第13話 夢前学園の女子寮で休息

「良く来たね。私はここの寮母を務める聖木(ひじりぎ)克子(かつこ)です。よろしくね」

 大きな木製の扉を開けてすぐに女性が私に言う。琉梨は靴を脱いで段差を登ると靴を持って聖木さんの傍に近づく。私も靴を脱いでそれを持って彼女に近づく。

「夢咲希望です。三年間よろしくお願いします」

「これは夢咲さんの部屋の鍵ね。無くさないでね?え……と、部屋に荷物と配送業者からの荷物があるから確認してね」

「ありがとうございます」

「あー、それと。お帰りなさい二人共」

「ただいまー!」「ただいま……」

 これからの暮らしに胸がときめく。琉梨はおいでと言ってエレベーターの上昇ボタンを押す。

「エレベーターなんだ」

「実はね、ここの寮男女共同だったんだって」

「えー?」

「だからね問題になることが多くて三年前にやっと男女別の寮を建設することになって、今年やっと完成したんだよ。だからエレベーターがあるんだよ」

「新しくなったからね?」

「うん」

「待ってー!」

 閉まりかけたエレベーターに小さな子供が滑り込む。女の子は息を整えるとありがとうっ、と呟いた。

「あ。私神代(かみしろ)美鬼(みき)…、はあ。よろしくっ」

「同じ階のミッキーだよ」

「嗚呼、夢咲希望です。よろしく」

「確か今日来る…来た人かっ!仲良くしてください」

「うん」

 すぐに到着したエレベーターを出る。美鬼は先に降りると自分の自室までトテトテと走った。

「じゃあまた後でねー」

 手を振って彼女は自室の中へ帰っていく。

「私達のは真ん中なんですよー」

「へー……そりゃあそうでしょう私の部屋はQ号室なんだし…」

「あ。一旦荷物置いていくね」

 琉梨が部屋を指差すので私は頷いた。

「はーい」

 自分の部屋は部屋のつきあたりから一つ前の部屋だった。鍵穴に貰った鍵を挿して捻る。自分の部屋を持つ事は何歳になってもワクワクする。

「……おお、」

 入口は狭いが中は思ったよりも広い。壁のスイッチを点けて部屋を明るくすると奥の見える所に引越荷物のダンボール箱とデパートで買ったテレビの梱包箱とミニラジオの梱包箱があった。更に横には簡易的なシューズボックスがあった。そこに持っていた靴を入れて内装を見て回る。

「希望ー、入っていいー?」

 外から琉梨の声が聞こえる。いいよと答えるとガチャ、と音が聞こえる。

「おーおーこんな感じー。ね、先にテレビ設置しよ?」

「え?うん。いいよ」

 琉梨の意見でテレビの梱包箱を先に開封する。

「ねえ待って、これどこに置く気なの?」

「う、うーん……取り敢えず机ぇ」

 備品である勉強机を指差してバリバリと開封する。

「ふぅ……明日テレビ台買わないと」

「付いていくよ」

「はいはい」

 琉梨の合図でテレビ本体を持ち上げる。意外と軽いのは今の薄型テレビが優秀だからだろう。

「オーライ、オーライ…よし、そのままぁ~」

 琉梨の声に合わせてゆっくりと机の上に置く。

「うん……まあいいでしょう」

「ベッドに座りながら見れるようにすれば良かった」

「まあこの一日だけだもの!」

 机に備え付けてあるコンセントにプラグを挿すと主電源を押す。

「へーいついたー♪」

そう言うとそのままリモコンを使わずチャンネルを切り替え、目当ての番組にすると椅子を机から離して観る。

「…テレビ台に、電池、あと…ソファとクッション…?いや流石にソファは要らないや」

「えー?ソファ欲しいよー」

「私の部屋なんだからいいじゃん別に」

 琉梨はそれから何も言わずにテレビを観賞する。私は琉梨の笑い声とテレビをBGMにして荷解きをする。

「このクローゼットに必要なのはハンガーと収納スペースだね」

「そうなのー。私もね、制服だけ吊るしてあとはポーンって地べたに放置したもん」

「可哀想」

「仕方ないじゃん」

 制服のブレザーとスカートを合わせてハンガーに掛ける。こういう時のお店のハンガーはありがたい。衣服の入ったダンボール箱を引きずってクローゼットの中に入れるとそのまま閉めた。

