい!全員動くな!今からお前等は全員人質だ!殺されたくなかったら俺の指示に従え!」

 野菜コーナー、精肉コーナー、鮮魚コーナー、惣菜コーナー。遠くの日用品を取り扱っているコーナーでも似たような事を話している男の声が反響している。

「うおおお!」

 勇気を出してテロリストの男の背後から圧し掛かった一般男性はその男の持つ銃によって首を撃たれた。それを見ていた周りの女性客の悲鳴と銃声に吃驚して泣く子供の声が一階全体を不安に変える。

 どうしよう……。警察と、一番頼れる人に連絡しないと……………。

 幸は小さく丸くなり携帯画面の連絡先をスクロールする。

 一番頼れる人……一番……、一番強い人……!

 幸は「喧 寿嘩」の名前を見つけると電話を掛ける。

 電話のコールは一回で出た。

『もしもしぃ?』

 電話越しの彼は囁き声で近くで同じ状況になっている事を予想する。

「あ、そっちも………?」

『今何階に居る?』

「一階。…多分、リーダーだと思う」

『どうしてそう思った?』

「あのね、他のコーナーでも………」

 そう言おうとした時に背中を小突かれた。ビクリとして振り返ると無言で黒い目出し帽を被ったテロリストが銃口を自分に向けて居た。

き・れ。

 唇の筋肉だけでそう指示して持っている袋に入れるよう差出した。

「……」

『おーい…古里野ぉ』

 幸は何も言わず電話を切ってすぐに袋に入れた。テロリストの男は入れた携帯電話を取り出すと慣れた手つきで幸の携帯電話の電源を切ると放り込んだ。

 うわー……喧君に何も言わずに切っちゃった……。怒られるなぁ……。死にたくない…。


「よおし!責任者呼んで来い!ここの施設の店長だ!」

「………………私です」

 ゆっくりと口を開く眼鏡を掛けた黒いエプロンの男性。目尻の皺と所々白い頭髪が店長の貫禄を見せる。幸がリーダー格と予想する男が店長に近づくと、ハッキリと口にした。

「お前じゃない!ここの総責任者だ!」

 その言葉にお客さんは目の前に居る店長さんも勇敢な一般客の様な姿になってしまうと想像し目を瞑る。店長の男は冷汗を掻きながらもゆっくりと口を開く。

「…………それを、申しますと……どの店長をお呼びしますか?」

「あ?」

「……現在、この夢前デパートの店舗は三十六店舗の売上で維持出来ています。私達はその内の一店舗に過ぎません。全店舗の店長が集まった時が、このデパートの総責任者になりますが…………館内放送でお呼びしましょうか?」

 そう言うとテロリストの男は舌打ちをすると自身が持っている無線機に連絡を取る。

 ウウ………これからどうしたらいいんだろう……ん?























六階書店「読み乃国」

「優等生、打算をくれ」

「残念ながら。私の打算では月魅に無理をさせてしまう」

 一階の銃声からすぐにフロアごとに銃声が鳴り響き、この読み乃国でも銃声が鳴り響いた。

 時間を遡って僅か四、五分程度。鬼道月魅は参迦舞瑠、忍尾谷重蔵、宇天迅、そして喧寿嘩とあの遊戯スペースで手軽に短時間でプレイ出来るTRPGのルールブックを探していた。

 本当は鞄の中に入っているスタンダードなTRPGルールブックを利用したシステムとシナリオで遊ぶ予定だったが、エスカレーターに乗って書店を目にした時に突発的な行動をしたのだ。鬼道月魅はあまりこういうゲームをしない喧寿嘩の為に難しいものよりもすぐに理解出来るシステムのTRPGの方が良いだろうという点と自身も何か興味惹く内容のものがあるかもしれないという期待の二点で入店し、偶然にもいつも分厚い本を手にして立読みしている聖羅優と遭遇したので興味本位で会話をする。

 すると、銃声と共に男が二人入店してテロ開始の常套句を述べ現在に至るのだ。

「別にいい」

「ならあのテロリストから銃を奪い取って欲しいな」

「早速かい」

 小声の会話は目出し帽を被った男には聞かれていない。そもそも男の慣れない脅し方や震える銃の構えに聖羅優と鬼道月魅はいけると自信が沸いてくる。

「い、いいか?お、俺達の言葉に従って、も、もらうからな……!」

 そもそも何でこんな男に一人で待機させているんだ。まだ威勢の張った男がこっちに残った方が俺に反撃されるなんて考えられずに済んだのに。

 月魅は自惚れて店外へ出て行ってしまったもう一人のテロリストの様子を確認して店員に銃を構える情けない感じの男に足を回す。

「フンっ…」

「!!!?」

 男は銃を失った。月魅は勝機を得た。

 月魅は右足を失った。男は怒りを覚えた。

 男は暴走した。男はナイフを月魅の足から引き抜くと更に足を痛めつけようと裂かれていない皮膚を狙って刃を振る。

 月魅は焦った。月魅は確実に銃を蹴り書店員を助けたのに、その代償に痛みがあるなんて想定していなかった。激情した男の双眸は燃え滾り月魅しか視界に捕えていない。

「こんなの聞いてねえよ!」

「うあああ!!」

「頑張ってくれ月魅」

「タイマンならまだ勝てたさ!ぅ、イッテェ!!」

「喧嘩強いだろ?!」

「あのな、愛と寿嘩の次に俺だぞ?!いいか、アイツら二人がバケモノ過ぎるんだよ!」

 月魅は次々繰り出される男の斬撃を紙一重で躱(かわ)す。

「寿嘩は今何処に居るんだ!?寿嘩なら終わらせられるだろうよ!」

 月魅の叫びは虚しく響き、優と書店員も逃げた店内でナイフを避け続ける。

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