第11話 現代呉服屋とお嬢様
「はい。いらっしゃいませ」
店内は普通の古着屋といった感じだ。試着室が隅に一つ、畳の敷かれた小上がりと店内に所狭しと陳列されている商品。年齢層の高い服を扱っていると思っていたが、私でも着れそうな服の割合が多い印象だ。
綺麗な姿勢で帳簿を記入していた初老の店主がこちらの存在に気づいて立ち上がる。
「あの、こちらで夢前学園の制服を取り扱っていると聞きまして……」
「嗚呼。もしかして入金済みの生徒さんですか?」
「あ。はい」
「受け取りに来るのをお待ちしておりましたよ。少々お待ちください」
そう言うとしっかりした足取りでバックヤードへ去って行く。
「良かったね今のうちに気づいて」
「本当にね」
「ごめんください」
凛とした声に入口に目を向ける。そこにはいかにも漫画の世界に出てくるお嬢様という恰好の少女が日傘を持ってズンズンと中に入って来ていた。
「……そこの貴女。店主の爺はどちらに行ったのかご存知?」
吊り上がる眉に苛立ちが表に出ている声色に少女の印象は今の所マイナスである。
「あー。女王サマ、只今小廉(こかど)さんは商品を取りに行きましたでゴザイマス」
「私(わたくし)のことを女王と称したとこまではいいわ。後のヘンテコな言葉遣いを直しなさい」
「ははぁ……」
「ちょっと琉梨」
癪(しゃく)に触る人だがお偉いさんぽいしあまり口出ししない方が良さそうだ。
「…貴女見ない顔ね」
標的が私に変わった。
「あ、はい。どうも」
「まず先に名前を名乗りなさい」
「………はい。引越して来た夢咲希望です」
「この町と同じ名前なのね。いい名前ね」
「ありがとうございます…」
「私の名前は園城(おんじょう)麗華(れいか)と申します。この町で……いいえ、日本一の財閥の一人娘よ」
「はぁ………」
「はぁ……お待たせしました。…おや?これは園城様、出不精は治りましたか」
制服を持って来た小廉という名の店主は彼女を見て笑う。
「失礼ね。大体貴男が家に届けないのがいけないのよ」
「そう言われましてもね、この老体には邸宅までの道のりが苦なのですよ」
「フンっ」
膝を摩り苦笑いを浮かべると私達に制服の中身を確認させる。
「こちらの内容でお間違いないでしょうか?」
「ちょっと!私の制服が優先でしょう?」
待つことも出来ないのかこの令嬢さんは。
「店主さん。私のは後でいいのでこの方の制服を先にお願いします」
「おや。いいのかい?」
「はい」
こんな我儘な人は早く帰ってほしいから。
「……でしたら少々お待ちください」
一度包装箱を閉じて小廉さんはゆっくりとバックヤードへ向かう。
「お嬢今までニートしてたんデスかい?」
「そんな訳がないでしょう。貴女達には理解出来ないような本を閲読するという有意義な時間を過ごしていたのよ」
「左様デスカぁ」
琉梨はよくこんな嫌な性格の人とも会話しようと思うな。
「貴女、希望」
「………あ。はい」
「引越して来たのよね?これも何かの縁よ。私が直々にこの町を案内してあげましょうか」
「あー、あー……ごめんなさーい。今私とデート中でしてぇー………」
「デート……?ま、いいわ。平民同士親交を深めなさい」
「ははぁー………」
訝しげな顔をするが、特にあれから特に何かを言われる事はなかった。こういう時の琉梨は何というか頼もしい。
「お待たせしました。こちらでよろしいですか?」
バックヤードから三つの梱包箱と大きめの紙袋を持って出て来た小廉さんに視線を送る。
開けてくれる箱の中からは純白なブレザー制服が披露される。園城さんはブレザー生地の肌触りを確かめると中のスカートも確認する。そのスカートの色も純白でちょっと引いた。
「ええ、有難う。そちらの紙袋は?」
「注文されたシャツとリボンです」
「そ。タマキ」
そう言うと入口で待機していた燕尾服の男性が小廉さんから三つの梱包箱とシャツとリボンの入った紙袋を受け取る。
彼女は無言で店を出て行く。
「また来ます。失礼致しました」
深々と頭を下げると彼女を追いかけるその後姿に感心する。
「あーいう人と結婚したいな」
「へーイケメンで細マッチョでダンディボイスな執事系男子が好みなの?」
「限定しないで。…でもあの人みたいな人柄の男の子と付き合えたらなって話」
「お待たせいたしました。中身をご確認ください」
そう言うと再び蓋を開けて中身を確認する。紺色のブレザー。白の刺繍が映えるブレザーの下を捲ると白い長袖シャツと赤いリボンと黒いハイソックスが別に包装されている。その下に敷かれる黒がベースのチェック柄のスカート。
「合ってます」
「はい。ありがとうございます……学校指定シャツの半袖は五月から販売しますのでもしよろしければ来てくださいね」
「ありがとうございます」
小廉さんは皺を作らず制服をしまい直すと蓋を閉めてゴム製の取ってを掴むと底に右手を添えて私に差出す。会釈をして受け取ると笑顔でまたのご来店をお待ちしております。と深々と頭を下げた。
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