「ふぅ……後は特に並べなくてもいいか」

「じゃあ一緒にテレビ見ようよー」

「そうだね」

 立ちながらテレビを見ようとするとトントンと扉を叩く音が聞こえた。

「すみませーん!希望ちゃんいるー?」

この明るい声には聞き覚えがある。きっとあの子だ。

 扉を開けるとマナが天真爛漫な笑みを浮かべながら森羅堂のレジ袋を持っていた。

「そう言えば来てくれる…みたいなことをお兄さん?の方から聞いたよ」

「ガク背ぇ高いもんね!実はオネーチャンは私なんだよ?」

「あ…なんかゴメン」

 受け取ったレジ袋の中には領収書と朝買ったポスターカラーの絵具セットが入っていた。

「へーき!じゃあねっ」

「あああああ!待ってマナっ!」

 扉を閉めようとした時、突然大声を上げてドタドタと玄関前まで来る琉梨。

「マナっ!お誕生日おめでとう!」

「え?」

「えええ?」

 その言葉に私よりも本人が驚いた。

「え、違った?」

「ううん、普通に吃驚した………!スゴイ!私、嬉しい!」

「誕生日おめでとうマナガク!」

「誕生日おめでとう」

「ありがとう!ガクも喜ぶよ!」

「ねえマホ!マナガク今日誕生日だよ!!」

 本人よりも琉梨の方が興奮している。琉梨が急に話しかけた相手は丁度鍵を開けて扉に手を伸ばす所だった。

「うぇえ?!あ、待ってね……」

 彼女は着ていた黒いパーカーのチャックを外して脱ぐとマジシャンの様にそのパーカーを広げて裏返す。

「アブラカタブラー……お誕生日おめでとうマナっ!ハァ!」

 パーカーの真ん中が円形に膨らみ始める。パーカーを肩にかけ、出現した赤いバラの花束に歓声が出る。

「ありがとうホーカ!」

「いやいいよ。ガクにもお誕生日おめでとうって伝えておいて」

「うん!」

 そう言うとスキップして反対側のエレベーターのボタンを押す。そんな近くにエレベーターがあったんだ。

「あ、君にも…」

「え?」

 彼女は手を握って力むとポンっと可愛らしい音を立てて花を出した。

「牧藤法果(まきふじほうか)だ。今年から高校生マジシャンになる」

「わぁ……夢咲希望です。今年から…普通の高校生です」

「くすっ合わせなくてもいいのに。じゃあな」

 そう言って法果は自室に帰って行った。後ろを振り返るとマナは既にエレベーターの中で下降したランプがそれを示していた。

「良かったねー、一日でこんなに会えるなんてさ!ねえ女子ーズだけでもコンプしちゃう?しちゃう?」

「えー?いいよ……」

「そんな事言わずにぃー!あと三人なのよ?」

 そう言うと琉梨は私の手を引いて一番奥の部屋まで連れて行く。

「まず最初は美香だ!美香ぁ!居るー?」

 C号室の扉に向かって声を掛けると扉からガチャ、と解錠する音が聞こえる。扉は小さく開き相手の顔はよく見えない。

「どうしたの琉梨。……私、とっても疲れているの」

「新しい人が来たから紹介しようと思って!私の幼馴染」

 気だるい声を打ち負かすように言う琉梨は私を見る。この状況で自己紹介なんてしたくはなかったけれど………。

「夢咲希望です。すみません疲れている中」

「………いや、別に。…大丈夫です。ありがとう」

 そう言うと扉はパタンと閉じた。

「……やばかったんじゃない?」

「美香はいつもあんな調子よ?さあ次々ぃ!」

 そう言うと隣のD号室の扉をノックする。

「アーヤー!居るー?」

 扉からは無反応が返ってきた。念の為琉梨は扉をノックして様子をみるが反応はイマイチだった。

「怪木(かいき)は金曜日から居ないよ」

 隣から声が聞こえる。C号室の扉の隙間が話していた。

「あ、そーだった!ありがとう美香!」

 琉梨の言葉を聞くとまたパタンと扉が閉まった。

「善い人でしょ?」

「まあ…ね」

 琉梨は三人目の部屋へいあいあと歌いながらスキップする。

「いあいあ♪いあいあ♪イアぁ!」

 I号室の扉は他の二つと違ってしっかり開いてくれた。

「ウルサイ!イライラしてるから構わないでよっ」

 ただタイミングが悪かった。これは早急に引きあげなければ。

「夢咲希望です。すみませんでした…では」

「待ちなよ!」

 あまり長居したくないのだが彼女はスッと飴玉を数個渡して言い放った。

「熊井(くまい)依厭(いあ)だよ。それあげるからもう帰って」

「私には?」

「琉梨も帰れっ」

 琉梨に飴玉を投げつけると扉を乱暴に閉めた。

「琉梨帰ろう」

「待って飴ちゃんがぁ」

「私は帰る」

 扉前に居たくなくて自室に帰る。自室はテレビが点けたままでニュースが流れていた。

「はぁ……」

 飴玉を握ったまま私は疲れた体を休めた。

 折角買った日記に何も書かずに、そのまま。ウトウトと天井を見た。

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